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三嶋聖子が語る〈マタイ受難曲2021〉【〈マタイ受難曲2021〉証言集#18

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家
〈マタイ受難曲2021〉ステージのもよう(撮影/写真提供:永島麻実)

 2021年2月、画期的な“音楽作品”が上演されました。その名は〈マタイ受難曲2021〉。バロック音楽を代表する作曲家ヨハン・セバスチャン・バッハによる〈マタイ受難曲〉を、21世紀の世相を反映したオリジナル台本と現代的な楽器&歌い手の編成に仕立て直し、バッハ・オリジナルのドイツ語による世界観から浮かび上がる独特な世界を現代にトランスレートさせた異色の作品となりました。このエポックを記録すべく、出演者14名とスタッフ&関係者6名に取材をしてまとめたものを、1人ずつお送りしていきます。概要については、「shezoo版〈マタイ受難曲2021〉証言集のトリセツ」を参照ください。

♬ 学生時代に劇団立ち上げに関わって裏方へ

 〈マタイ受難曲2021〉では照明を担当させていただきました。照明の仕事というのは、舞台の上に効果的に光を当てて、舞台でやっている音楽や物語を効果的に観ていただくための役割を担う、と言えばいいでしょうか。

 〈マタイ受難曲2021〉を上演したようなシビックホールの規模では、本来でしたら3人以上のチームで担当するのが一般的なんです。本番は1人でもなんとかできますが、そのための準備、いわゆる仕込みのところで人員が必要なんです。

 〈マタイ受難曲2021〉ではいろいろな事情が重なって、ほぼひとりで担当することになりました。

 こういう仕事に携わるようになったのは、大学在学中からです。友人が学内で立ち上げた劇団から声をかけられ、スタッフとして手伝い始めたのがきっかけです。結局、そのままズルズルとこの仕事に携わっているということなんですけれど……。

 20代後半から40代半ばまでは照明を業務とする会社に所属していて、その期間は主にビジネスの現場、展示会とか企業の製品発表会とかの仕事の割合が多かったですね。それまで演劇関係が中心だったので、まるで違う現場でしたけど。で、フリーになってまた、舞台関係の仕事に戻って来た、という感じです。

 音楽的な経歴では、小学校に入学してから高校卒業までエレクトーンを習っていました。なので、音楽にはわりと親しんでいたほうだと思います。

 とは言え、エレクトーンの教材って、ほとんどポップスだったりするので、クラシックにはほとんど接してこなかったというのが実状ですね。家にあったレコードでたまにクラシックを聴いたりはしていましたけれど、誰が好きだとか言えるほどクラシックを知っていたわけではないんです。だから、バッハだったら〈トッカータとフーガ〉ぐらいなら知っている、というレヴェルです。

 中学では演劇部、高校でダンス部に入っていたんですが、それが劇団の立ち上げに参加する部分とつながっているのかもしれませんね。

 shezooさんと知り合うきっかけは、トリニテ(shezooがリーダーを務めるshezooのオリジナル曲を演奏する4人編成のユニット)のライヴだったと思います。

 私、ヴァイオリンの壷井彰久さんのファンで、ライヴを観に行くだけじゃなくて、たまにそのステージの照明もやらせてもらったりしてたんですけれど、そうしているうちにトリニテのライヴにも行くようになって、shezooさんとご挨拶させていただくようになったんだと思います。最近では透明な庭(ピアノのshezooとアコーディオンの藤野由佳によるデュオ・ユニット)のステージでも声をかけていただいています。

♬ 集大成的なステージで照明を拝命

 〈マタイ受難曲2021〉で声をかけていただいたのは、豊洲文化センター 豊洲シビックセンターホールでの公演が決まってすぐのタイミングだったんじゃないかと思います。本番の1年前ぐらいかな。「〈マタイ受難曲〉を題材に手がけているプロジェクトがあって、その集大成的なステージをやるので、照明をやってくれませんか?」と。

 そのとき初めて、エヴァンゲリストを役者さんが担当して、オリジナルのストーリーで、という話を聞いて、あとはぜんぜん詳しい内容を知らされないままどんどん本番が近づいていった、という感じでした。

 なので、ゲネプロ(本番同様に舞台上で行なう最終リハーサル)でようやく全貌をつかむことができて、それを元に本番に臨んだという、私的にはかなり綱渡り的なプロジェクトだったんです。自分でもよく本番にたどり着けたなぁ、って。

照明の演出でも重要な鍵を握っていた豊洲シビックセンターホールのステージのようす(撮影/写真提供:三嶋聖子)
照明の演出でも重要な鍵を握っていた豊洲シビックセンターホールのステージのようす(撮影/写真提供:三嶋聖子)

♬ 演奏会ではなく演劇を意識した照明プラン

 ほとんど直前まで“なにもわからないままだった”と言いましたが、実はshezooさんから〈マタイ受難曲2021〉のお話があったときに、照明に関しては演劇的な手法でやろうというアイデアが浮かんでいました。

 というのは、ステージ全体をどう見せるかというより、歌っている人、語っている人、演奏している人に照明を当てる手法のほうがわかりやすくなるんじゃないか、と思ったから。特にエヴァンゲリストが役者さんということで、照明も語りに合わせた風景的な効果を狙ったほうがいいと思ったんです。

 shezooさんからは「ステージ後方のミュージシャンたちは常に見える状態じゃなくてもいいです」と言われていたんですが、演奏している人をフォーカスしたいという想いもあって、ひとりずつスポットを当てながら演奏していない人はちょっと光量を落とす、というような操作を、パートごとにやっていました。

 個人的には、そういったシーンの切り替えについて、もっと演劇的な効果を出せたんじゃないかという反省点が残ったんですけれど、実際にはゲネプロでも通しで全編をチェックできないぐらいバタバタしていたなかで迎えた本番だったので、その点では良くやったんじゃないかと思っているんです。

 音楽という点では、あれだけの画期的なことを出演者のみなさんがやりとげて、コンサートとしては申し分のない出来だったんじゃないかと思うんですけれど、“音楽劇”という点ては、まだやれることが残っているんじゃないか、と。

 実は、あの本番のあとにバッハ・コレギウム・ジャパンの〈マタイ受難曲〉を観に行ったんです(2021年4月3日に東京・溜池のサントリーホールで行なわれた第142回定期演奏会。バッハ・コレギウム・ジャパンは、世界の第一線で活躍するオリジナル楽器のスペシャリストを擁して結成したオーケストラと合唱団で、1992年から定期的な演奏会を続けている)。そこで改めて、shezooさんってなんてスゴいことをやっちゃったんだろうって、しみじみ感じさせられましたね。

三嶋聖子(写真提供:三嶋聖子)
三嶋聖子(写真提供:三嶋聖子)

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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