”みんなのうた史上初のジャズ”というニュースはなにが”スゴい”のか?

TOKU ジャズ界初の『みんなのうた』起用&ZEEBRAとコラボ

東日本大震災中に来日したシンディ・ローパーと、音楽の力で日本中を元気付けてきたTOKU。6月26日リリースのニューアルバム『Dream A Dream』収録曲「君へのファンファーレ」が、NHK『みんなのうた』に決定した。

出典:TOKU ジャズ界初の『みんなのうた』起用&ZEEBRAとコラボ

音楽ファンのあいだでは注目度が高かったこのニュース。ジャズ・ファンだったら「あれ?」と思った人も多かったんじゃないかと推測しているのですが、どうでしょうか?

いや、なにもケチをつけようというんじゃないんです。”みんなのうた”の影響力は周知のことですし、選ばれるにあたってはとても厳正な審査があって、業界で言われるようなバーターとかタイアップのような”裏口”が通用しない(らしい)ですし。

では、なぜ「あれ?」と思ったのか――。

グラミー受賞と同等に”みんなのうた決定”が扱われていることへの違和感はこの際不問にして 、「ジャズミュージシャンによる楽曲が登場するのは史上初」という点がとても引っかかっているんです。

そこでちょっと、”みんなのうた”を調べてみました。

1961年に放送を開始したみんなのうたは、1300曲以上の国民的愛唱歌を時代とともに生み出してきました。

1961年4月3日、最初に放送されたのが、「誰も知らない」と、チェコ民謡「おお牧場はみどり」(1961)です。

その後、「手のひらを太陽に」(1962)、「ちいさい秋みつけた」(1962・1972・1982)、「クラリネット(を)こわしちゃった」(1963・1972)、「ねこふんじゃった」(1966)、「グリーングリーン」(1967)、「森の熊さん」(1972)・・・など、数々の名曲を全国のお茶の間に届けて参りました。

出典:みんなのうたって?|NHKみんなのうた

ボクの家にも、小学生のころ(1960年代後半のことです)に買ってもらった”みんなのうた”のアルバム(45回転の30センチ盤レコードで10曲くらい収録されていたと記憶しています)があって、盤面がジャリジャリになるまで聴き込んだ覚えがあります。

だから、個人的には”国民的音楽番組”であることに異論はなく、それこそこの番組に取り上げられる楽曲は「グラミー賞に匹敵する!」と言っちゃいたくなるくらいなんです。

このサイトには、「映像祭受賞歴」という記述があります。要するに、”みんなのうた”のなかでもとくに評価の高いものということですね。そこには2000年以降の5作品が挙げられているのですが、そのなかの2作品にボクは注目しました。

2008年10-11月「Po Po Loouise」映像作家:坂井治

うたと演奏:栗コーダーカルテット&UA./作詞:UA/作曲:関島岳郎

出典:みんなのうた映像祭受賞歴|みんなのうたって?

2005年12-1月「グラスホッパー物語」歌:高見のっぽ

作詞・脚本:高見のっぽ/作曲・原案:松本俊明/編曲:宮川彬良

出典:みんなのうた映像祭受賞歴|みんなのうたって?

これ以外を検証する時間も意味もあまりないと思うのでやりませんが、サクッと5分くらい検索しただけでこんな記述が出てきたので、やっぱり「あれ?」と思ったのはあながち的外れでもなかったなぁというわけです。つまり、”ジャズ初”と騒ぐのはいかがなものなのかなぁ、と……。

それよりもなによりも、ボクがもっと「あれ?」と思っていたのは、TOKUがこんな文脈で褒められるべきジャズ・ミュージシャンではないということ。

1973年2月20日生まれ、新潟県出身。

日本唯一のヴォーカリスト&フリューゲルホーンプレーヤー。

2000年1月アルバム“Everythig She Said”でSMEよりデビュー。

デビュー当初から注目を集め、その年の8月には早くもブルーノート東京に出演。更にアルバムはアジア各国でもリリースされ11月には韓国ソウル大学の建国大学内ニューミレニアムホールにて海外での初ライブを行った。

ジャズの枠を越えた幅広い音楽性からm-flo、平井 堅、Skoop On Somebody、今井美樹、Paris match、クランボン、椎名純平、大黒摩季、Cyndi Lauperなどのシングル、アルバムに作家・プレーヤーとして参加。

J-POP界にJazz Feelを注入する一翼を担う。

出典:Biographyから抜粋|TOKUオフィシャルウェブサイト

TOKUの活躍をボクが意識するようになったのは1990年代の後半くらいからだったでしょうか。当時のジャズ・シーンは日本の若手の台頭に注目が集まっていて、それぞれに個性的な活動を競い合っていました。そのなかでも突出していたのがTOKUでした。

イケメンでフリューゲル・ホーンを流麗にプレイするだけでなく、甘い声で歌まで歌ってしまうという多才なアイドルの登場は、シーンを大いに活性化させました。

実際に取材で会うTOKUは、ジャズと正面から向き合い、自分の音楽を探し求めようとする意欲にあふれた、生来のジャズ・メンという体で、浮ついたアイドルっぽさがまったくありませんでした。

彼を”生来のジャズ・メン”だと思ったのにはわけがあります。そのころからボクは積極的にライヴの取材をするように心がけていて、年間に100以上のステージを観るような生活を送っていました。ほぼ3日に1回、1週間連夜という取材もまれではないというなかで、よくTOKUに出くわすのです。それも”シットイン”と呼ばれる、出演予定のないライヴに飛び入り参加するというかたちで出演する彼の姿を目にして、「やるなぁ……」と感心してしまいました。

実は、TOKUの”シットイン”は若いころに限った話ではありません。こうした活動がシンディ・ローパーとの交流につながったとも言えるでしょう。そして最近もボクは、某ライヴで彼が飛び入りするのを目撃しているのです。

TOKUは、”ジャズを演る”ためにではなく、”ジャズになる”ために精進しているのではないかと思います。そんな彼のサウンドが、”みんなのうた”という大きなチャンスを得て、日本中に広がることこそが、このニュースの”本質”だということを言いたかったんです。

♪『La Vie En Rose』 塩谷哲×TOKU

「君へのファンファーレ」のプロデュース&編曲を担当している塩谷哲とのコラボレーションの映像がありました。「君へのファンファーレ」のオンエア(6月・7月の予定)が楽しみです。