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ヤマハ ジャズ フェスティバル 2021レポート〜2年ぶりに豪華な顔ぶれの贅沢な音を浴びた休日

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家
ヤマハ・オールスタービッグバンドのステージ(写真提供:ヤマハ株式会社)

♪ 新幹線でミニ・トリップ

東京から(といってもボクの出発地は横浜市の南部からなのですが)西へ向かうときに楽しみにしているのは、富士山が見えるかどうかだったりします。

10月24日日曜日、関東地方は朝から晴れていて、家を出た午前9時過ぎに空を見上げると、抜けるような青空が広がっていました。

「良いライヴ日和だ……」

そう心でつぶやきながら、電車を乗り継いで新横浜から浜松までの1時間ちょっとのミニ・トリップ。新幹線の車窓からは、たなびく雲で薄衣をまとったような富士山が、浜松へ向かうボクを見送ってくれていました。

東海道新幹線車窓から富士山を望む(筆者撮影)
東海道新幹線車窓から富士山を望む(筆者撮影)

浜松駅に到着したのはちょうどおひるどき。この駅を利用したことがある人ならわかると思うのですが、ホームには鰻を焼く匂いが漂うという、ここならではの風情が味わえるのです。この日もこの香りに出迎えられ、しかし蒲焼きはおあずけで、改札を出て駅前へ。

“ヤマハ ジャズ フェスティバル”は午後1時開演なのに、1時間前に到着したのは、昼ごはんのためではなく、街のようすを観たかったから。

最終日に“ヤマハ ジャズ フェスティバル”が開催される“ハママツ・ジャズ・ウィーク”は、“ウィーク”と名乗るように、今年は16日から24日までの9日間、各所でいろいろなジャズに関するイヴェントが実施されるという、複合的フェスティバルなのです。

10月24日は、駅に隣接したアクトシティ浜松のアクトホールで“ヤマハ ジャズ フェスティバル”があるだけでなく、街の各所に設置されたステージで“ストリートジャズフェスティバル”と題した野外フリーライヴが行なわれ、まさに“街中にジャズがあふれる”という1日になるはずでした。

♪ なるはず?

そう。改札を抜けて駅前に出たボクの目の前には、それまでの“ハママツ・ジャズ・ウィーク”で見たようなステージやテントといったフェスティヴァル仕様ではなく、緊急事態宣言明けでちょっと増えたかなという人出があるようなないようなといった、フツーの休日の駅前の風景が広がっているだけだったのです。

ネット検索してみると、土日の2日間で予定されていたほとんどの会場での野外フリーライヴは、“新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から”中止になっていました。

う〜む、残念。

気を取り直して、“ヤマハ ジャズ フェスティバル”の会場へと向かいます。

♪ 2020年アルバム・デビューの新星RINA登場!

会場のアクトホールは、2,336席のキャパシティを誇る立派な多機能ホールで、29回を数える“ヤマハ ジャズ フェスティバル”は毎年ここを満席にする人気のイヴェントなのです。

しかし、これもまた“新型コロナウイルス感染拡大防止の観点”から、観客を制限。座席は1個空けの市松模様配列という配慮がなされていました。それでも4階席まですべて、観客が詰めかけていたのですが。

そのように待ち侘びていた観客の期待に応えるように、トップバッターで登場したのはRINA Trio。

ピアニストのRINAは、国立音楽大学でジャズ・ピアノを小曽根真から学び、バークリー音楽大学留学中から注目を浴びていた期待の新星は、コロナ禍の2020年にデビュー作『RINA』をリリースしたばかり。

緊張感が伝わる1曲目ながら、ラテンのリズムをうまく取り込んだオリジナル曲で観客のノリをグッと引き寄せ、現在進行形の“ピアノ・ジャズ”を披露してくれます。

同年代のメンバー、ベースの佐藤潤一とドラムスの小田桐和寛のプレイも、いわゆるピアノ・トリオのオーソドックスなサポート・プレイとはかけ離れ、それぞれの主張によって曲の重心がめまぐるしく変化していくというスピード感あふれる展開になっていました。

そうした“主張”をまとめるだけのオリジナルの曲の強さも同時に感じさせたステージだったと思います。

♪ 宮本貴奈プレゼンツの10曲は盛りだくさん

セカンド・ステージは、ピアニストの宮本貴奈のトリオ。

あれ、ピアノ・トリオで2組目? ダブったの?

いえいえ、コロナ禍で海外ミュージシャンの招聘が難しいからといって、そのような手抜きのプログラムをするようなことが、この歴史あるジャズ・フェスであるはずないでしょう。

この“ヤマハ ジャズ フェスティバル”、3つに分かれたパートごとに、トリオなどインストゥルメンタル演奏、ヴォーカル、ビッグバンドと、ヴァリエーションをもたせたプログラムが毎年組まれています。

ボクも最初は、このセカンド・ステージが宮本貴奈トリオだったので“ダブり疑惑”を勘ぐったのですが、さにあらず。

ヴォーカリスト宮本貴奈をフィーチャーしたステージだった、というのが種明かしでした。その手があったか。

というか、このセカンド・ステージは、彼女が2020年11月にリリースしたアルバム『ワンダフル・ワールド』のカラフルさをそのまま再現したような内容だったのです。

トリオによるオーヴァーチュアのあとに宮本貴奈の弾き語り、そしてトロンボーンの中川英二郎を呼び込んでニューオーリンズ・スタイルのコラボレーションの再現。ここではベースのパット・グリンがチューバを、ドラムスの小名坂誠哉がショルダー・タムをそれぞれ手にして更新するなど、フェスならではの楽しい演出も盛り込まれていました。

続いて、ギターの小沼ようすけをフィーチャーしたコーナーでは、宮本貴奈と彼のユニット“ダブル・レインボー”にフォーカスしたセレクト。

コーナーの締め括りに「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」で宮本貴奈の多彩な活動に横串を通した印象を与えた感のある、盛りだくさんのセットとなっていました。

♪ 正真正銘“オールスター”たちによるビッグバンド

サード・ステージ、今年のビッグバンドは“ヤマハ・オールスタービッグバンド”と冠された、日本を代表する演奏者が集結した豪華なメンバーによるアンサンブル・ジャズの世界へ。

ヤマハならではの張りのある音色の管楽器が重なったとき、音圧がこれほどスゴいのかと驚かされたというのが正直な第一印象。

管楽器については、演奏もアレンジも“マエストロ”であるエリック宮城のことだから期待を膨らませてこのサード・ステージを待っていたのですが、はるかにそれを上回る構成で、何度も鳥肌が立つ場面を体験しました。

それにはおそらく、コロナ禍でそれまでの演奏活動を続けられなかったメンバーたちの、この晴れ舞台に臨む意気込みの高さもたっぷりと含まれていたのだと思うのです。

また、セットの中盤には、和泉宏隆への追悼メドレーを織り込むなど、吹奏楽ファンの心もわしづかみするような演出も。

そして、ビッグバンドのゲストにはシング・ライク・トーキングのフロントを務める佐藤竹善が登場。彼はソロ名義のアルバム(アルバム『コーナーストーンズ』シリーズ。インタヴュー取材をしたことがあります)でジャズへのアプローチを前面に出しているからジャズへの造詣が深いことは周知だと思いますが、2019年にはエリック・ミヤシロがバンマスを務めたRockin' It Jazz Orchestraを率いてライヴを実施(このもようはアルバム『Rockin' It Jazz Orchestra Live in 大阪(Osaka)~Cornerstones 7~』としてリリース)するなど、ここ最近はさらにその“ジャズ度”を磨いています。

この“ヤマハ ジャズ フェスティバル”のステージでは、エリック・ミヤシロの“ヤマハ・オールスタービッグバンド”を相手に、彼が理想としているであろうアメリカン・エンタテインメントなビッグバンド・サウンドを観客と共有したいという想いが伝わるものになっていました。

フィナーレは、まずRINAと宮本貴奈の2台ピアノによる「サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム」、佐藤竹善と小沼ようすけに“ヤマハ ジャズ フェスティバル”が加わって「イット・ドント・ミーン・ア・シング(スウィングしなけりゃ意味がない)」、「スペイン」で大団円。特に「スペイン」は、侍BRASSの8月公演でも衝撃だったアレンジで、それがビッグバンドへと拡張され、チック・コリアが遺したこの名曲の新たな魅力をさらに膨らませてくれていました。

“新型コロナウイルス感染拡大防止の観点”から、短縮ヴァージョンになるのを予想していたのですけれど、終わってみればたっぷり4時間の長丁場。中止された2020年の分も、という演奏者と観客の想いが反映されたような、濃密で熱いステージでした。

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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