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月曜ジャズ通信 2014年2月10日 関東大雪四輪で難儀号

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

もくじ

♪今週のスタンダード~アローン・トゥゲザー

♪今週のヴォーカル~ビング・クロスビー

♪今週の自画自賛~ラリー・ヤング『オブ・ラヴ・アンド・ピース』

♪今週の気になる1枚~纐纈歩美『ブルックリン・パープル』

♪執筆後記

「月曜ジャズ通信」のサンプルは、無料公開の準備号(⇒月曜ジャズ通信<テスト版(無料)>2013年12月16日号)をご覧ください。

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ポール・デスモンド『テイク・テン』
ポール・デスモンド『テイク・テン』

♪今週のスタンダード~アローン・トゥゲザー

この曲は、1932年に上演されたミュージカル「フライング・カラーズ」のために書かれたものです。このミュージカル、成功を収めた前作「バンド・ワゴン」(1931年)とは異なり、二番煎じという評価であまり興行成績はよくなかったとか。ちなみに、「バンド・ワゴン」は舞台同様フレッド・アステア主演でミュージカル映画として1953年に公開されています。

舞台のほうは不振だったものの、「アローン・トゥゲザー」は1932年にレオ・ライズマン楽団によってレコーディングされるとすぐにヒットしました。作曲はアーサー・シュワルツ、作詞はハワード・ディーツ。この2人もまた、多くのジャズ・スタンダードを生み出した名コンビです。

ジャズ界で最初にこの曲を取り上げたのは1939年のアーティ・ショウ楽団。

アーティ・ショウは、アメリカでベニー・グッドマンと並ぶジャズ・クラリネット奏者として知られ、ビリー・ホリディを自己楽団の専属歌手に迎えたことで“最初に黒人女性ヴォーカリストを採用した白人バンド・リーダー”というエポックも残しています。

alone togetherという言葉自体は“2人っきり”という意味で、“一緒でも孤独”というニュアンスを含んでいます。この歌詞は、そんな孤独な世の中でも2人なら強く生きていくことができる、だから一緒に人生を歩まないか――という、なんとも回りくどい“求婚の歌”だったんですね。

♪Paul Desmond- Jim Hall- Alone Together

ジャズの大ヒット曲「テイク・ファイヴ」を作曲したポール・デスモンドが、「テイク・ファイヴ」収録のアルバム『タイム・アウト』(1959年)の続編として1963年に制作した『テイク・テン』に収録されている「アローン・トゥゲザー」です。ウエスト・コースト・ジャズを代表する名演と言っていいでしょう。

♪Eric Dolphy- Alone Together

エリック・ドルフィーのバス・クラリネットとリチャード・デイヴィスのベースによる1963年収録のデュオ演奏です。アブストラクトなインプロヴィゼーションから次第にテーマが姿を現わすというスリリングな展開にグッときてしまいます。

♪Tierney Sutton- Alone Together

1963年生まれの50歳、円熟期を迎えている女性ジャズ・ヴォーカリスト、ティエニー・サットンが2002年にリリースした『サムシング・クール』に収録されている「アローン・トゥゲザー」です。回りくどい歌詞のせいか、なかなかこの曲でいいと思う女性ヴォーカリストがいなかったのですが、ティエニー・サットンのドライな歌い方がベスト・マッチしているんじゃないでしょうか。

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ビング・クロスビー『ホワイト・クリスマス』
ビング・クロスビー『ホワイト・クリスマス』

♪今週のヴォーカル~ビング・クロスビー

男性ジャズ・ヴォーカル界だって、女性に負けず劣らずスーパー・スターを輩出しています。

まずは、そのなかのトップ5とボクが思っているヴォーカリストたちを順に紹介していきましょう。

筆頭を務めてもらうのは、ビング・クロスビー。

1903年米ワシントン州タコマ生まれ。イングランド系の父とアイルランド系の母のもとに生まれたホワイト(白人)です。

ルイ・アームストロング(公式生年1901年)とほぼ同年代の彼もまた、高度経済成長に沸くアメリカでエンタテインメントの世界をめざし、1926年にロサンゼルスでポール・ホワイトマン楽団の一員に。翌1927年には男性3人組コーラス・グループ“リズム・ボーイズ”のメンバーとして売り出しました。

ポール・ホワイトマンは、1920年代初頭にクラシック畑からポピュラー音楽の世界へ転身してシンフォニック・ジャズというムーヴメントを巻き起こし、“キング・オブ・ジャズ”の称号を与えられた人。1924年にニューヨークで開催した「オール・アメリカン・ミュージック・コンサート」では、ジョージ・ガーシュウィン作の「ラプソディ・イン・ブルー」を自ら結成した楽団で発表しています。

クロスビーが加わったホワイトマン楽団は、彼の独特の歌い方で話題を博します。具体的には、それまでの歌手が声量たっぷりの朗々とした歌い方だったのに対して、クロスビーはハナにかかった声で滑らかに歌うというもの。この“クルーナー”と呼ばれるスタイルによって一世を風靡しました。

やがてリズム・ボーイズはホワイトマン楽団から独立しますが、1931年にはソロで「アイ・サレンダー・ディア」がヒットしたことから、ビング・クロスビー個人としての活動を本格的にスタートさせます。

折しもアメリカではラジオが普及し、音楽番組は国民的な娯楽のひとつとして圧倒的な支持を得るようになっていた時期。「ビング・クロスビー・ショー」は大人気を博して、その地位を不動のものとしました。

1940年代には映画界にも進出し、ハリウッドのトップ・スターとしても君臨。

歌手としては、全米ナンバー・ワンのヒット曲が13タイトル、なかでも1942年にリリースした「ホワイト・クリスマス」は、いまだにクリスマス・シーズンの彩りに欠かせない名唱として売れ続けています。

♪Bing Crosby- White Christmas

1942年公開(日本公開は1947年)の映画「スウィング・ホテル」の主題歌で、現在までに累計5000万枚に迫る売上げを記録している永遠の名唱。

♪Bing Crosby- Young At Heart

クルーナー・スタイルの真骨頂は、エンディングの手前でグッと盛り上がってから、スッと力を抜いて語りかけるように決めゼリフをつぶやくところなんじゃないでしょうか。この動画を見ると、ファンが熱狂したのも無理はないですね。

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ラリー・ヤング『オブ・ラヴ・アンド・ピース』
ラリー・ヤング『オブ・ラヴ・アンド・ピース』

♪今週の自画自賛~ラリー・ヤング『オブ・ラヴ・アンド・ピース』

限定発売された最新の24bitリマスタリング盤のライナーノーツを富澤えいちが執筆しました。

「真の“後継者”たらしめた実験作」「異端を恐れず走り抜けた人生」「政治や宗教も呑み込んだ音楽観を反映」の3つに分けてこのアルバムとラリー・ヤングを解説しています。

ラリー・ヤングは“オルガンのコルトレーン”との異名をとった異色のアーティストですが、このアルバムは彼の諸作のなかでも抜きん出て異彩を放っているものでしょう。また、その抜きん出てしまうところが、コルトレーンの後継者として支持された部分でもあるわけなのですが……。

14分に及ぶ大作「パヴァーヌ」は、モートン・グールド作曲の「アメリカン・シンフォネット 第2番」第2楽章がオリジナルですが、この曲自体がコルトレーンの「インプレッション」に似たモチーフが使われていること、ラリー・ヤングがこの曲で「アセンション」の延長線での集団インプロヴァイズを試みようとしていたフシがあることなどなど、いま聴いても興味は尽きない内容だと言えます。

個人的には1970年代のスペイシーなサウンドがお気に入りだったりするのですが(『ラリー・ヤングズ・フューエル』はマイ・フェイバリットの1枚)、1960年代のこの挑戦があったからこその宇宙観なのではないかと考えると、ますますこの作品を聴き込んでみたい欲求が高まってきちゃいます。

♪Larry Young- Pavanne

これが問題の「パヴァーヌ」です。“パヴァーヌ”とは、16世紀のヨーロッパで流行した、列をなしてカップルが踊るスタイルのダンスを指し、このダンスをテーマに作られた曲名に用いられています。

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纐纈歩美『ブルックリン・パープル』
纐纈歩美『ブルックリン・パープル』

♪今週の気になる1枚~纐纈歩美『ブルックリン・パープル』

多くの女性プレイヤーを輩出して活況を呈している感のあるジャズ・サックス・シーンですが、纐纈歩美(こうけつ・あゆみ)もその中心的存在のひとりです。

2013年10月リリースの本作は彼女の4枚目となるリーダー作で、ニューヨークで活躍するメンバーを起用してのニューヨーク録音。

中学の吹奏楽部でサックスを手にして、高校からジャズにのめり込み始めた彼女が師事していたのは椿田薫だったという経歴は、とても興味深いですね。椿田薫はC.U.G.オーケストラでその圧倒的な表現力に触れて以来、すっかり気になる存在になってしまったミュージシャンなので……。

閑話休題。纐纈歩美は2010年に『ストラッティン』でメジャー・デビューを飾り、前作の3枚目『レインボー』ではノルウェー・オスローでノルウェーの実力派ミュージシャンを迎えての海外録音にチャレンジ。本作は満を持して“ジャズの聖地”であるニューヨークに乗り込んでの“勝負”というわけです。

ジャケットからしてフォトジェニックな魅力を前面に押し出した作品に仕上がっていますが、纐纈歩美のスゴさというのはどこにあるのか――。

彼女の音楽的な表現の核にはオーソドックスなプレイ・スタイルが存在しているように感じます。奇を衒ったフレーズやギミックなプレイを用いて気を引こうというところがほとんどありません。あくまで楽器の奏法に忠実――と言えばいかにも優等生的で、ジャズとしてはどうなのかというご意見があるかもしれません。ジャズの世界って不思議なもので、マジメな子って低く見られたりするんですよね……。

それでもなお、彼女のサウンドからはすごくマジメさが伝わってきます。それはおそらく、彼女の頭のなかで鳴って美しくバランスを整えている音楽を、いかに裏切らずにコチラの世界へ出してくるかに最大限の努力を払っているからにほかならないのだと思うんです。

その誠実さと、それができてしまえる技量を兼ね備えることで、“纐纈歩美のジャズ”はハングレたり妙な媚を売ったりせずにすむことを証明しようとしているのではないだろうか――。

前作のノルウェー・ジャズとの出逢いによるヒントが、本作のデイヴィッド・ヘイゼルタイン・トリオへのイントロダクションになっていることは間違いなく、彼女のサウンドがニューヨークのジャズ・サウンドにマッチすることによって“纐纈歩美のジャズ”が完成しつつある、というのが本作のいちばんの収穫でしょう。

それにしても、ドライすぎることで定評のあるデイヴィッド・ヘイゼルタインのサウンドを用意したこの企画、日本におけるニューヨーク・ジャズの概念を変えるという点でもエポックな作品になったんじゃないかと思います。

♪纐纈歩美 アルトサックス生演奏

2012年4月20日に日本テレビ系列の朝の情報番組「スッキリ!!」に生出演した際の映像のようです。後半に短いインタビューも収録されています。

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富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』
富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』

♪執筆後記

第22回オリンピック冬季競技大会、通称ソチ・オリンピックが始まりました。寝不足の人もいるんじゃないでしょうか。ボクは翌朝のワイド・ショーでチェックすればいいやと我慢するようにしてますが……。

音楽に関連する話題では、開会式のパフォーマンスもロンドン・オリンピックに比べると地味でしたし、t.A.T.u.(タトゥー)を取り上げるつもりもありません。音楽を使う競技といえばフィギュアスケートとなりますが、羽生結弦クンがショート・プログラムで使用している「パリの散歩道」が北アイルランド出身のロック・ギタリスト、ゲイリー・ムーアの作品だったのでちょっと「おっ!」と思ったぐらいで(ゲイリー・ムーアは個人的にあまりツボではありませんでしたので)、そうなるとどうしても高橋大輔クンの「バイオリンのためのソナチネ」に触れそうになってしまうので、このへんでやめておきましょう。

無理やりジャズとロシアに話題を戻すと、ソ連時代が空白のように感じる彼の地にもジャズの人材を輩出する国立の音楽養成機関が多数あり、トップ・クラスのミュージシャンが西側に亡命して活躍していました。レニングラード(現サンクト・ペテルブルク)出身で後にフィンランドを拠点に活動するウラジミール・シャフラノフが日本で紹介されるや大ブレイクし、北欧ジャズのムーヴメントの中心的な存在になったことは記憶に新しいところでしょう。

1980年開催の第22回オリンピック競技大会(モスクワ・オリンピック)では、アメリカに追従した日本もボイコットしたために、日本人選手の活躍を観ることはできませんでした。ソビエト社会主義共和国連邦内では、ジャズは西側の“悪の象徴”として取り締まられ、違反して演奏している者は収容所送り=死を覚悟していたそうです。ジャズを聴きながら日本選手が出場しているオリンピックを観ることのできる状況というのは、あたりまえのようでいてあたりまえのことではないとも言えるのです。

今号のタイトルは、16年ぶりに10センチを超える積雪となった2月8日の大雪によって、路上では多くの自動車=四輪車がスリップなどトラブルに巻き込まれていたことと、ソチ・オリンピックの開会式のセレモニーで雪の結晶が五輪マークに変化するはずが1つだけ雪のままだったことのダブル・ミーニングにしてみました。おあとがよろしいようで――。

富澤えいちのジャズブログ⇒http://jazz.e10330.com/

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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