過ぎ去った思い出は時が経つにつれ、けばけばしさがとれセピア色になっていく。特に男の別れた女に対する思い出は、時が経つと1枚のセピア色の写真となって心の片隅にしまわれる。どんな男にも、そんな写真の1枚か2枚は必ずあるものです。

セピア色の思い出を原色に戻すこと!

 いつもは心の奥深くにしまいこまれているだけに、ふだんは意識することもありません。しかし、何かの拍子で思い出されたときは美しい思い出だけが蘇ってきます。そんなとき、男はふと過去を振り返る。すると脳裏のスクリーンに女の面影が思い浮かびイメージは勝手にふくらんでいきます。そして、それまで眠っていた“想い”がマグマとなって沸き出してくる。「会いたい」。と同時に、封印されていた過去が解凍されます。「もしもあの時、この一言が言えていたなら」人生が変わっていたかもしれない。「君を愛してる」という想いを伝えることはセピア色の思い出を原色に戻すこと。その先のことはわからない。それでも原色に戻すのか、戻さないのか?その答えはそれぞれの心の中にあるのです。そんなことをふと考えさせてしまう大人のラブソングが坂本つとむの「LOSTプロポーズ」です。

「もしもあの時、この一言が言えていたなら」人生が変わっていたかもしれない。
「もしもあの時、この一言が言えていたなら」人生が変わっていたかもしれない。

★彼女は我が中学校の“マドンナ”!

 実は私には苦い経験があるんです。花嫁をさらって逃げるダスティン・ホフマン。映画〈卒業〉のあまりにも有名なラスト・シーンですが、この映画を見た男なら、誰もが一度くらいはダスティン・ホフマンになりたいと思ったはずです。しかし、ダスティン・ホフマンになることは難しいのです。

 あれは確か1973年の、とある日のことでした。友人のA君が重大な情報を仕入れてきて、私に言いました。「富澤、すげえ話があるんだ。B子な、ほら、中学のとき同級だったB子だよ。」「B子がどうした?」「結婚するんだって…」「本当かよ?」。私はあまりのショックに二の句が告げないでいました。

 B子は私の“憧れのキミ”でした。彼女との付き合いが始まったのは中学二年のことでした。一年のときから同じクラスでしたが、私が彼女に好意以上のものを感じ始めたのは二年になってからでした。彼女は学校でも評判の美人で、まさに才色兼備のスーパー・ウーマンでした。いわば彼女は我が中学校の“マドンナ”であったというわけです。

 彼女との付き合いは大学一年のときまで続きました。だが、一年の終わり頃だったでしょうか、彼女からの手紙を最後にぷっつりと切れてしまいました。中学を卒業して高校は別々になりました。このときから会う機会は減り、二年、三年になるにつれてさらに減りました。お互いに受験勉強を優先させなければならなくなったからです。そして私は現役で大学に合格して、彼女は一浪しました。東京と長野。離れ離れの年月がお互いの心を変えたとしか思えません。まさに「木綿のハンカチーフ」の世界です。

 

★ダスティン・ホフマンになれなかった!

 あれからもう二年以上も経っていました。彼女は一浪して大学に合格して上京していました。だが、私は彼女に一度も会ったことはありませんでした。彼女は私の意識の中から完全に消えていたのです。しかし、彼女が「結婚する」と友人から聞かされたとき、その存在が突然に蘇ったのです。そのとき私は、それまで付き合っていたハーフのモデルの女性に振られたばかりでした。振られた淋しさ、悲しさ、悔しさが入り混じり、私の気分は高揚していたのか、彼女に「会いたい」という熱い想いが湧きあがってきました。その結果、「俺はダスティン・ホフマンになるんだ」と思ってしまったのです。勢いとは恐ろしいもので、翌朝8時頃、彼女が大学に出かける頃合を見計らって電話を入れました。翌日、私は新宿の喫茶店で30分以上も前に着いて彼女の来るのを待っていました。「結婚してくれ」という切り札をいつ出したらいいのか、そのことばかりを考えていました。

 やがて彼女はやって来ました。1時間ばかり雑談が続いた後、私は心の中にあったもやもやを晴らすために、勇気を出して尋ねました。「付き合っていた頃、俺のことをどんなふうに思っていたのか、教えて欲しいんだ」。少女のあどけなさは消えた大人の女性の表情で彼女は言いました。「ずっと好きだったけど恋愛感情を抱いたことはなかったわね」。「そう」。平静をよそおいながらも、私は目の前が真っ暗になる思いでした。こうして私はダスティン・ホフマンになろうとしてなれませんでした。いや、それどころか、私にとって美しかった“青春の思い出”さえもなくしてしまったのです。

 

★セピア色だからこそ美しい!

 セピア色の思い出は下手に掘り起こして原色にしない方がいい。セピア色はセピア色だからこそ美しいのです。もしもあなたがセピア色の思い出を持っていたら、そのまま大切に保管しておいた方がいいと思います。坂本つとむの「LOSTプロポーズ」を聴いて、さて、あなたはどうしますか?