山口洋子という作詞家が今こそ必要とされている。それだけに残念です!

「よこはま・たそがれ」「夜空」「噂の女」などの大ヒット曲で知られる作詞家であり、直木賞作家でもある山口洋子さんが亡くなった。知り合いの新聞記者から訃報を聞かされたとき、残念だな、と正直思った。なぜならば、今の時代こそ作詞家・山口洋子さんの詞が必要とされている時はない、と思っていたからだ。

1971年、「よこはま・たそがれ」で衝撃を与えた!

1971年、山口さんは五木ひろしに書いた「よこはま・たそがれ」で当時の演歌・歌謡界に衝撃を与えた。というのは、「よこはま・たそがれ」の詞は、「よこはま」「たそがれ」「ホテルの小部屋」と単語を並べただけで、ふつうの詞ではなかったからだ。それまでの詞は、たとえば「よこはまはたそがれている」とか「ホテルの小部屋には残り香がただよっている」とか説明的になるものだが、「よこはま・たそがれ」は単語を並べただけで、言葉のイメージから全体のストーリーを想像させるという、まったく新しい手法の詞だったからである。なぜ彼女はこんな作詞の手法を編み出したのか? それは作曲家・平尾昌晃が書いた、演歌にしてはリズミカルなメロディーを生かすために考え出した手法だからだ。

〈リズム演歌〉というニュー・ジャンルを確立!

ベタな演歌のメロディーではない、平尾のエイトビートの新しい軽快なメロディーを生かすためには、従来の詞の手法ではリズムを生かしきれない。それで言葉の意味よりもリズムを重視して言葉を選んだ結果、単語の羅列、という前代未聞の詞の手法を発見したというわけである。結果的に、この新しい手法が功を奏して、五木ひろしが歌う「よこはま・たそがれ」は大ヒットして〈リズム演歌〉なるニュー・ジャンルが切り開かれることになるのだ。ベタで暗い演歌というイメージを打ち破った五木の〈リズム演歌〉は、演歌の良さとポップスの良さをあわせ持った新しいジャンルを切り開いたのである。

「夜明けのブルース」は現代の〈リズム演歌〉!

最近、五木は「夜明けのブルース」で久しぶりにヒットを飛ばした。レーモンド松屋作詞作曲による「夜明けのブルース」はまさしく〈リズム演歌〉で、これがヒットしてカラオケでたくさんの人たちに歌われているということは、50代以上の〈大人たち〉がこのような〈大人の歌〉を求めている証拠だ。この曲を書いたレーモンドは59歳でデビューして現在63歳で、彼が書く曲はなんとも不思議だ。懐メロふうの匂いもあるし、歌謡曲、演歌チックでもあるし、フォーク的な文学センスもあるうえに、GSやロック・スピリットなどもあらゆる要素が入っていて、言うならばおいしいところ取りの、てんこ盛り“青春歌謡演歌ロック”だ。つまりこれが現代の〈リズム演歌〉なのだ。レーモンドは自作でも「安芸灘の風」「雨のミッドナイトステーション」「来島海峡」「東京パラダイス」「朝やけの二人」などのスマッシュ・ヒットを飛ばしているが、レーモンドの曲と山口さんの詞がコラボレートしたなら、まったく新しい〈大人の歌〉が生まれるはずだ、と私は確信している。

大人のラブソング〈熟恋歌〉を書けるのは山口洋子さん!

〈演歌・歌謡曲〉でもない。〈Jポップ〉でもない。良質な〈大人の音楽〉である〈Age Free Music〉の作り手として、山口さんこそ今、歌謡界が必要としている作詞家なのだ。加えて、今こそ、大人のラブソングこと〈熟恋歌〉が必要とされている時代はない。秋元順子の「愛のままで……」、坂本冬美の「また君に恋してる」など女心の機微を見事に表現している大人の歌が求められているからだ。女心の機微、男女の機微といったら山口さんの右に出る人はいない。山口さんが中条きよしのために書いた「うそ」を初めて聴いたとき、ショックを受けたことを今でも鮮明に覚えている。折れた煙草の吸いがら1本で男の嘘を見抜いてしまうという詞に、男として「やばい!」と本気で思った。これでは男は女にたちうちできない。そう思ってからは、山口さんの詞をあえて深読みしたり、小説やエッセイを読みながら、そこから女心を研究させてもらい男を磨かせてもらったものだ。今、情けない男がたくさんいる。だからこそ、山口さんの詞で男を磨いて鍛えなければいけないのである。その意味で、今こそ山口洋子という作詞家が必要とされているのだ。それだけに残念でしかたがない。山口洋子さんのご冥福を心からお祈りします。