ついに日本の鉄道にも保安検査の時代がやってきた。

国内の鉄道会社にも保安検査を求めるというニュースがありました。

鉄道乗客の手荷物検査を可能に 国交省、省令を改正へ(朝日新聞)

https://news.yahoo.co.jp/articles/e33ff9ad6d5830e5d5607e6b73d1f9ae62c6e897

鉄道をターゲットにしたテロ攻撃を未然に防ぐため、諸外国ではすでに実施しているところがありますが、ついに日本もその時期がやってきたようです。

各ニュースによると、オリンピックをきっかけにこういう制度を導入しようということのようですが、オリンピック対策ということは、すでに昨年までには構想として出来上がっていたわけで、それが1年ほど伸びているということになりますから、各鉄道会社もそれなりに準備をしてきていると考えられます。

ただ、諸外国とは違い、日本の鉄道は大都市圏の通勤輸送ばかりではなく、長距離の新幹線であっても分単位の過密ダイヤで運行していますので、乗客もサッと乗ってサッと降りるという協力体制の中でその運行が維持できていると考えます。

東京駅で折り返し車内清掃をする「かがやき」。
東京駅で折り返し車内清掃をする「かがやき」。

例えば東北・上越・北陸新幹線の東京駅では最短折り返し時間が11分に設定されています。

乗客を乗せた列車が到着してから、折り返し列車として発車していくまでの最短時間が11分ということは、具体的には到着旅客が下車するのに2分、車内清掃7分、そして出発旅客が乗車するのが発車2分前。このパターンをきっちり守ることで定時運行が確保されているというのが現実です。

到着する新幹線が遅れてきたり、乗客の降車に時間がかかったりと、何か一つでも狂えばこのロジックは成り立たないという中で、鉄道会社は当たり前のように淡々と列車のオペレーションを行っていることは高く評価されるべきだと筆者は考えますが、そういう鉄道会社に対してどれだけ時間がかかるかわからないような旅客の手荷物検査などの保安検査を義務化するということは、なかなか厳しいものがあると思います。

では、実際にどのような方法で検査が行われるのかというと、国が考えているのはボディスキャナーなどで不審人物を絞り込んだうえで手荷物検査を行うという方式のようです。全乗客を対象としないのは現実問題として大都市圏の駅では不可能であると考えられるからですが、こういう検査は「ちゃんと見張ってますよ。」ということである程度の抑止効果がありますから、そういう意味では効果的だと考えます。ただし、具体的な問題点として、法律に基づいた検査を誰が行うのか、そして、その費用は誰が支払うのかという点が挙げられます。

まず、鉄道会社の職員は乗客の手荷物を検査する技術を持っていませんので、検査を担当するのは保安会社の係員ということになります。これは空港などと同じですからご理解いただけると思いますが、航空機と違うのは、航空会社は空港を運用する会社や国、県などの空港管理者から空港という場所を借りて飛行機を飛ばしています。ですから、保安会社の職員も保安設備もすべて空港が管理していて、航空会社は「その時だけ」借りるスタイルですが、鉄道会社の場合は、基本的には駅や施設を自社所有していますから、必要な時だけ借りるというスタイルではなくて、おそらく自前でそれぞれを揃えなければなりません。

その場合、費用面の負担はどうするのかということと、トラブルが発生した場合にどう対応するのかという問題があります。

まず、トラブルから申し上げるとすれば、鉄道会社あるいは鉄道会社が契約する保安会社では強制力を持った対応はできません。

法律を改正して、客が拒否した場合には「客車または鉄道地内からの退去を求めることができる」とされていますが、実際問題としてこの対応は警察官立会いの下に行うしかありません。国鉄時代の鉄道公安官が現在は鉄道警察隊となっていますが、日常業務として各駅の保安検査に立ち会いを行うには人数が不足します。

鉄道警察隊の主な任務は

・列車警乗による、すり・置引き・痴漢などの犯罪の予防や検挙

・駅構内や鉄道路線のパトロール・地理案内

・朝夕等ラッシュ時の警戒警備

などですが、これに手荷物検査等の保安検査立ち合い業務が加わると、今の人数では不足します。まして、大きなイベントが開催されるようなときはただでさえ警察官の数が不足しますから、絶対数をどうやって確保するかが求められますね。

地方空港などを見ても、手荷物検査場1か所に1人が最低配備されていますが、その1人というのは目に見える位置にいる警察官で、裏には交代要員も含めて数名の部隊が配置されていますから、それを駅ごとに配置するとなると、主要駅だけとはいえ、大きな人的投資が必要になります。

警備費用はだれが負担するのか。

こういうことを国が事業者に対して求める場合、国は当然予算手配をします。つまり、国費で警備費用を補助するという段取りです。ところが、費用負担に関しては、まず百パーセント国負担ということはありません。具体的にどういう取り決めになっているかはまだわかりませんが、航空会社の場合、911テロ事件の後、駐機している飛行機に必ず警備員を常駐させるようにと国から指示がありました。

飛行機が到着して乗客が降機すると、清掃員が乗り込みます。貨物や手荷物などの搭載品の積み下ろしの係員も飛行機に乗り込みます。911テロ以降はそうした係員にテロリストが紛れ込む可能性があるということで、清掃係や搭載係なども保安検査の対象になり、飛行機に乗り込む前に身分証を確認したり、金属探知機を当てられたりするようになりましたが、その警備員の費用を誰が負担するかで大きな議論になったことを記憶しています。

その時は、国と航空会社が折半という形で決着がつきましたが、いくら半分国が出してくれるとは言え、残りの半分は自腹です。まして毎日毎日のことですから経営の厳しい航空会社にとっては大きな負担になるのです。

鉄道会社も、今の時代はどこも大赤字で、「どうやって会社を維持していこうか。」という事態に陥っている、そんなときに、これ以上の費用負担は大きな課題ですから、どこに転嫁するかを探らなければなりません。

やるなら今!

しかしながら、新幹線車内での発火物を持ち込んだ事件や、刃物で他の乗客を切りつけるテロ事件などが実際に発生しているのも事実です。諸外国では爆発物を仕掛けられて走行中の列車が爆破されるなど大きな事件がいくつも発生しています。

そういう状況の中で、日本の鉄道にも手荷物検査などの保安検査が求められるのは時代の流れと言えるでしょう。

悲しいぐらいガラガラな新幹線ホームですが、今なら保安検査もスタートしやすいでしょう。
悲しいぐらいガラガラな新幹線ホームですが、今なら保安検査もスタートしやすいでしょう。

そう考えたときに、このコロナ禍の時代に私たちは、例えばレストランや一般の建物に入る時にも体温検査や手指の消毒、マスク着用など当然のように協力しなければ入れてもらえないということを学習しています。飛行機の中でマスク拒否をした男性が全国ニュースになるほど一般の人たちは協力する体制が出来上がっていますから、この時期に手荷物検査など新しい制度を設けることは無理なく受け入れられる可能性が高いと考えられます。

まして、長距離列車を中心に列車はガラガラの状況が続いていますから、オペレーションをする鉄道会社の側でもスムーズに開始できるのではないでしょうか。

つまり、新しい制度を開始するタイミングとしては、今はベストな時期と言えるのです。

鉄道会社は経営的に苦境に立たされています。

収入に直結しないものに大きな費用をかけることはためらわれます。

そういう中で、新しい安全を確保していくことが求められていると筆者は考えます。

鉄道会社は長い間、自分たちがミスなく列車の運行を行えば安全が確保されると考えてきました。これが航空会社との大きな違いです。

航空会社は自分たちがミスなく飛行機を飛ばしても、それだけでは安全運航を確保できない事業です。そういう点で鉄道会社は手荷物検査などの保安業務に関しての必要性の認識はまだまだ足りていない部分があるかもしれませんが、恐らく国が求めているところはその認識を変えていかなければならないという所なのではないでしょうか。

地下鉄サリン事件は記憶に新しいところですが、過去において列車爆破事件も何度も発生している事実を忘れてはいけません。

過去の事件は高度経済成長期に世の中が大きく変化した当時、不満を抱く愉快犯によって行われた経緯があります。そう考えると、今、まさに鉄道に対するテロ対策が必要な時期であろうと筆者は考えます。

【参考】

日本における鉄道爆破事件(Wikipediaより)

1963年 地下鉄銀座線爆破事件

1967年 山陽電鉄爆破事件

1968年 横須賀線爆破事件

1972年 近鉄奈良線爆破事件

※本文中の写真はすべて筆者が撮影したものです。