山下洋輔SBB『ボレロ|展覧会の絵』はジャンルをマリアージュする

山下洋輔スペシャル・ビッグバンド『ボレロ|展覧会の絵』
山下洋輔スペシャル・ビッグバンド『ボレロ|展覧会の絵』

山下洋輔スペシャル・ビッグバンドが2012年7月にサントリー・ホールで行なった公演を収めたライヴ盤。

すでにこのスペシャル・ビッグバンドについては、筒井康隆氏が「ボレロ」を“脱臼したボレロ”と評し、このアルバムのライナーノーツでも玉木正之氏が「キエフの大門」を“ドバラダ門”と喩えるなど、最大級の修辞によって讃えているので、出しゃばるのは控えようと思う。

その代わりと言ってはなんだが、山下洋輔とクラシックの関係性について少し触れてみたい。

ほとんどの演奏家は、幼いころから楽器の修練に励み、そのアプローチはクラシック音楽であることが多い。一部、電子オルガンの教室に通う児童はポピュラー音楽をテキストとして学ぶこともあるようだが、長じて音楽大学をめざそうという場面では圧倒的にクラシック音楽が教材となる。

山下洋輔は国立音楽大学に入学するときにこうした“試練”をかいくぐってきているはずなので、やはりその“素養”にはクラシック音楽があるはずだ。いや、なければならない。しかし、彼がプロとしてめざしたものはアンチ・クラシック音楽と呼んでも過言ではなかった。

もちろん、現代音楽というカテゴリーを含めれば、彼がめざしたジャンルとクラシック音楽との境界はきわめて曖昧になるのだが。

20世紀半ばに隆盛を誇ったフリー・ジャズ・ムーヴメントにおいて圧倒的な存在感を示した“山下洋輔トリオ”のなかにクラシック音楽の影響を探しても無駄かもしれないのだが、彼がそのトリオでの活動を休止した翌々年の1985年にリリースした『センチメンタル』では、ジャズ・スタンダードとともにシューマンの「トロイメライ」やラヴェルの「ボレロ」、ラフマニノフのピアノ協奏曲、ドヴォルザークの「ユーモレスク」といったクラシックの名曲をピアノ・ソロで収録ている。クラシックに背を向け続けていたわけではなかったのだ。

ちなみに、“山下洋輔トリオ”時代の例外として、1979年に三宅榛名のコンサート・シリーズ「現代音楽は私」の演奏会に出演した音源が『エクスチェンジ』(三宅榛名・山下洋輔)で残っていて、ベートーヴェンの交響曲第9番やシェーン・ベルクをモチーフにした曲を扱っている。これは、三宅=現代音楽と山下=ジャズという対立図式で異種格闘技させた意味合いが強いと思われる。

話を戻そう。その後、1990年代後半に初台の東京オペラシティにある大ホール、タケミツ・メモリアルでのニューイヤー・コンサートの企画を担当する機会を得たことで、彼のクラシック音楽へのアプローチは速度を増すことになったようだ。ピアノ協奏曲を書くモチベーションを得て、“山下洋輔ならでは”と言うことができるスタンスを自身のなかに見いだすことができたからなのだろう。

スペシャル・ビッグバンドに関しては、本格的な活動を開始したのが2006年。

当初は、山下洋輔のオリジナル曲をビッグバンド・アレンジで楽しむゴージャスさと、作曲家・山下洋輔にフォーカスした企画という印象だったが、前述のようにクラシック音楽へのアプローチが加速した影響がこのビッグバンド公演にも反映されるようになる。

スペシャル・ビッグバンドで最初に取り上げられることになった「ラプソディ・イン・ブルー」は、ジョージ・ガーシュウィンが作曲当時(1924年)のアメリカの空気感を表現するためにブロードウェイで流行していた音楽=ジャズを取り入れた、ジャズとクラシックの融合作品の嚆矢として知られる名作だから、21世紀に再び“ジャズとクラシックの乖離の解決”という大命題に挑もうとしている山下洋輔にとっては格好の題材であったことは想像に難くない。「ボレロ」とともにすでに彼のレパートリーとなっていたクラシック曲のなかから手始めとして俎上に載せられたのだろう。

そしてその延長として、2012年のスペシャル・ビッグバンド公演では「展覧会の絵」が取り上げられるに至った。

ロシアの作曲家ムソルグスキーが1874年にピアノ組曲として作曲した「展覧会の絵」は、1922年にラヴェルが管弦楽用に編曲したことで一躍世界の注目を浴びるようになっただけでなく、1970年代にはイギリスのプログレッシヴ・ロック・グループEL&Pや日本の冨田勲が電子楽器を用いたアレンジするなど、常に第一線の音楽家たちの琴線に触れずにはいられないという不思議な“魔力”を秘めた曲のようで、この山下洋輔スペシャル・ビッグバンドが取り上げることになったのもむべなるかな。

先に山下洋輔が“ジャズとクラシックの乖離の解決”を大命題としているという勝手な解釈を述べたが、そのイメージは現在の山下洋輔が立つポジションによってもたらされている。

かつて“ニュー・ジャズの先兵”として、つまり“旧弊”を打ち破り新たな音楽を創る象徴として支持された山下洋輔(厳密には“山下洋輔トリオ”)は、皮肉なことにそうした背景ゆえに縛りつけられ、“旧弊”として(世間が勝手に)指弾したクラシックやスウィング、ビバップへの自由なアクセスを阻害されていたのではないだろうか。彼に冠されることの多い“異種格闘技”という形容は、彼をジャズ(それも“旧弊”をオールドと勝手に分別した“ニュー・ジャズ”というきわめて限定的で政治的な分類)に閉じ込めておかなければ成立しない理論を展開するための“方便”だったのではないか。

しかし、クラシックをマテリアルのひとつとして扱う時代を終え、フュージョンという名のもとに対立図式ではない視点でジャズとクラシックを扱うような風潮になったことで、改めてフリー=自由なジャズをクラシックとの関係性とともに考え直さなければならないという想いが山下洋輔のなかにフツフツと沸いてきたとしても不思議ではない。いや、そうならずにはいられなかったはずだ。

従って本作は、ジャズ・ミュージシャンたちがクラシックの名作にチャレンジしてみたというような、異種格闘技的な異色作ではない。

新たな“クラシック”はもうすぐそこに“見えて”いることを示している、“前兆”であると言うべきだろう。

See You Next Time !