「こんないい歌、売れない方がおかしいよ!」西つよしの「ただ、会いたい~母へ~」は現代版「瞼の母」!

 いい歌でありさえすれば必ずヒットする。これが歌の本来あるべき姿です。しかし、現実は強力なタイアップが付いていなければ売れない時代です。いかがなものか?と思います。この風潮に私はあえてアンチテーゼを投げかけたい。いい歌は売れるべきだし、たくさんの人たちに聴いてもらいたい。そんな“音楽愛”が私のポリシーです。

 「こんないい歌、売れない方がおかしいよ!」

64歳になってもまだ見ぬ母を待ち続ける男の心情とは?

 時代は今“家族愛の歌”を必要としています。なぜならば、親が子を傷つけ、子が親に刃を向けたりするような凄惨な出来事が続き、家族の崩壊が始まっているからです。だからこそ逆に、“家族の絆”の大切さが再認識され、“家族の絆”をテーマにした“家族愛の歌”が共感を呼んでいるのです。

 たとえば秋川雅史「千の風になって」は先祖を敬う“供養歌”、すぎもとまさと「吾亦紅」は亡き母に捧げる“鎮魂歌”、樋口了一「手紙~親愛なる子供たちへ~」は老いた親が子に贈る“遺言歌”、植村花菜「トイレの神様」は亡き祖母の“形見歌”と言っていいでしょう。これらの歌は“家族の絆”のあるべき姿を考えさせてくれるきっかけとなっています。そして究極の“家族愛の歌”が西つよしの「ただ、会いたい~母へ~」です。現代版「瞼の母」と言っていいでしょう。

滋賀県出身の西つよし。趣味はゴルフ、戦国時代小説読書、神社仏閣めぐりだという。
滋賀県出身の西つよし。趣味はゴルフ、戦国時代小説読書、神社仏閣めぐりだという。

 この歌は運命的に生まれました。作詞家・にしかずみはある日、新聞の読者の投稿記事に衝撃を受けました。生後2ヶ月の時に東京・上野公園のベンチに置き去りにされた男性の、64歳になってもなお母を待ち続けているという心情に感銘を受けて「ただ、会いたい~母へ~」を書いたのです。

 その詞を受け取った作曲家・西つよしは「こういう方もいらっしゃるのだ」と感動しながら曲をつけたといいます。

 「わりとさらさらと書けました。というのは、この詞を読んだ時に、これは自分で歌うようになるんじゃないかな、と漠然と感じていたので、自分の原点であるフォーク調で自然に書けたからです」

 西は長山洋子の「じょんから女節」、門倉有希の「哀愁エリア」などのヒット曲で知られる現役の演歌系作曲家ですが、若かりし頃はフォーク・シンガー志望だったのです。案の定、曲はできあがりましたが、歌ってくれる歌手が見つかりません。そこで自分のライブで歌い始めたところ、思わぬ反応が出始めたのです。

 「歌うたびにハンカチを手に泣く人が増えたんです。ライブの度に、ひょっとしたらこれは、と実感するようになりました」

 そんな評判がいつしか噂となり、それが日本クラウンのプロデューサーの耳に届き、53歳にしてシンガー・ソングライターとしてデビューという奇跡を起こしたのです。時に2014年10月8日のことでした。

 読者の実体験が作詞家を突き動かして一編の詞を書かせ、さらにその一編の詞が作曲家を感動させて曲を作らせ、そして歌力が聴き手のハートを鷲掴みにしたのです。時代が「ただ、会いたい~母へ~」を生み出したに違いありません。

 西つよしの「ただ、会いたい~母へ~」。こんないい歌、聴かなきゃ損!