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北の国からうれしいニュース 安平町に「D51ステーション」オープン!

鳥塚亮えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。
1975年(昭和50年)室蘭本線で最後の活躍をするD51(デゴイチ)

昨日、北海道安平町に道の駅あびらがオープンしました。

安平町は昨年秋に発生した平成30年胆振東部大地震で大きな被害が出た北海道の町。

その町に復興のシンボルとなる道の駅が誕生し「D51ステーション」と名付けられました。

安平町ホームページの観光コーナー

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道の駅オープンのパンフレット
道の駅オープンのパンフレット
おおぞら会(あびら復興加速実行委員会・鉄道交流推進事業チーム)Facebookページより
おおぞら会(あびら復興加速実行委員会・鉄道交流推進事業チーム)Facebookページより

おおぞら会(あびら復興加速実行委員会・鉄道交流推進事業チーム)

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なぜ今「D51」か

今の日本人にD51(デゴイチ・あるいはデコイチ)をいう言葉がどれだけ知られているかというとはなはだ疑問ですが、D51とは国鉄時代に全国的に活躍した蒸気機関車(SL)の形式の一つで、貨物用機関車として全国に1115両も配備されていた日本の蒸気機関車の代表形式です。

実は安平町を走るJR北海道の室蘭本線は、このD51が最後まで活躍した場所で、沿線の追分駅は機関車の基地だった機関区が配置されていて、たくさんの列車の起点となっていた鉄道の町だったのです。

昭和50年当時の追分機関区事務所
昭和50年当時の追分機関区事務所
追分駅を発車するD51牽引の室蘭本線貨物列車。(昭和50年4月)
追分駅を発車するD51牽引の室蘭本線貨物列車。(昭和50年4月)
こちらは夕張線(現石勝線)の石炭列車。追分を出て室蘭本線と分岐する付近です。
こちらは夕張線(現石勝線)の石炭列車。追分を出て室蘭本線と分岐する付近です。

このモノクロ写真は筆者がまだ中学生だった頃に追分を訪問して撮影したものですが、当時の追分駅は、ひっきりなしに列車が発着するとても活気がある場所でした。

現在の追分駅
現在の追分駅
駅前の橋のたもとにも機関車のデザインがあります。
駅前の橋のたもとにも機関車のデザインがあります。
駅前広場に保存されている機関車の動輪。よく見るとD51465のプレートが。
駅前広場に保存されている機関車の動輪。よく見るとD51465のプレートが。

現在の追分駅は機関車の基地としての役割は終了し、ひっそりとした印象がありますが、それでもかつての鉄道の町としての名残なのか、橋のたもとには機関車のデザインが施してあったり、駅前広場にはD51の動輪が保存されています。

その動輪には「D51465」のプレートが埋め込まれています。

追分機関区のD51465(昭和50年)
追分機関区のD51465(昭和50年)

筆者の古いアルバムをめくると、昭和50年に撮影した変色したD51465の写真が出てきました。

ということはこの動輪と筆者は実に44年ぶりの再会ということでしょうか。

このニュースのTOPのカラー写真も沼ノ端駅を発車するD51465です。

さて、このように昭和40年代のSLブームを知っている世代としては追分は実に懐かしい場所なのですが、平成が終わりを迎えようという今の時代、そういう世代はもうすでに少数派になります。

では、なぜ、今、安平町はD51なのか。

その理由は、安平町には大切に保存されている1台のD51が残されていたからです。

追分駅の裏手、安平町鉄道資料館に大切に保存されていたD51320
追分駅の裏手、安平町鉄道資料館に大切に保存されていたD51320
このSLを保存してきた保存会の工藤隆男さん(左)と筆者。2016年9月
このSLを保存してきた保存会の工藤隆男さん(左)と筆者。2016年9月

旧国鉄職員でSLにも乗っていたことがある工藤隆男さんたち保存会のメンバーの皆様が、大切に保存してきたD51320。

どのぐらい大切にされてきた機関車かというと、実際に圧搾空気で動く状態なのです。

この機関車を安平町が計画していた道の駅に運び込んで、いろいろな皆様方に見ていただくことで安平町が鉄道の町だった歴史をたくさんの方々に知っていただきたい。

それが、この「道の駅あびら D51ステーション」なのです。

昨日オープンした道の駅あびら D51ステーション(Webサイトより)
昨日オープンした道の駅あびら D51ステーション(Webサイトより)
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案内の道路標識も設置されました。(撮影:丸山裕司氏)
案内の道路標識も設置されました。(撮影:丸山裕司氏)
オープニングセレモニーの様子(Webサイトより)
オープニングセレモニーの様子(Webサイトより)

昨今では全国的に高齢化が進み、各地で保存されてきたSLも管理する人がいなくなり、解体してしまう自治体が多く見られます。

そんな中、地域住民の方々が大切に保存してきた財産であるD51を、行政が有効活用することで、SLの保存が継続できることはもちろん、町が歩んできた歴史を知ってもらうことが観光資源となる。このような取り組みは全国的にも珍しいのではないでしょうか。

実は筆者が安平町に注目してきたのは室蘭本線の思い出ばかりではありません。

ご存じの方もいらっしゃると思いますが、「雪だるまを宅配便でご自宅へお届けします。」という商品を始めたのもここ安平町なんです。

北海道の皆さんにしたら厄介者の雪ですが、その雪を商品にしてしまうというアイデアには脱帽です。

安平町ゆきだるま大使で歌手の高橋涼子さん。高橋さんは千葉県船橋市在住で全国的に活躍しているシンガーソングライターです。(Webサイトより)
安平町ゆきだるま大使で歌手の高橋涼子さん。高橋さんは千葉県船橋市在住で全国的に活躍しているシンガーソングライターです。(Webサイトより)

今、全国の地方に問われているものは、「今あるものを如何にして上手に活用して地方創生につなげるか。」ということです。

中央から予算が配分されるのを待っているだけのような地域には、おそらく未来はありません。

全国各地でお荷物になって解体されてしまうようなかつての蒸気機関車を上手に使って、地域資源として活かしていくこの安平町の取り組みは、なんだか新しい光を見るようで、まぶしく感じます。

もちろん、どこの自治体にもできることではないと思います。それは、企画力が問われるからです。

人口減少が続く地方の町にとって、「人もモノも金」もありません。

そういうところに企画力を求めてもしょせん無理な話です。

この安平町の取り組みにも北海道の鉄道を心から愛する仲間たち、 「北海道鉄道観光資源研究会」(永山茂代表) の皆様方の活動あってのたまものだと筆者は確信しています。

JR北海道が厳しい状況にある中、地域住民と行政と鉄道を愛する仲間たちが一体となってオープンした「道の駅あびら D51ステーション」は、JR北海道に対する地域の強い応援だと感じます。

皆様もどうぞ、道の駅あびら D51ステーションに足をお運びください。

石炭列車が運んだその石炭が日本の国をここまで先進国にしたまぎれもない歴史を感じていただけると思います。

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なお、安平町はSLと雪だるまだけではありません。

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数々の名馬を産んだサラブレッドの町であり、こんな素敵な景色が広がるお花畑の町でもあります。

ぜひ、北海道旅行の立ち寄り地の一つに加えてみてはいかがでしょうか。

道の駅あびら D51ステーションへは鉄道でも行くことができます。

室蘭本線追分駅下車 徒歩12~3分。駅前の道をまっすぐ歩いて高台に出たところにあります。

追分駅へは新千歳空港駅へ分岐する南千歳から1駅、約15分です。

道の駅あびら D51ステーションでのD51320・特急車両キハ183の公開は、震災の影響で少し遅れています。

道の駅はオープンしましたが、車両の公開は6月ごろになるようです。

詳細はWebサイトにてご確認ください。

道の駅あびら・D51ステーションのWebサイト

※本文中の写真はおことわりがあるものを除き、すべて筆者撮影のものです。

えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長に就任。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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