Yahoo!ニュース

渡辺明名人vs藤井聡太竜王の駆け引き─最新序盤戦術の真髄を読み解く─

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
記事中の画像作成:筆者

 4月28日(金)に2日目が指し継がれた第81期名人戦七番勝負第2局は、挑戦者の藤井聡太竜王(20)が渡辺明名人(38)に87手で勝利し、通算成績を2勝0敗とした。

 後手番の渡辺名人が角道を止めて力戦模様に誘導して、互いに手探りで構想を立てる序盤戦になった。

 双方が端から攻め込む展開から、渡辺名人が駒損ながら端を突破してペースをつかんだように見えたが、飛角両取りを恐れずに藤井竜王も反撃。

 終盤、渡辺名人の一瞬のスキをついた藤井竜王が一気に勝利をつかんだ。

 この対局では難解な中盤戦、そして藤井竜王の鋭い寄せが話題となった。

 これらの話題は各メディアでも多く取り上げられているので、この記事では二人が見せる序盤戦術にスポットを当てることにする。

序盤の駆け引き

 最近の公式戦では、後手が早いタイミングで9筋の端歩を突くケースが時折見られる。

後手が4手目に△9四歩と突いた図
後手が4手目に△9四歩と突いた図

後手が6手目に△9四歩と突いた図
後手が6手目に△9四歩と突いた図

 この2つは代表的な例で、第2局も似たタイミングで渡辺名人が△9四歩と9筋の歩を突いた。

 これは相手の出方を見た手で、先手の対応によって作戦を変えるという駆け引きである。筆者も有力とみており、ここ半年ほど公式戦で何度か用いている作戦だ。

 本局で藤井竜王は9筋の歩を▲9六歩と受けて、以下は相居飛車のジックリした序盤となった。

 中盤、渡辺名人は△9五歩▲同歩△同香と9筋から仕掛けて戦いの口火をきり、それをキッカケに9筋を突破した。

 思い返せばこちらも力戦となった第1局では、後手番の藤井竜王が早い段階で9筋の歩を突き、先手の渡辺名人が▲9六歩と受けた。

 そして中盤、藤井竜王は△9五歩▲同歩△9六歩という手順で攻めの調子をつけていった。

 どちらも後手番の棋士が、「駒組みが進んだときに9筋が仕掛けの糸口になる」というイメージをもって非常に早い段階で9筋を突いたと思われる。

 こういうことがあると、「将棋AIが示しているんだろう」という声が聞こえてきそうだが、AIは漠然としたイメージをもって構想を立てることは得意としない。

 名人位を争う人間の最高峰の二人が練りに練った最高の構想であり、これが「いま」の将棋の最先端なのである。

 第3局以降、この二人がどのような作戦をとるか分からないが、定跡から離れた戦いになるにせよ、角換わりのような定跡形になるにせよ、9筋が駆け引きのカギとなると予想する。

第3局は5月13・14日に

戦型は将棋連盟Live中継アプリの表記に基づく
戦型は将棋連盟Live中継アプリの表記に基づく

 ここで改めて対戦表をご覧いただこう。

 名人戦七番勝負は藤井竜王が最高のスタートをきった。

 先ごろ二人がタイトルを争った第48期棋王戦コナミグループ杯五番勝負では全て角換わり腰掛銀の戦いだった。

藤井聡太竜王が制した棋王戦五番勝負を総括。渡辺明名人は名人戦で巻き返しなるか

 しかし、今シリーズの戦型は様相を変えており、渡辺名人が角換わりの戦いを避けて力戦調の序盤を志向している。

 そしてここまでの2局では、序盤に関しては渡辺名人の思惑通りに進んでいるように見受けられる。

 藤井竜王も第2局の終局後のインタビューで、序盤の構想の立て方を課題としてあげていた。

 ここまでの勝敗、これまでの双方の対戦成績などを思えば、本シリーズの行方が見えたと思う方も多いであろう。

 しかし渡辺名人の側にも突破口はある。序盤戦においてはペースを握って進められているのだ。

 とはいえ、中盤戦におけるねじり合いでの判断力と終盤戦における正確な読みについては、いまの藤井竜王に勝る棋士はいないと言えるほどである。

 実際、渡辺名人もメディアでのインタビューや自身のTwitterでその点を認めるような発言をしている。

 このまま藤井竜王が名人奪取へ進むのか。

 それとも渡辺名人が意地を見せて巻き返すのか。

 第3局は5月13・14日に大阪府高槻市で行われる。

 本局は渡辺名人の先手番となる。まずはどのような作戦をとるのか、注目していただきたい。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

遠山雄亮の最近の記事