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シニアの衣服を処分できない気持ちを解消する 「思い出ファッションショー」

斉藤徹超高齢未来観測所
「思い出ファッションショー」関係者の集合写真(提供:たんぽぽ)

シニアの思い出をファッションショーにする

 今回は、興味深いファッションショーを目にする機会があったので紹介したいと思います。昨年末の12月17日、場所は東京都清瀬市にある日本社会事業大学のキャンパス内。講堂の一室で開催されたのがご紹介する「思い出ファッションショー」です。(主催:日本社会事業大学たんぽぽ、協力:株式会社御用聞き)

 日本社会事業大学の学生たちによる手作り感あふれる会場セッティング、同じく学生による司会でファッションショーは始まりました。順番に登場してくるのは、大学の近隣にお住まいのシニアの方々です。それぞれに自分の思い出に関わる洋服を身に付け、洋服とともに、当時の思い出と人との関わりを語られました。

 最初に登場されたのはピンク色のトレーナーに身を固めた田口菊子さん(仮名、以下同)。このトレーナーは30年前に介護職として働かれていた際に着られていたもの。その後、旅行が趣味で、四国四十八か所巡りをされていた際の羽織姿に変身し、また再開したいと意気込みを語られました。

 次にエンジ色のニットのカジュアルスーツで登場されたのは小山晶子さん。洋裁学校に通われていたお姉さまからゆずりうけたそう。生地がよく長持ちする、お出かけの時の大事なお洋服だったそうです。ご本人のお隣に立っている女子学生が着用している明るいピンク色のワンピースも彼女のもうひとつの思い出です。40年前に購入されました。毎年、年1回のご両親のお墓参りに着て行き、「みすぼらしい格好で行くと、両親が悲しむから明るい色のワンピースで行くの」とその思い出を語られました。

 3番目に登場されたのは真船美子さん。同窓会には、自分でリメイクしたこのスーツを着ていくそうで、彼女のお気に入りの一着。以前縫い子として働いていた頃のお弟子さんの従兄弟が今のご主人だそうで、裁縫がご主人と巡り合わせてくれたという素敵な思い出です。

 山室幸子さんはピンク色のドレスで登場。以前、舞台で日本歌曲やさまざまな曲を歌われていましたが、5年前にご主人が入院され、歌を歌うのが難しくなりました。家族全員が見に来てくれた最後の舞台に着ていたのがこの衣装だそうです。

 リメイクのベスト姿で登場された山東貴子さん。以前は京都に住んでおられて、その当時裁縫を習われていました。忙しい日には一晩で急ぎのスーツを作られたことも。今回着てきたのは培った裁縫の技術で作られた手作りベスト。

 そして、最後に登場されたのは、紅一点ならぬ男性一点の新城聡さん。彼のそばに立っている学生が身につけているのが他界された奥さまがお祝い事でよくお召しになられていたリメイク留袖。お亡くなりになって以来、奥さまの留袖をタンスの中にしまったままでは切ないと思い、ファッションショーという晴れ舞台に出そうと決意。奥様への想いを込めて、ご本人が留袖に「よかったな」と語りかける姿は会場に涙をさそっておりました。

 手造りながらも、心温まるほんわかとした気分でファッションショーは終了しました。

お遍路さん姿の田口菊子さん(筆者撮影(以下同))
お遍路さん姿の田口菊子さん(筆者撮影(以下同))
エンジ色のニットの小山晶子さん(右から2人目)
エンジ色のニットの小山晶子さん(右から2人目)
リメイクスーツの真船美子さん(いちばん右)
リメイクスーツの真船美子さん(いちばん右)
歌唱ドレス姿の山室幸子さん(右)
歌唱ドレス姿の山室幸子さん(右)
リメイクベストの山東貴子さん(左)
リメイクベストの山東貴子さん(左)
奥様の思い出を語る新城聡さん(右)
奥様の思い出を語る新城聡さん(右)

洋服は想い出であり、その人にとっての財産である

 このファッションショーを見て、改めて感じたのは、「人生とモノは密接に結びついている」という事実です。とりわけ人生経験が長ければ長いほど、愛着の深いモノは増えていくでしょう。「物には魂が宿る」という言葉がありますが、確かに長年使い続けている道具やモノには愛着が生まれます。その物が機能的価値を失ったとしても、なかなか捨てられない物がだれしもひとつやふたつはあるでしょう。筆者もコレクター癖があるのでなかなか捨てられないタイプの人間ですが、そうでなくても、長年にわたる人生経験の中で愛着溢れるモノは生まれているはずです。そのようなモノと人生の関係性を改めて考えさせてくれるファッションショーでした。

 

思い出ファッションショー発想の原点

内田直輝さん(左)と松岡健太さん(右)
内田直輝さん(左)と松岡健太さん(右)

 このユニークな「思い出ファッションショー」、その発想のきっかけを主催した日本社会事業大学「たんぽぽ」の代表内田直輝さん、今回のサポーター役の株式会社御用聞きの松岡健太さんにお伺いしました。株式会社御用聞き、首都圏の団地を中心として高齢者のちょっとした困りごとを「100円家事代行」サービスでサポートし、片付けられない部屋の整理なども行っているソーシャルベンチャーです。

 内田さんが「思い出ファッションショー」を思い立った契機は、インターンとして「御用聞き」の活動に参加していた昨年夏の事だったそうです。部屋の片付けを依頼され、お宅に伺った際のことです。片付けるに際し、依頼者から、「着物は捨てないで欲しい」という注文があったそうです。

 「この方はすでに終末期で入院されており、着物を再びお召しになる機会は多分無いだろうに、どうしてそのような注文をつけるのだろう」と疑問に思ったのが最初だったそうです。

 その後も何度か片付けに赴いた際に「パーティーに行くかもしれないので、ドレスは取っておいて欲しい」「洋服は捨てないで欲しい」と言う声を何度か聞くことがあり、そこで思い至ったのが「これらの洋服は、着る機会がなくなっても単に片付けるべきゴミとして存在するものではなく、過去の思い出が込められている大切なものなのだ」と言う事実でした。

松岡さんの片付け訪問の経験でも、特に女性の方は家の中に洋服が積み上がっているケースが多いそうです。

 「では、洋服を処分する前に、きちんとお別れ出来る儀式を用意してあげたら良いのでは?」そして思い付いたのが、「思い出ファッションショー」という形式でした。

 実際の開催にあたっては彼が所属している学内サークル「たんぽぽ」メンバーの助けを借りました。ショーに登場していただける人は、皆で手分けして大学周辺にあるコミュニティーサロンにチラシ配りに赴き、説明をすることで徐々に応募する方が集まってきたそうです。この種のイベントでは、身内への声かけも往々にしてありますが、そうではなく純粋に皆応募されてきた人たちとのこと。実は、シニアの方々にも「自らの人生を洋服に託して語りたい」という想いがあったのだということに気づかされました。

高齢者の片付けられない問題

 近年、ゴミ屋敷問題が社会課題として取り上げられる機会も多く、一部の自治体においては条例策定により代執行により解決に繋げようとする動きもあります。(例えば中野区の「中野区物品の蓄積等による不良な生活環境の解消に関する条例」)片付けられない理由には、身体の虚弱化、孤立にともなうセルフ・ネグレクト、認知症によるものなど、様々な理由が考えられます。しかしその前提として高齢期には片付けられないものが実質的に増えているという実態もあるのではないでしょうか。「思い出ファッションショー」が直接ゴミ屋敷問題の解消に繋がるわけではないですが、おそらくここには何らかのヒントがあります。

 高齢者自身の自尊心を傷つけず、かつ大切にしながら、モノとのお別れが可能となるキッカケづくり。このような仕組みが社会的に構築出来れば、ゴミ屋敷問題の解消に繋がっていくかもしれません。

 またファッションを通じて思い出を語る試みは、高齢者の認知機能を高める回想法の手法のひとつとして捉えることが出来るかもしれません。そして、このファッションショーは今年の秋ごろにも再び執り行う予定とのこと。このような試みが更に大きく広がって行くことを願ってやみません。

超高齢未来観測所

超高齢社会と未来研究をテーマに執筆、講演、リサーチなどの活動を行なう。元電通シニアプロジェクト代表、電通未来予測支援ラボファウンダー。国際長寿センター客員研究員、早稲田Life Redesign College(LRC)講師、宣伝会議講師。社会福祉士。著書に『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』(翔泳社)『ショッピングモールの社会史』(彩流社)『超高齢社会マーケティング』(ダイヤモンド社)『団塊マーケティング』(電通)など多数。

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