JR北海道がコロナ禍にSL観光列車を走らせる意味を探る旅。

この冬もJR北海道の釧網本線では恒例となった「SL冬の湿原号」を運転しています。

コロナ禍で東京や大阪などの大都市圏には緊急事態宣言が出され旅行の自粛が求められ、インバウンド観光客はゼロという去年までとは全く違った環境の中で、JR北海道が道東の地でなぜSL観光列車を走らせるのか、その意味を探るべく現地を訪れてみました。

始発駅釧路駅で発車前に記念撮影をする乗客たち。
始発駅釧路駅で発車前に記念撮影をする乗客たち。

筆者が訪れたのは2月5日~7日の3日間。

運行開始から今年で22年になるSL「冬の釧路湿原号」ですが、ダルマストーブが置かれた車内はいつもの年と同じように観光客が乗車を楽しむ光景が見られました。

そう、いつもの年と同じように。

筆者はほぼ毎年このSL「冬の釧路湿原号」に乗車していますが、今年もいつもの年と同じように列車はほぼ満席の乗客でにぎわっていたのです。

コロナ禍が長引いて、それまで多かった東京や大阪など都会からの観光客や、中国、台湾、東南アジア方面からの観光客はほぼ「ゼロ」にも関わらず、どうして今年も例年通りほぼ満席の状態でにぎわっているのだろうか。いったい誰が乗車しているのだろうか。

実際に乗車して観察してみると、いろいろと見えてきました。

地元の需要にこたえる

まず気が付いたのは小さな子供を連れた家族連れの姿が多いこと。友人同士、あるいは家族でこの列車を利用しているようです。そして次に気が付いたのは皆さん北海道の人のようだということ。中には列車の中で学校の友達と出会って「あれ? ○○ちゃんも乗りに来たの?」などという会話が聞かれましたが、北海道民が、北海道の観光列車に乗車して北海道を楽しんでいる状況が起きているようです。

釧路を発車してすぐに渡る釧路川のほとりには氷点下の気温の中たくさんのカメラマンの姿が。
釧路を発車してすぐに渡る釧路川のほとりには氷点下の気温の中たくさんのカメラマンの姿が。

途中駅の塘路でも停車時間に機関車の周りにちびっ子たちを連れた家族が集まります。
途中駅の塘路でも停車時間に機関車の周りにちびっ子たちを連れた家族が集まります。

茅沼駅では列車のすぐそばまで天然記念物のタンチョウが近寄ってきます。
茅沼駅では列車のすぐそばまで天然記念物のタンチョウが近寄ってきます。

この「SL冬の湿原号」は世界遺産に指定された釧路湿原の中を走る見どころ豊富な列車ですが、エゾシカやオオワシ、そしてタンチョウなどの野生動物を車窓から眺めて大喜びをしている子供たちが北海道民であるということにちょっと不思議な感じがしました。

お話をうかがってみると、今まではなかなか切符が取れなかったけど、今年は観光客がいないので切符が取りやすいという話を聞いたので家族で乗りに来た。という帯広からのお客様。

釧路駅で接続する特急列車でいらしたということでした。

あるいは自宅から車で来て駅に車を置いて往復乗車するというファミリーも。

車内は北海道の人たちが北海道の列車に乗って北海道を観光するという図式でした。

車社会の北海道では日常生活に鉄道という選択肢はありません。

つまり、鉄道が自分たちには関係のない存在なのです。

でも、こういう列車が走ることによって家族で、あるいは友人たちと地元の列車に乗って、あらためて鉄道を意識し、家族の思い出ができていくという図式は、今までのようなただ単に観光政策を遂行するだけの観光列車とは違い、地元密着の観光というコロナ禍の新しい観光の在り方を見た気がしました。

地元の人たちは

SL列車の終点、標茶(しべちゃ)に到着した筆者を迎えてくれたのは地元の皆様方です。

標茶町の佐藤吉彦町長さん。
標茶町の佐藤吉彦町長さん。

筆者と並んで記念撮影。地元のグリーンツーリズム標茶の婦人会の千葉さん(中)と大木さん(右)
筆者と並んで記念撮影。地元のグリーンツーリズム標茶の婦人会の千葉さん(中)と大木さん(右)

毎年のように何度もお邪魔して顔見知りになっている皆様方です。

「今年はどうですか?コロナで大変でしょう?」

とお話をお伺いすると佐藤町長さんから返ってきた返事は、

「今年はお客様多いんですよ。今までは団体のお客様ばかりでしたが、そういう団体の方は駅に到着するとバスが待っていて、皆さんサ~ッといなくなってしまうんです。でも、今年は個人のお客様が多くて、皆さん町の中を回ってご飯を食べたりお土産を買っていただいたりと、町の中がにぎわっているんです。」

とのこと。

標茶町では商工会がタクシーを借り上げて無料送迎サービスを開始していました。

このサービスは列車の中に町内の飲食店の案内パンフレットがあって、それを持って下車すると駅前からご希望のお店に送迎してくれるというもの。

SL列車の折り返しまでに約1時間半ほどの時間を地元で有効に使っていただこうという企画で、もちろん食事やお土産の購入の後、ちゃんと駅まで送り届けてくれるというきめ細やかなサービスでした。

タクシー無料送迎はSLの乗客のみを対象としていますが、車内にあるこのパンフレットを持参することで、SLに乗車してきたことがわかるという仕組みです。
タクシー無料送迎はSLの乗客のみを対象としていますが、車内にあるこのパンフレットを持参することで、SLに乗車してきたことがわかるという仕組みです。

喫茶店ぽけっとのSLザンギカレー。(ザンギというのは鶏のから揚げ。石炭に見立てています。)
喫茶店ぽけっとのSLザンギカレー。(ザンギというのは鶏のから揚げ。石炭に見立てています。)

あさひや食堂のカツカレー(デミグラスソースがかかるオリジナルカツカレーです。)
あさひや食堂のカツカレー(デミグラスソースがかかるオリジナルカツカレーです。)

婦人部の皆様方が販売するケーキとプリン。
婦人部の皆様方が販売するケーキとプリン。

ちなみに筆者は2日に渡って標茶でお昼をいただきましたが、目指したのは喫茶店ぽけっとさんあさひや食堂さん

雪道なので歩くのはちょっと考えてしまいますが、送迎タクシーはありがたいサービスでした。

そして帰りは駅構内に開設されているグリーンツーリズム標茶の皆様方のお店でケーキやプリンを購入して汽車の中でいただきました。

標茶町は酪農の町。こういうお菓子類がたいへんおいしく、わざわざ食べに来る価値があるというものですが、コロナ禍のSL列車は北海道の皆さんが北海道の良さにあらためて気づくチャンスになっているのではないでしょうか。

地元の皆様方に見送られて標茶を発車し釧路へと向かいました。
地元の皆様方に見送られて標茶を発車し釧路へと向かいました。

標茶町の佐藤町長さんがおっしゃっていました。

「JRが今年もSL列車を走らせてくれたのは本当にありがたいことで感謝しています。だから我々も全力でこのSL列車を応援しようと頑張っているのです。」

お聞きすると佐藤町長さんは、副町長さんと一緒にSL運転期間中は土日も含めて毎回駅に来て乗客の皆さま方のお出迎えをしているとのこと。

地元自治体の首長さんがこれだけJRに関心を寄せているのはなかなかあることではありませんが、経営再建中のJR北海道がこのような地域に根差した地域密着型のサービスを行っていることに大きな希望を見出した気がしました。

2月11日の北海道新聞の記事。
2月11日の北海道新聞の記事。

筆者が釧網本線を訪ねた数日後の2月10日に、JR北海道から来年以降も「SL冬の湿原号」の運行を継続するという発表がありました。

実は、このSLは今年車両の検査期限を迎えるため、大きな設備投資が必要になることから来年以降の運行が危ぶまれていました。

標茶町の皆様方も随分心配されていましたが、この発表で皆さん安心されたことと思います。

SLの乗車料金は指定席料金を合わせても一人2000円程度です。おそらく膨大な運行コストを考えるとSLの運行で黒字にすることはできないと思います。

でも、乗客だけでなく、撮影に来る人、見る人など、地域にたくさんの人たちがやってきて、そういう人たちが地域で消費する経済効果など、正確に把握することができない大きな金額が地域に落ちるはずですから、地域全体を見れば大きな効果があるはずです。

そして何より、地元の小さな子供たちにたくさん乗車していただけるということは、その子供たちの思い出の中に鉄道が残るわけですから、大きくなっても地元の汽車の思い出を持つことになります。できるだけ多くの子供たちにそういう体験をさせることが、将来的に鉄道の存続につながっていくことは間違いありません。

この厳しいコロナ禍の中で、経営再建中のJR北海道が敢えてSL観光列車を走らせる意義を筆者は自らの体験を通じて感じ取りました。

この「SL冬の湿原号」は2月末まで土休日を中心に運転されています。

詳細はJR北海道のホームページにてご確認ください。

※本文中に掲載する写真はすべて筆者が撮影したものです。