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「やすらぎの郷」「夢コンサート」に見るシニア・エンターテイメント事情

斉藤徹超高齢未来観測所
夢コンサートのメンバー(提供:夢グループ)

「やすらぎの郷」ヒットにみるシニア・エンターテイメント市場への注目

この4月に始まった倉本聰脚本ドラマ「やすらぎの郷」(テレビ朝日系列)のヒットは、テレビ業界にある種のインパクトを与えました。初回(4月3日)の視聴率は8.3%(世帯全体)と好調なスタートで、その後もおおむね6%台と安定した視聴率を継続しています。往年の名女優、名男優が登場するこの番組を支える主な視聴者層は50代以上の女性たち(F3層)です。彼女らの初回視聴率は12.7%を記録しており、その後もたびたび10%近い視聴率を弾き出しています。

かつて放送時間に銭湯がガラガラになるという伝説的なエピソードを生み出した「君の名は」は、戦後まもない1952年に放送されたラジオ番組でしたが、「やすらぎの郷」も、お昼時にもかかわらず、「真剣に見たいので、この時間はお父さんのお昼はお預け」といった現象を生み出しているようです。

「やすらぎの郷」好調の理由は、倉本聰による視聴者層ターゲットをシニアに絞った物語の設定(テレビ業界/老人ホーム)であること、スター本人そのものかと思わせるようなドラマ上のキャラクター設定など数々ありますが、何と言っても往年の主役級のスター俳優が揃い踏みするそのゴージャス感にあるのではないでしょうか。若かりし頃に憧れを感じていたシニアたちにとってこれは非常に魅力的です。

往年の主役級スターを勢揃いさせ、当時のファンたちの気持を再び振り向かせるというこの戦略、テレビ業界ではある意味、初の試みでヒットしたものですが、実はこれと同様の仕組みをすでに音楽興行業界で仕掛け、成功させている企業があります。それが「夢グループ」です。

150万人ものシニアを動員する「夢コンサート」の仕掛け

シニアの方々の誰もが知る往年のヒット歌手十数名が一堂に会し、懐かしい曲を歌うコンサート、それが夢グループの主宰する「夢コンサート」です。コンサートの年間公演回数は450公演、観客総動員数も、のべ150万人を数える(各種主催コンサート含む)この夢コンサートを支持している観客の多くは60〜80代のシニア層です。

具体的に「夢コンサート」の内容を見てみましょう。多くの歌手の歌を1度に楽しめるタイプのコンサートには、主に「夢コンサート」と「夢のスター歌謡祭」の2つがあります。

「夢コンサート」のキャッチコピーは、「夢の豪華スター総出演!胸おどる!昭和歌謡コンサートの決定版!」。主な出演者は、小林旭、橋幸夫、水前寺清子、三田明、黒沢年雄、五月みどりの面々です。

もう一つのコンサートである「夢のスター歌謡祭」のキャッチコピーは、「青春時代の名曲たちが色鮮やかによみがえる!」で、主な出演者は、ビリー・バンバン、山本リンダ、おりも政夫、チェリッシュ、加橋かつみ(元ザ・タイガース)、狩人といったメンバーです。「夢コンサート」の観覧層が主に7〜80代であるのに対し、後者の「夢のスター歌謡祭」は5〜60代と、微妙に支持層が異なっているところが高齢者内での世代間差異を示しています。

これ以外にも、「爆笑寄席」、森昌子、Chage(チャゲ)、小林幸子、細川たかし&長山洋子、などの「ソロコンサート」も主催していますが、何といっても特徴的なのは、この「夢コンサート」と「夢のスター歌謡祭」です。「やすらぎの郷」同様、これでもかというほどの有名歌手たちが次々に出演し、誰もが知っている懐かしのヒット曲を歌ってくれるのですから、楽しくないはずがありません。

「夢コンサート」誕生の経緯

ある意味、一度で多人数の歌を楽しめるシニアの「エンターテイメント・エコ・システム」と呼べる「夢コンサート」はどのように開発されたのでしょうか。経緯を主催者である株式会社夢グループの小玉取締役と小檜山企画宣伝部部長にお話を伺いました。

もともと夢グループの前身は、日用家電商品を主力とする通信販売会社だったそうです。事業をすすめるに当たって、同社社長石田の悩みは「顧客の顔」が見えないことにありました。通販という事業性格もあり、お客様に商品を販売はするものの、満足頂いているのかどうかわからない。何かしら方策がないかと考えていたが、打開のヒントになったのは当時ヒット商品であった「カラオケマイク」にありました。

「これだけカラオケマイクが売れるのならば、音楽をお届けする仕事=コンサートを行えば、会場でお客様の顔が見える」このような発想がベースとなり夢グループはコンサート事業に着手することになりました。

当初、エンターテイメント・ビジネスは、年に1〜2回程度、ホール・コンサートを行う程度でしたが、その後あることがキッカケで引き受けた兄弟デュエット歌手「狩人」のマネジメントに加え、チェリッシュ、三善英史などを引き受けていく中で、徐々にその規模は拡大していきました。ただ、まだその規模は大きなものではありませんでした。

現在の「夢コンサート」の流れにつながる大きな契機となったのは、2011年にコンサートのメンバーに千昌夫と新沼謙治が加わった後です。東北での震災復興が求められる中で、二人の東北出身者を迎えた全国を巡るコンサートは、各地で多大な喜びと感動を持って迎え入れられました。著名芸能人がわざわざこの地に赴いてくれ、歌ってくれることで、復興途上で打ちひしがれていた人々に元気を与えることにもつながりました。「コンサートで、元気になった」「活力をもらえた」。このようなシニアの人々の声に押される形で、夢コンサートの展開は全国に広がって行きました。

「夢コンサート」の特徴のひとつに「出前出張公演」という考え方があります。コンサートが開催されるのは、県庁所在地にある大ホールだけでなく、自宅から比較的近くにあるキャパシティ1000人程度の小さな市民会館が中心です。開催時間も、夜の部だけでなく、必ず昼の部公演が設けられています。これはシニアにとってみれば、コンサートには行きたいけれど、わざわざ電車に乗って赴くのは面倒。また、できるだけ早いうちに楽しみ、あまり夜遅くまで出歩きたくない。こういったシニア特有のニーズに合わせる仕組みとなっているところが人気の秘密につながっています。

加えて、コンサートの楽しみを広げるのが、幕間の物販です。休憩時間には、多くの歌手本人がロビーに赴いて、サイン会や握手会を開催します。小金は持っていても、あまり使い方が思いつかないシニアにとってみれば、芸能人と直接接することができる非日常体験にお金を払うことに抵抗感はありません。むしろ、楽しい時間や体験に見合うお金を払うことは、彼らにとって“元気の素”なのです。

超高齢社会に求められるシニアのエンターテイメント需要

高齢化が進行する中でシニアに対するエンターテイメント需要はさらに拡大していくでしょう。会社をリタイアし、日常の生活時間を持て余す人々の数は増加していきます。彼らにとって、「やすらぎの郷」や「夢コンサート」に見られるような手軽なエンターテイメントは、平凡な日常生活を彩る一幅の清涼剤となることでしょう。

超高齢社会が進む中で、健康寿命の延伸や介護予防の推進などが大きな社会テーマとして叫ばれています。しかし、これらを実現するためには、単に運動習慣を身につける、食生活に気を使うなどの事項に留まるのではなく、本来は「日常生活を楽しく過ごせる環境をつくる」という基本的な事項が実は重要です。日々の生活を、夫婦、友人と笑顔を持ちながら、楽しく暮らす。そのためのシニア向けの手軽なエンターテイメント・コンテンツの開発は、ますますその重要性を増していくことになるでしょう。

超高齢未来観測所

超高齢社会と未来研究をテーマに執筆、講演、リサーチなどの活動を行なう。元電通シニアプロジェクト代表、電通未来予測支援ラボファウンダー。国際長寿センター客員研究員、早稲田Life Redesign College(LRC)講師、宣伝会議講師。社会福祉士。著書に『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』(翔泳社)『ショッピングモールの社会史』(彩流社)『超高齢社会マーケティング』(ダイヤモンド社)『団塊マーケティング』(電通)など多数。

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