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健全な言論プラットフォームに向けた情報的健康の実現ダイジェスト版

鳥海不二夫東京大学大学院工学系研究科教授
健康的な食生活(写真:イメージマート)

健全な言論プラットフォームに向けた提言

2022年1月6日に,KGRI Working Papersで慶應義塾大学山本龍彦教授と私鳥海による共同提言,健全な言論プラットフォームに向けて――デジタル・ダイエット宣言が発表されました.

現在の言論空間はフィルターバブル,エコーチェンバーの影響を強く受け,フェイクニュースや社会的分断などを招いていることはよく知られています.そのような中で意思決定に必要な十分な情報を得るには個人の努力だけでは十分ではなく,プラットフォーム、ユーザー、メディア、そして政府が、そんな情報環境の体質改善に向けて動かないとなりません.そのための方法論の概要をまとめた提言書です.

これまでもいくつかの媒体で,「情報的健康(インフォメーションヘルス)」については話してきましたが,その骨格となる内容です.

データから社会を読む(上) 「情報的健康」目指す仕組みを

ネットのおすすめ機能で「情報の偏食」、デマ氾濫の要因…[虚実のはざま]

偏食をすると健康を害するように,情報も偏った接種をすると「情報的健康」を損なう可能性があります.しかし,我々は自分が情報的に健康かどうかもわからず,どうすれば「情報的健康」を実現できるかもわかっていません

例えば,エコーチェンバーの中にいることを知ることはできませんし,自分の意見が社会全体のどのような位置にあるのかもわかりません.海外のニュース記事の信用度などを知ることも難しいでしょう.

そこで,情報的健康を実現するために,様々な技術開発や社会制度設計を模索しながら,より健全な言論空間を実現しましょうというお話です.

とはいえ,これは「情報的健康」を実現できる社会にしようという提言であって,「情報的健康でなければいけない」とか「健康的な情報というものが存在するので,それだけを摂取しましょう」という話ではありません.健康的な食事ができる環境が整っているからと言っても,我々には不健康で油分ギットギトのガッツリ飯を食べる権利があるように,偏りバッチバチの陰謀論を信じる権利もあれば,社会的に不適切なコンテンツを個人的に楽しむ権利もあるでしょう.ただ,そればかり取っているとどうなるのか分かったうえで摂取した方がよいでしょう.自分自身がどのような健康状態にあって,摂取する情報によって健康状態がどのように変化するのかを知ることができることが大切なのではないか,そのための社会システムを整えておくべきだというのが趣旨になります.

内容については本文を読んでもらえると嬉しいのですが,21ページもあるため全部読むのはなかなか骨が折れると思います.

そこで,提言のポイントをまとめたものをこちらに抜粋しました.なお,本抜粋は桜美林大学の平先生のご協力のもと作成しています.

提言ダイジェスト版

要旨

インターネットの急速な発展による情報の「飽食」と「偏食」の中で、フェイクニュース(偽情報)氾濫などの情報環境の機能不全が深刻化する。本共同提言はその解決の目標として、バランスのよい情報摂取(デジタル・ダイエット)を通した個人と社会の「情報的健康(インフォメーション・ヘルス)」の実現を掲げ、デジタル・プラットフォーム(DPF)事業者、ユーザー、マスメディア、政府など様々なステークホルダーが取り組むべき施策をまとめたものである。

提言のポイント

(1)情報的健康(インフォメーション・ヘルス)の実現

情報空間のビッグバンとパーソナライズ化の中で、ユーザーの興味関心に合った情報だけでなく、多様で幅広い情報に触れることで、情報摂取のバランスが保たれた状態を実現すること、すなわち「情報的健康」の実現が不可欠となっている。ここでいう「健康」とは、情報摂取の偏り(不健康)が解消されている状態をいう。

(2)コンテンツ・カテゴリーの公表(カロリー表示)

「情報的健康」の実現には、ユーザーがDPF上で情報やコンテンツに触れる際に、それらを主体的に選択できるような指標が提供されるべきである。食品の成分表示のように、コンテンツの種別(栄養素)や、コンテンツをどのようなバランスで表示・配信しているのかが明らかにされることで、ユーザーの判断材料となる。テレビ放送における番組調和原則が参考になる。

(3)「情報ドック」の提供

ユーザーが「情報的健康」を確認するための健康診断「情報ドック」の機会を、定期的に設けるべきである。個人がどのような情報に触れてきたかを可視化することで、情報接触行動の振り返りのきっかけを提供するものである。「欲する情報に偏りが生じていないか」「摂取する情報に偏りが生じていないか」などを検査し、その結果を客観的なデータとして提示することが考えられる。

(4)デジタル・ダイエットの提供

「情報ドック」によって、ユーザーが「情報的健康」に問題があると感じた場合、バランスのとれた情報摂取ができるように、DPFのコンテンツ表示機能(アルゴリズム)を自分で調整できる機能が備わっていることが望ましい。

(5)アテンション・エコノミーに代わる経済構造の模索・探究

現在の情報環境は、ユーザーの関心(アテンション)を引き付けることで収益を得る「アテンション・エコノミー」の経済構造に支配されており、主な舞台となるDPF事業者だけでなく、ユーザー、既存のマスメディア、広告主までもがその渦に飲み込まれ、情報的健康を妨げている。このアテンション・エコノミーに代わるべき経済構造を、根本から考えるべきである。

終わりに

この提言はVer1.0と銘打っていますが,今後バージョンを上げながらより良い形での実装を目指していく予定です.

技術的な側面だけでも,コンテンツ・カテゴリーをどのように提示するのか,その自動化はどうするのか,情報的健康をどう診断するのかといったところはまだこれから開発していかなければいけません.また,「情報的健康」は社会的にはメリットが高いかもしれませんが,個人レベルではエコーチェンバーの中のほうが快適な情報空間であると言えるでしょう.その意味ではこのような社会的ジレンマをどのように解決していくかも大きな課題となります.

また社会的な受容性という観点からも検討が必要です.今後様々なご意見をいただきながらアップデートしつつ,情報的健康を実現する社会システムそのものを実現できればと思います.

ご意見大歓迎ですが,概要版では割愛している箇所が多い(例えば政府による検閲の禁止など)ため,可能であれば一度本文に目を通していただいた上での建設的な議論ができればと思います.

東京大学大学院工学系研究科教授

2004年東京工業大学大学院理工学研究科機械制御システム工学専攻博士課程修了(博士(工学)),2012年より東京大学大学院工学系研究科准教授,2021年より現職.計算社会科学,人工知能技術の社会応用などの研究に従事.計算社会科学会副会長,情報法制研究所理事,人工知能学会編集委員長.人工知能学会,電子情報通信学会,情報処理学会,日本社会情報学会,AAAI各会員.「科学技術への顕著な貢献2018(ナイスステップな研究者)」

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