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見えて来た鉄道の安全対策の課題

鳥塚亮えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。
京王線の快適な特急電車がテロ行為の対象になってしまったことに憤りを覚えます。

8月の小田急線での事件に続き、昨日京王線でテロ行為による殺人未遂、列車破壊事件が発生しました。

来年で日本に鉄道が開通してから150周年を迎えますが、この間、鉄道の歴史は安全のための技術革新の歴史と言っても過言でないほど過去の鉄道マンたちが切磋琢磨して安全技術を築き上げてきましたが、ここへきて一つの盲点があることがわかってきました。

それは、鉄道の安全確保ということは、速度超過や信号の見落としなどによる列車の衝突や脱線、あるいは踏切などでの他の交通との衝撃といった事故をどのようにして防ぐかということに主眼が置かれ、さまざまな設備投資や規則や基準が設けられてきています。

ところが、これらの規則の中には、乗客が列車の車内から列車を破壊するような事件が想定されていなく、あくまでも善意の乗客を安全に運ぶことに主眼が置かれていることです。

これが同じ輸送でも航空輸送と大きく違う点であり、ご存じのように航空機の場合は搭乗前に大変厳しいセキュリティー検査が行われます。これを逃れて飛行機に乗ることはできません。

なぜこのような検査が行われるかというと、航空輸送の場合は乗客というのは善意の人たちばかりとは限らないと考えているからで、安全に直結するハイジャックなど乗客によるテロ行為を防ぐためですが、鉄道の場合は列車に乗車するにあたっていちいちセキュリティー検査のようなことは、今の日本では行われていません。

近年、諸外国ではテロリストが列車に乗り込んで、その列車を破壊するような行為が散見されるようになってきたことから、日本でも順次導入していく検討はされていますが、現時点では一般化してないところに連続して今回のような乗客による車内でのテロ行為が発生しているのです。

今回露呈してきた課題

昨日の京王線の事件で露呈してきた課題として、走行中の列車でテロリストが危害を加える行為をした場合、乗車中の乗客が列車を停止させ列車から逃げるために、現時点で次のようなものがあると筆者は考えます。

1:乗務員への通報。

都市部の電車は8両、10両、あるいは15両といった長編成で運転されています。

通常、先頭車両に運転士、最後部に車掌という配置で乗務していますが、そのような位置関係では長編成の列車のどの部分で事件が発生したかを乗務員が自ら把握することが困難になります。

乗務員は乗客からの非常通報で知ることになりますが、これが各車両に設置されている非常通報装置です。緊急事態発生時に乗客がこのボタンを押すことによって、乗務員に列車のどの部分で何が起きているのかを伝えることができます。

ただし、基本的には会話で伝えることになりますので、緊急事態を乗務員に正確に伝えるためには乗客の側の冷静な対応が求められます。今回の事件でも混乱した車内からの通報では、乗務員が何が起きているのかを把握することが困難だったという報告が上がっています。

車内の非常通報装置。ボタンを押して乗務員に会話で状況を伝える装置です。
車内の非常通報装置。ボタンを押して乗務員に会話で状況を伝える装置です。

2:非常用ドアコックの使用

車内には緊急脱出のための非常用ドアコックが設置されています。

カバーを開けてコックをひねることでドアが手動で開けられるという装置ですが、乗客がこれを操作することはかなりの危険が伴いますので、鉄道会社は積極的にPRすることはしていません。

なぜなら、高速走行中に乗客が非常用コックを操作してドアを開けることによって、当然ですが転落の危険が生じます。また、列車が停車した後でも車外に降りたところで反対側から来た列車に轢かれるという事故も過去には発生していますので、基本的には係員の誘導のもとで車外に出るというマニュアルになっているからです。

でも、今回のように数秒を争う緊急事態では、係員の誘導など待っていられませんから乗客自らが操作せざるを得ないと考えられます。この点が鉄道会社にとって今後の大きな課題です。

3:列車防護無線の発報

これは乗務員が操作するものですが、緊急事態が発生した場合、乗務員は乗務員室内にある列車防護無線を発報します。これにより、緊急信号が発せられ、周囲数キロ以内で走行中の列車はすべて緊急停止します。

例えば踏切で自動車と衝突し反対側の線路をふさいでしまったところへ対向列車が来て大事故になったなど、過去の様々な事故の事例から考えられたのがこの列車防護無線であり、上記の非常用ドアコックを操作して乗客が車外に脱出しなければならない場合でも二重、三重の事故を防ぐことができますが、あくまでも乗務員が操作するという点がネックになります。なぜならば乗務員を狙ったテロ行為があった場合、どこまで対処できるかという課題が残るからです。

4:ホームドアが大きな障害になる

今回の事件では逃げ惑う乗客の姿が動画で拡散していますが、その映像で誰の目にもはっきりとしたのはホームドアが逃げる際の大きなバリアになっていることです。

ホームドアは列車の停車位置が数十センチずれただけで開きません。今回の場合はホームドアが開かないことで乗客が逃げる際の大きなバリアとなってしまいました。

緊急停車した列車が正規の停車位置からずれて停車したため、最後部の車掌は安全に配慮して車両のドアもホームドアも開けなかったようですが、中間車両で発生している事件の概要が最後部の車掌まで届いていれば、車掌は多少ずれていてもドアを開けていたかもしれませんが、今回はそういう操作はされませんでした。

今回、京王線の事件で幸いだったのは窓が開く車両だったことでしょう。

窓が下降するタイプであったため、ホームドアを乗り越えて車内からホームに逃げることができたことが脱出の手助けになったように考えられますが、都市部の電車では窓が開かない電車、開いてもわずかで人が脱出する隙間もない車両が多くありますので、そういう点も今後の大きな課題になると思います。

多方面から見た安全管理の必要性

例えば列車の窓ですが、昭和の車両はどれも窓が開いていました。それが空調装置が完備されることで窓が開かなくなりました。窓が開かないことで車内の温度管理ばかりでなく、乗客が窓から手や顔を出して事故に遭う危険性もゼロになりました。つまり、窓を開かなくすることで安全性が高まると考えてきた歴史があります。

ところが、近年、駅間で停車した電車の電源が切れ、乗客が長時間車内に閉じ込められる事故が連続して発生したことで、窓が開かないことが弱点とされるようになりました。

ホームドアもそうですね。

乗客がホームから線路に転落するのを防ぐという点では最大限の効果を発揮しますが、今回のように線路側、あるいは列車側からホームへ逃げるような状況下では大きなバリアになっていることがわかりました。

安全対策というものが運行管理をする側から見た「片側からの対策」だけ考えられて、乗客の側から見た場合、実は安全に大きな支障をきたすバリアになるようなことが、ホームドアばかりではなく例えば自動改札などでもあるのではないか。

今回のような事件が発生すると様々な検証がなされますから、今後いろいろとあぶり出されてくると思います。

今まで、安全性の向上のために準備されてきた各種安全対策が、本当にそうなのか。安全というのも一方通行の考え方ではなくて、多方面から検討していく時代に来ているというのも現代の多様性なのではないでしょうか。

※本文中に使用した写真はすべて筆者が撮影したものです。

えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長に就任。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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