〈昭和歌謡〉ブームの次に来る波は〈平成GS歌謡〉である!

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 〈昭和歌謡〉ブームの次に来る波は〈平成GS歌謡〉である、と私は確信している。なぜならば、音楽シーンに既にその兆候はあるからだ。

 今、有線放送やラジオのリクエストで注目されているのが、広瀬倫子の「恋の誤算」、藤田恵美の「東京ロンリー・ナイト」、湯原昌幸の「北街・辛口・恋酒場」だ。この3曲に共通しているのは、1960年代後半の音楽シーンを席巻したGS(グループ・サウンズ)と昭和歌謡が融合した〈GS歌謡〉である。つまり、懐かしい〈GS〉が50年という時を経て今、新しく〈平成GS歌謡〉として甦ったということだ。

〈昭和歌謡〉はなぜブームになったのか?

 1960年代後半から70年代前半にかけて一世を風靡した「ブルー・ライト・ヨコハマ/いしだあゆみ」「人形の家/弘田三枝子」「天使の誘惑/黛ジュン」「夜明けのスキャット/由紀さおり」などのヒット曲は今〈昭和歌謡〉と呼ばれ注目されている。当時、若手作詞家・作曲家だった阿久悠、山上路夫、なかにし礼、筒美京平、鈴木邦彦、都倉俊一などが、洋楽に負けない日本のポップスを作ろうと切磋琢磨しただけにレベルは高い。だから、リアルタイムで聴いていた50代以上の年輩だけではなく、現在の若者たちにも新鮮に受けとめられたからこそ人気を博したのだろう。

 そして、再発掘され現代に甦った〈昭和歌謡〉に続いて注目を浴びつつあるのが、60年代後半に一大ブームを巻き起こした〈GS〉(グループ・サウンズ)である。〈GS〉は60年代後半に青春時代を送った者たちにとってまさに“郷愁”と言っていい。

〈GS〉こそが青春時代のテーマソングだった!

 1966年はいわゆる〈GS〉が忽然と現れた年だ。〈GS〉はザ・ベンチャーズが生んだエレキ・ブームを背景に、ビートルズやローリング・ストーンズなど主にイギリス発のロックの世界的な流行を引き金として起こった。シンプルで覚え易いメロディーと詞、明るく歯切れのいいリズム、パワフルなエレキギターの響きで、〈GS〉はあっという間に広がっていった。ザ・スパイダース、ブルー・コメッツ、ザ・ワイルドワンズなどが先行し、続いてザ・タイガース、ザ・テンプターズ、ザ・ゴールデン・カップスなどの登場によって大ブームがやってきた。その頃に青春時代を過ごした若者たちは、私を含めて〈GS〉こそが青春時代のテーマソングだったのだ。

〈GS〉再発掘のきっかけはTHE ALFEE!

 〈GS〉が今、〈昭和歌謡〉と同様に再発掘されようとしている。そのきっかけを作ったのがTHE ALFEEだ。高見沢俊彦、坂崎幸之助、桜井賢が青春時代に憧れたのが〈GS〉で、彼らは〈GS〉に釘付けになってバンドを始め、気がつけばプロになっていた。そしてヒット曲を出してTHE ALFEEとして功なり名を遂げたが、あの頃になりたいと思っていたものになれたのか? そう考えたとき、彼らは〈GS〉をルーツにした「The KanLeKeeZ(ザ・カンレキーズ)」になったのだ。(2016年12月21日にメジャー・デビュー)。つまり、ザ・カンレキーズはTHE ALFEEが青春時代に憧れていたGSそのもの。ザ・カンレキーズのすごいところは、〈GS〉のエッセンスを残しながら今のサウンドを自由にやっているところ。だからこそ、「懐かしくて、なおかつ新しい」のだ。

「京都の恋」「雨の御堂筋」など〈ベンチャーズ歌謡〉はなぜ大ヒットしたのか?

 かつて〈GS〉全盛時代にザ・ベンチャーズが作曲をして大ヒットした〈GS〉と〈歌謡曲〉を折衷したような〈GS歌謡〉ともいうべきものに、渚ゆう子の「京都の恋」「京都慕情」、欧陽菲菲の「雨の御堂筋」、和泉雅子&山内賢の「二人の銀座」、奥村チヨの「北国の青い空」などがある。なぜ〈ベンチャーズ歌謡〉がヒットしたのか? それはベンチャーズという外国人が見た日本や日本人の美しさ、魅力が最大限に表現されているからだ。たとえば「京都の恋」では外国人から見た京都の素晴らしさが描かれているので、京都の魅力が最大限にデフォルメされているのだ。ということは、京都の魅力が凝縮されていることに他ならない。換言すれば、ベンチャーズは“あらまほしき”日本及び日本人を表現していたからこそ、たくさんの人たちのハートをつかむことができたのだ。

懐かしい〈GS〉が50年の時を経て今、新しく〈平成GS歌謡〉として甦る!

 1960年代後半から70年代にかけて一世を風靡した数々の〈歌謡曲〉が〈昭和歌謡〉という新しいネーミングを得て再発掘されて甦ってから数年間が経つが、〈昭和歌謡〉の再発掘に刺激されたのか、同年代に流行った〈ムード歌謡〉も脚光を浴びた。そして今、必然的に〈昭和歌謡〉から始まった再発掘の波は遂に〈GS〉にまで辿りついたのだ。

 〈昭和歌謡〉から〈ムード歌謡〉へ、そしてさらに〈GS歌謡〉という流れを敏感に感じとっていたのがTHE ALFEEの高見沢俊彦だった。だからこそ、ザ・カンレキーズを結成して2016年12月21日にアルバム「G.S.meets The KanLeKeeZ」をリリースしてデビューしたのだ。

 と同時に、高見沢はザ・カンレキーズと並行して、ベンチャーズが渚ゆう子、欧陽菲菲などに曲を提供して〈ベンチャーズ歌謡〉を作ったときのように、高見沢俊彦による作詞・作曲、プロデュースによる現代版の〈GS歌謡〉にチャレンジを始めたのだ。まさに高見沢による新しい〈平成GS歌謡〉の誕生である。

 それが広瀬倫子の「恋の誤算」、藤田恵美の「東京ロンリー・ナイト」の2曲だ。

昭和のムード漂う広瀬倫子の「恋の誤算」!

 広瀬倫子の「恋の誤算」は高見沢俊彦作詞・作曲・プロデュースによる書き下ろし作品だ。この曲は、10代からロック、ジャズ、ポップスと幅広いジャンルに取り組んできた広瀬の「何を歌ってもなんとなく“昭和のムードを感じる声”と言われていた私の声を“個性”として生かしてくれた曲です」と広瀬本人が言うほどぴったりとはまっている。それもそのはずで高見沢も広瀬の声に“昭和の匂い”を感じていたようだ。

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 「持って生まれた才能。それはそれぞれのボイスだと思う。筋肉のようにトレーニングで鍛えても得ることは出来ません。そして、まさに広瀬倫子の声にそれはあてはまる。聴いて心地良く、懐かしい気持ちにさえさせてくれる。昭和の良き時代……メロディーが心に染みこんだポップな感覚を、彼女のボイスに感じてしまう。『恋の誤算』は彼女でなければ、あの切なさは醸し出せないでしょう。見事としか言いようがありません。大人の歌を唄えるシンガーとして、広瀬倫子の未来に期待しています」(高見沢俊彦)

 大人のラブソング“熟恋歌”を濃密に歌う〈不倫ソングの女王〉広瀬倫子の最大の武器である“昭和のムードを感じる声”を最大限に生かした「恋の誤算」にめぐり逢って、広瀬倫子は今大きくはばたこうとしている。

藤田恵美の「飲んじゃって……」に続く歌謡曲シリーズ第2弾が「東京ロンリー・ナイト」!

 藤田恵美の最新シングル「東京ロンリー・ナイト」の帯にはこんなキャッチコピーが付いている。〈「飲んじゃって……」に続く、「藤田恵美」の歌謡曲シリーズ第2弾は、高見沢俊彦/作詞・作曲の「昭和ベンチャーズ歌謡」!!〉

 これはどういうことかというと、そもそも「東京ロンリー・ナイト」は、2016年6月15日にリリースされたベンチャーズ来日記念アルバム「HITS&NEW」のために高見沢が書き下ろしたインストゥルメンタル曲である。これに詞をつけて藤田恵美が歌った、というわけである。だから、〈昭和ベンチャーズ歌謡〉というわけだ。高見沢はこんなふうに言っている。

 「子供の頃から憧れていたベンチャーズに曲を書けただけでも満足でしたが、それに今回は詞をのせ、さらに藤田恵美さんがこの曲を歌ってくれました。哀愁味のある藤田さんのヴォーカルにより、より曲を際立たせ、自分の思い描いた『東京ロンリー・ナイト』がここに完成したと自負しています」

 強がりな女を演じきれない女性の本音を歌った「恋の誤算」、一方、都合のいい女を演じた女性の本音を歌った「東京ロンリー・ナイト」。違うタイプの女性を見事に描きわけて曲にした高見沢作品は、2曲共にまさしく良質な“大人の音楽”と言っていい。

湯原昌幸の最新シングル「北街・辛口・恋酒場」は〈エレキ歌謡〉!

 〈平成GS歌謡〉を狙っているのは高見沢俊彦だけではない。かつて〈GSブーム〉の中でスウィング・ウエストのメンバーとしてボーカルと司会を担当し、ソロ・シンガーとして1971年に「雨のバラード」というミリオンセラーを飛ばした湯原昌幸。彼はまさに〈GS〉時代の申し子だが、その彼が、これからは〈平成GS歌謡〉だ、とばかりに作りあげたのが「北街・辛口・恋酒場」だ。彼が狙ったのは「1970年代のエレキ歌謡に和風テイストをミックスしたちょっと懐かしくてノリのいい歌謡曲」である。

 エレキ歌謡を和風テイストということで「京都の恋」をほうふつさせるこの曲はまさに〈ベンチャーズ歌謡〉を現代に甦らせたものだ。

〈昭和歌謡〉ブームの次に来る波は〈平成GS歌謡〉である!

 高見沢俊彦が仕掛ける広瀬倫子の「恋の誤算」、藤田恵美の「東京ロンリー・ナイト」、加えて〈GS〉時代を駆け抜けた湯原昌幸自身が仕掛けている「北街・辛口・恋酒場」は、いずれも1960年代の音楽シーンのメインストリームとなった〈GS〉と〈歌謡曲〉が融合した〈GS歌謡〉であることは間違いがない。その〈GS歌謡〉が50年の時を経て今、新しく〈平成GS歌謡〉として甦ろうとしている。〈昭和歌謡〉ブームの次に来る波は〈平成GS歌謡〉である、という根拠はそこにある、と断言したい。