地域に開かれたコミュニティ型共生住宅「荻窪家族レジデンス」

荻窪家族レジデンスの外観

「荻窪家族レジデンス」とは何か

中央線荻窪駅から10分ほどの閑静な住宅地の中、近隣には日本庭園が美しい杉並区立大田黒公園がある高級住宅地の一角に「荻窪家族レジデンス」は位置します。比較的広い敷地内に建てられたリズミカルな白い外観デザインを持つ3階建てのアパートメント・ハウスです。

一見、高質な賃貸住宅のように見える「荻窪家族レジデンス」ですが、ここは単なる住宅とは全く異なる性格を兼ね備えた施設です。

2015年4月にオープンしたこの施設が目指すのは、この場が地域コミュニティの核(ノード)となり、居住者に加えて近隣の人々や、さらには地域社会のさまざまな知恵やノウハウを備える人々が、ネットワークされていく運動体です。一般に、福祉や介護の分野では、地域包括支援センターや社会福祉協議会、地域NPOなどがハブとなり、援助を必要とする人を支援するためのネットワークづくりがなされています。「荻窪族レジデンス」は、介護や福祉分野ではなく、日常生活の場において、地域の人々の社会関係資本で強化していこうとする動きと言って良いでしょう。その意味において「荻窪家族レジデンス」は、最初に述べたとおり、単なる「共同住宅」ではなく、「地域の運動体」なのです。

豊かな共用部を備えた住居部分

この施設と活動内容について説明していきます。住宅施設は大きく、居住している方々が住まう住居エリアと、地域に対しオープンに開かれているサロン・エリアの2つに分かれています。

住居エリアの総戸数は14戸。一部屋当たりの面積は25平米。おおむね一人暮らしの居住が想定されています。部屋の内部はいたってシンプルで、室内には、簡易キッチン、トイレ、シャワー、洗面が備え付けられています。一人暮らしには、必要かつ十分な空間といえるでしょう。

ただ、やや物足りなさを感じるかもしれない居住空間の不足分は、同じ居住エリア内に設置されたラウンジスペースや屋上デッキの存在が補って余りあるものとなっています。2層吹き抜け、トップライトの大窓を備えたサンルーム空間には、大型テレビ、テーブル、ソファが備え付けられ、ここで集まって居住者同士で歓談することも可能です。冷蔵庫やキッチンも備えられているので、ちょっとしたミニパーティを開くこともできるでしょう。また、部屋のシャワースペースとは別に、3階に屋上ガーデンを望む浴室(一人用と二人用)が備えられており、のんびりと入浴することも可能になっています。入居される方としては、「一人暮らし高齢者」を想定(オーナーの瑠璃川正子さん)されているそうです。例えば、妻や夫に先立たれてしまったが、戸建ての自宅を一人で切り盛りするには大変、などといった悩みを抱えている方にとっては、住み替えには最適な物件かもしれません。

シンプルな居室
シンプルな居室
天窓のあるラウンジ
天窓のあるラウンジ
眺めの良い浴室
眺めの良い浴室

「百人力」が生まれるコミュニティ空間

「荻窪暮らしの保健室」開催風景
「荻窪暮らしの保健室」開催風景

「荻窪家族レジデンス」のもうひとつのスペースであるサロン・エリア。こちらは、ラウンジ、アトリエ、集会室で構成されています。ここでは、一人一人に百人力がつく場、百人力の一人になる場「百人力サロン」として 月の半数以上の日で何らかのイベントやミーティングが開催されています。そのうちのいくつかを挙げると、ちょっとした健康の不安や悩みを相談できる「荻窪暮らしの保健室」、一緒に食事を取りながら交流する「百人力食堂」、子育てママやパパ、孫育て“じいじ”や“ばあば”が集い情報交換する場としての「ai こもどサロン」、毎回の参加者で話題が決まっていく「ふらっとお茶会」など、さまざまなイベントが行われています。サロンは地域内外のボランテイアが知恵を出し合い運営しており、イベントの参加費は無料かもしくは ごく少額(200円~食事の場合は500円~1000円程度)です。これらのイベントには 興味がある方ならどなたでも参加することが可能です。

取材当日、筆者もこの日開催されていた「荻窪暮らしの保健室」に参加しました。当日参加されていたのは約10名。オーナーの瑠璃川さん以外に、ご近所の社会福祉士、看護師、理学療法士、地域包括支援センターの方々などが、相談者の悩みに向き合います。とは言っても、その場は堅苦しいものではなく、お茶とお菓子をいただきつつ、井戸端会議のような和やかな雰囲気で話は進行します。自己紹介からスタートし、相談される方の悩みを真摯に傾聴した後に、それぞれの立場から、色んなアドバイスを差し上げる。本当は区役所や保健所に相談に行くべき話なのかもしれないけれど、相談にのってもらえないかもしれない。そのような、行政の相談支援からこぼれ落ちてしまう悩み事や健康不安を、周りの皆が寄り合って助け合う。少し昔の言葉で言えば、“美しきおせっかい精神”がこの「荻窪暮らしの保健室」には満ち溢れているようでした。暖かなコミュニティが成立する前提として、互酬性(お互いに見返りを期待せず与え合う)が重要と言われますが、まさにここは互酬性の拠点が目指されていると言えるでしょう。

荻窪家族レジデンス誕生の経緯

瑠璃川正子さん(左)と澤岡詩野さん(右)
瑠璃川正子さん(左)と澤岡詩野さん(右)

この「荻窪家族レジデンス」というユニークな施設が誕生した経緯をオーナーの瑠璃川正子さんにお伺いしました。

瑠璃川さん自身は、元々薬剤師として勤務し、その後子育てで家庭に入ります。彼女のご両親は、元々この地で賃貸アパート経営を長年営んおり、ご両親が亡くなった十数年前に、瑠璃川さんは資産を引き継ぐことになります。その後、彼女は老朽化したアパートを建て替えることを決断しますが、彼女は新住宅に関しひとつの“強い想い”がありました。それは、彼女自身がご両親の介護に苦労したということもあり、「高齢者に一人暮らしになっても、元気に生き生きと住まい続けることの出来る住宅」を創りたいという強い想いでした。

既存の「サービス付き高齢者住宅」や「老人ホーム」ではなく、介護になる前から住まい始め、そこに暮らすことで健康寿命が伸び、さらには介護状態でも快適に住むことの出来る住宅。そして、彼女が考えたその場に必要とされる条件は、ユニバーサルデザインや、介護ではなく、「地域における強い人間関係力が育まれる」ことでした。すなわち、それが“百人力”です。

彼女がこのような施設コンセプトを思い至るには、様々な人々との出会いと協力が不可欠でした。ダイヤ高齢社会研究財団の主任研究員澤岡詩野さんは、元々建築が専門で、現在は「第3の居場所」をテーマに研究活動をしていますが、たまたま杉並区地域大学のコミュニティビジネス講座で知り合ったことを契機に、プランづくりのサポーターとして、瑠璃川さんに寄り添うことになります。

その他にも、多くの方々が、この新しい住居のコンセプトづくりに関わりました。介護プランの自己作成を推進するマイケア・プラン・ネットワークの島村八重子さん、まちづくりに強い建築家の連健夫さん、すぎなみおとな塾のメンバー河合秀之さん、夫の瑠璃川祟さんなど、多くのメンバーが関わることで、この施設コンセプトが徐々に固まっていくことになります。「荻窪家族レジデンス」の開発プロセスそのものが、ある意味でこの施設が目指す「人間関係力強化の実例」に他ならないとも言えるでしょう。

求められる地域における社会関係資本の強化

地域における人間同士の繋がり、すなわち「荻窪家族レジデンス」で語られる「百人力」とは、社会学の分野で語られる「社会関係資本」という言葉と同義であると考えて良いでしょう。この「社会関係資本」という言葉を唱えたのは、米国の社会学者、ロバート・パットナムです。彼は、米国における社会関係資本の衰退を分析した著書『孤独なボーリング』の中で、衰退をもたらした原因に関して、共稼ぎ世帯の増加、郊外化、テレビによる余暇時間の私事化、世代的変化などが、その原因となったのではないかと分析しています。これらの項目については、多かれ少なかれ我が国においても同様であり、日本における社会関係資本の衰退は明らかと言えるでしょう。

しかし今後、人口縮小社会となる中で、郊外スプロール化現象が止まり、高齢者の増加によりコミュニティ定住人口が増加する中、地域におけるさまざまな困りごとを地域内で解決して行くための「地域力=社会関係資本の復活」は、どの地区にとっても重要な事項に違いありません。

その意味において、この「荻窪家族レジデンス」の試みは、地域力を取り戻そうとする極めて優れた試みと言えるでしょう。