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2022年度を席巻した藤井聡太竜王は、今後も角換わりで勝ちまくるのか?

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
2022年度、絶対的な強さをみせた藤井竜王。写真は2019年のもの(写真:森田直樹/アフロ)

 将棋界は4月1日~翌年3月31日で年度区切りとなる。そのため、3月31日(金)の公式戦をもって2022年度が幕を閉じた。

 タイトル戦では、藤井聡太竜王(20)がタイトルを一つ増やして六冠に。

 さらに、一般棋戦をすべて制覇する偉業も成し遂げて、藤井竜王が席巻した2022年度だった。

 ここでは、2022年度の振り返りと、藤井竜王が武器とした戦法と今後の戦法の流行について解説していく。

タイトル戦の推移と一般棋戦グランドスラム

記事中の画像作成:筆者
記事中の画像作成:筆者

 まずはタイトル戦の推移をご覧いただこう。

 色々あったようだが、タイトルの移動は一つだけ。年度の最後に行われた第48期棋王戦コナミグループ杯五番勝負で藤井竜王が渡辺棋王(38)からタイトルを奪った。

 藤井竜王は保持していた5つのタイトルをすべて防衛した。

 結果だけみると余裕があったようだが、シリーズの序盤で黒星を喫するケースが多く、どれも簡単なものではなかった。

 第93期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負では第1局が2回の千日手の末に敗戦と、波乱のスタートに。第2局も接戦だったが、名手△9七銀で競り勝ってシリーズの流れを引き寄せた。

 棋聖戦と同時並行で行われた お~いお茶杯第63期王位戦七番勝負でも第1局が完敗で暗雲漂うスタートだったが、第2局から巻き返した

 若手の出口六段(27)を除けば、藤井竜王がここ10年ほどのタイトル戦常連組と対峙した一年だった。その面々をすべてくだしての防衛は、時代の移り変わりを表しているように思う。

銀河戦と朝日杯将棋オープン戦では、準決勝で豊島九段に勝利した
銀河戦と朝日杯将棋オープン戦では、準決勝で豊島九段に勝利した

 2022年度を語る上で欠かせないのがこの結果だろう。

 4つの一般棋戦をすべて藤井竜王が制して史上初の「グランドスラム」を達成したのだ。

 タイトル戦ではタイトル戦常連組との対戦が多かった藤井竜王だが、こちらでは20代後半の面々と決勝戦で対峙した(渡辺名人除く)。

 この顔ぶれの違いは2023年度に向けての注目ポイントで、タイトル戦での顔ぶれが20代後半にうつる可能性を示唆している。

なぜ藤井竜王の角換わりはそんなに強いのか?

 藤井竜王は2022年度の前半から先手番での軸を相掛かりから角換わりに切り替えた。

 そして棋聖戦第1局(千日手2回後の指し直し局)での敗戦から棋王戦第3局までに17連勝!を達成して白星を量産した。

 苦しいスタートだった棋聖戦五番勝負と王位戦七番勝負では、角換わりでの勝利が巻き返しのキッカケになった。

 これまでの藤井竜王は序盤で形勢を損ねることもあったのだが、角換わりにおいてはそれがほとんどない。対局を重ねることで研究が洗練されていき、いまや角換わりの第一人者といえるほどだ。

 当然ながら対戦相手は藤井竜王に最高の研究をぶつけるのだが、それによって藤井竜王がリードを奪われた記憶はほとんどない。

 ではなぜ藤井竜王はそんなに角換わりが強いのか。

 それは研究量と経験値のバランスにあると筆者は考える。

 研究量が豊富なのは間違いない。しかしそれだけで精度を上げることは難しい。研究に経験を加えることで磨かれていくのだ。

 大切なのはそのバランスである。研究だけでも、実戦だけでも、精度を上げることは難しい。

 経験も、練習将棋とは真剣度が段違いなため公式戦が一番といえる。しかも相手は常に最高レベルの相手だ。経験値を上げるのにうってつけの環境である。

 こうして豊富な研究と豊かな経験によって磨かれた藤井竜王の角換わりは、あらゆる強豪たちをなぎ倒す最高の武器となっていったのだ。

 なお、「藤井竜王は高スペックPCを使っているから研究がすごい」という説を見かけるが、高スペックPCは必要条件ではあるがそれだけではないことをここでご理解いただければと思う。

 高スペックPCだけでいえば、筆者も藤井竜王にはやや劣るものの家庭向けとは一線を画すPCを2台保持している。しかし残念ながら藤井竜王ほどの研究や実力には至っていない。

2023年度の戦法について

羽生九段のタイトル挑戦で話題となったシリーズ。4戦目まで2勝2敗と接戦だった
羽生九段のタイトル挑戦で話題となったシリーズ。4戦目まで2勝2敗と接戦だった

すべて角換わり腰掛け銀に進む異例のシリーズに。第3局での熱戦が印象深い
すべて角換わり腰掛け銀に進む異例のシリーズに。第3局での熱戦が印象深い

 ここで第72期ALSOK杯王将戦七番勝負と第48期棋王戦コナミグループ杯五番勝負の表をご覧いただこう。

 渡辺名人、羽生九段(52)という二人が藤井竜王の武器に対してどう立ち向かったのか、よく表れている。

 羽生九段は後手番で角換わりを回避し、渡辺名人は後手番で藤井竜王の角換わりを受けて戦った。

 藤井竜王は今後も角換わりを軸として戦っていくと思われるので、藤井竜王と対戦する棋士はこのどちらの戦略をとるか選択を突きつけられていく。

 そしてそれが将棋界全体の流行にもかかわってくるだろう。

 角換わりの流行は、プロの後手番での戦略に大きく影響する。

 後手番で角換わりを受けるのであれば、突き詰めた研究がなければ戦えない。

 後手番で角換わりを受けないのであれば、雁木や横歩取りや振り飛車などの採用を考える必要がある。

 2022年度は2手目に△8四歩として、後手番で角換わりを受ける棋士が多かった。

 ただ、「角換わり腰掛け銀」というくくりでいくと先手番の勝率が6割に近い。

 そうなると角換わりを回避する指し方が増えていくかもしれない。

 タイトル戦で藤井竜王と対峙する棋士がどのような戦略をとるだろうか。

 2023年度は藤井竜王の成績に大きな注目が集まることは間違いない。

 それに合わせて、盤上での戦いぶり、作戦などにも注目して楽しんでいただきたい。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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