PLOS ONEという雑誌に2020年2月に日本で起きたトイレットペーパーデマに起因する社会的混乱を分析した「Impact of correcting misinformation on social disruption」[1]という論文が掲載されました.

折角なのでこの論文について解説をしたいと思います.

3行で

・コロナ禍で発生したトイレットペーパー不足についてデマとその訂正ツイートを分析したところ,デマはほとんど拡散していなかったことが分かった.

・トイレットペーパーの売り上げモデルとツイートの関係をモデル化し分析した結果訂正ツイートが買い占めを誘発していた可能性が示唆された.

・デマに対して訂正情報がどのくらい広がれば混乱が収まるのかをシミュレーションで示した.

もうすこし詳しく

コロナ禍に拡散したデマの一つであるトイレットペーパー不足について,ソーシャルメディア上での情報の広がりと実際のトイレットペーパーの売り上げを比較分析しました.その結果,デマ情報よりも訂正情報と不足情報の拡散がトイレットペーパー不足を引き起こした要因である可能性が高いことを示しました.これによって,デマを信じた人たちが訂正情報を見て考えをより強固にする「バックファイア効果」が原因ではないことを示しました.

また,訂正情報の拡散量が変化したときにトイレットペーパーの売り上げがどのように変化するかを分析し,適切な訂正情報の拡散量が存在することを示しました.

さらに実践的な方策として「デマ情報を見ていないユーザーは訂正ツイートを拡散しない」というルールを設定することでトイレットペーパーの売上指数を48.7%まで減少させることが可能であることを示し,デマ情報の訂正だけをみた人々の「多元的無知」による社会的混乱を防ぐことができる可能性を示しました.

この研究の限界

本研究はソーシャルメディア上の情報を中心に分析を行っているため,それ以外のメディアの影響も併せて明らかにすることが必要です.

ちゃんと詳しく

現代の情報化社会では,ソーシャルメディアなどネット上の情報源から多くの情報を得られるようになりました.しかし,それらの情報の中には誤ったものが含まれることもあり,その拡散は社会の混乱を招くことがよくあります.特に,Twitter上では,毎日のようにフェイクニュースや偽誤情報が拡散しています.時にはこのような間違った情報が社会的な問題を引き起こすこともあります.

SNS上での誤情報の拡散をいかに抑えるかについて取り組んだ研究は多いですが,誤情報とその訂正情報の両方を拡散することが社会に与える影響について検討した研究は多くありません.

本研究は,誤情報と訂正情報の拡散が社会の混乱に与える影響をモデル化しその効果を明らかにしました.

対象となった事象は,2020年2月のコロナ禍におけるトイレットペーパー不足です.当初この事態を引き起こした要因はTwitter上で拡散したデマ情報であるといわれていましたが,デマはすぐに否定されたにもかかわらず,トイレットペーパー不足は解消されなかったのです.

このとき何が起きたのかを明らかにするために,Twitter上のデータとトイレットペーパーの売り上げ指数との関係を分析し,デマ情報とその訂正が社会的の混乱に与えた影響をモデル化,分析しました.

具体的には,

(1)Twitter上で誤情報とその訂正がどの程度拡散しているかを分析し,

(2)誤情報とその訂正が世の中に与える影響を推定するモデルを作成しました.

(3)誤情報と訂正の拡散量が変化したときの売り上げの変化を推定し,訂正情報の最適化手法をシミュレーションによって検討

しました.

まず,Twitter上でどのくらいデマ情報と訂正情報が拡散したのかを分析した結果,誤情報を見たユーザーよりも訂正情報や不足情報を見たユーザーの方がはるかに多いことが明らかになりました.特に多く拡散したツイートの上位1万ツイートの中でカテゴライズ可能だった1,868ツイートを分析した結果,デマ情報はほとんど拡散していなかったことが示されました.

当初日本のメディアでは,トイレットペーパーの購買行動が誤情報によって促進されたとの報道が多かったのですが,問題の原因が当初の誤情報ではなく,その後の訂正情報にあることを定量的に示した点はこの研究の貢献の一つです.

なお,誤情報よりも訂正情報の方がはるかに広く拡散していたことから,本件については社会的混乱の要因が,デマを信じた人たちが訂正情報を見てかえって認識を強めてしまう「バックファイア効果」ではなく,自分はデマを信じていなくても他者が信じていることを想定して行動してしまう「多元的無知」によるものである可能性が高いと考えられます.なお,トイレットペーパー不足が多元的無知によるものである可能性は心理学者の小森教授によって指摘されていますので,その予測を裏付ける結果だったといえるでしょう.

次に,ツイートを説明変数,トイレットペーパーの売り上げ指数を被説明変数とした売上予測モデルを構築し,決定係数0.963と高い精度を持つモデルの構築に成功しました.

そして,その回帰式の係数より,訂正情報の重要度が高いことから,訂正情報と不足情報が過剰な購買行動を引き起こしていた可能性が高いことが示されました.

トイレットペーパーの売り上げ予測モデルの精度([1]より)
トイレットペーパーの売り上げ予測モデルの精度([1]より)

さらに,得られたモデルを用いて,シミュレーションによって誤情報や訂正情報をRTしたユーザー数が変化した場合の売上指数を推定しました.その結果,誤情報の信憑性が高い場合,訂正情報は買いすぎを抑制する効果を持つが,誤情報を信じている人たちがほとんどいない中で訂正情報が過度に拡散してしまうと,かえって買いすぎを促進することが示されました.

また,誤情報の拡散量を変更したシミュレーションによって,誤情報の拡散力に応じて適正な訂正情報の量が異なることが示され,訂正情報は拡散すればよいというものではなく,誤情報の規模に応じて適切に拡散しなければいけないという難しさがあることが示されました.

誤情報の規模に応じた適切な訂正情報の拡散量([1]より)
誤情報の規模に応じた適切な訂正情報の拡散量([1]より)

適切な訂正情報の拡散量を事前に見積もることは現実的ではないため,現実的な施策例として「デマ情報を見ていないユーザーは訂正ツイートをRTしない」というルールを設定した場合に売上指数がどのように変化するかを確認しました.

その結果,このような施策を行うことで売上指数を48.7%まで減少させることが可能であることが示されました.

これは,誤情報の拡散が大きくない場合は,誤情報を見たユーザーだけが訂正情報を拡散することで社会的混乱を小さくすることが可能であることを示唆しています.

「デマが拡散しているらしいぞ」という情報を見ると,つい親切心でデマを訂正する情報を拡散したくなりますが,時にはそれが社会的混乱を招く恐れもあります.今後は,デマを直接見ずに,デマが広まっているという噂だけ見た場合はむやみに訂正情報を拡散しないように注意したほうが良いのかもしれません.ちなみに,訂正情報の拡散など労力をかけずに社会貢献をした気になることをスラックティビズム(怠け者の社会貢献)と言います.今回の件は,スラックティビズムが時に社会に悪影響を与える一例と言えるかもしれません.

なお,先行研究の多くは,誤情報に対する訂正情報の態度への影響に集中しているのに対し,本研究では適切な訂正情報の拡散方法を明らかにした点は大きな新規性といえるでしょう.

とはいえ,ソーシャルメディアの影響のみを仮定している点は本研究の限界です.他のマスメディアや口コミの影響も含めた分析も行う必要があるでしょう.口コミの影響を分析するのはまた難しいですが・・・

おわりに

というわけで,2020年2月に起きたトイレットペーパー不足時のツイートデータを分析した研究についてご紹介しました.

なんで今さら2年以上前のことについての論文なのかといえば,やはり主な分析に1年くらい,その後論文化して掲載されるまでに1年かかっているためです.

今回紹介した「査読付き論文」は,論文を掲載する前に他の専門家による「査読」と呼ばれるチェックが入り,問題点があればそこを指摘され修正しながら「公開して良い」とされる状態までもっていったものになります.もし信頼に値しない,あるいは投稿した雑誌にふさわしくないと判断されれば「不採録」とされてしまいます.そのため,掲載された論文は他の専門家の判断によって,一定の信頼性があるとされたものという意味になります.査読を経たすべての論文が完全に正しい,というわけでもありませんが,(少なくとも計算社会科学の分野では)査読を経ている論文は一定の信頼性が担保されているといえるでしょう.

ちなみに,本研究内容は多くの方からご興味を持っていただいたようで,色々なメディアや講演などでトイレットペーパーデマについて語っていたので,多分この2年で普通の人の一生分「トイレットペーパー」と言った気がします.

「一年でもっとも多く公の場でトイレットペーパーと言った人」としてギネスブックに載れるかもしれません(載りません).

なお,今回の分析に用いたツイートデータは公開されていますので,是非追試や追加分析を行っていただければと思います.

[1] Ryusuke Iizuka, Fujio Toriumi, Mao Nishiguchi, Masanori Takano, Mitsuo Yoshida "Impact of correcting misinformation on social disruption" PLoS ONE 17(4): e0265734. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0265734 (2022)