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ドラマ「silent」の大ヒットで考える、テレビとネットに壁があった時代の終わりのはじまり

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
(出典:silent公式ツイッターアカウント)

フジテレビのドラマ「silent」の勢いが止まりません。

第1話から第4話にかけて、TVerのドラマにおける見逃し配信の歴代最高記録を3度も更新したことで話題になったと思ったら、放送日にはたびたびツイッターで「#silent」が世界トレンド1位を獲得。

さらに、12月24日発売予定のシナリオブックは発売前にもかかわらず10万部を突破し、アマゾンの書籍ランキングで1位になっていますし、フジテレビのドラマの見逃し配信の累計の最高記録を8話の段階で突破しているそうで、現在も記録を更新し続けていることになります。

参考:「silent」のヒットとSNS戦略 最終回は次週なのに“ロス”の声、シナリオブックは予約で10万部

12月15日の第10話の放送後にも多数のメディアが様々な形で話題にしており、最終話の12月22日はさらに大きな話題になることは間違いないでしょう。

「silent」は、フジテレビが世代交代を進めた結果のシンボルとも言える作品で、川口春奈さん、目黒蓮さんをはじめとする俳優陣の素晴らしい演技はもちろん、若手脚本家の生方さんの抜擢や、従来のテレビドラマの常識とは異なる番組のつくりかたなど、特筆すべきポイントがいくつもあります。

そんな「silent」において、ドラマの内容とは別に、業界で大きな注目を集めているのが、「silent」がTVerなどのネット経由での視聴数が大きく注目されたドラマになった点です。

視聴率より再生数が注目された初めてのドラマに

従来、日本のテレビドラマにおいては、基本的にテレビの地上波の視聴率を元にドラマの出来が評価されるのが一般的でした。

ただ、未だに多くのネットメディアが高齢者の視聴が影響しやすい「世帯視聴率」を元に報道をするのに対し、テレビ局の実態としては、「個人視聴率」や、個人視聴率のうち13歳から49歳までを切り取った「コア視聴率」を重視しているという乖離がおこっていました。

今回の「silent」についても、世帯視聴率でみると突出して良いわけではないのですが、コア視聴率で観るとダントツという結果になっているわけです。

参考:秋ドラマ終盤「コア視聴率」BEST10。『silent』のホントの評価は

ただ、一般視聴者からすると、世帯視聴率と個人視聴率の違いは直感的に分かりにくい上、数字上はどうしても個人視聴率やコア視聴率の方が小さくなってしまって良さが伝わらないという問題点がありました。

そんな中、今回の「silent」では、TVerやフジテレビが積極的に、ネット配信側の数値をリリース等を通じてアピールした結果、地上波の視聴率よりもネット側の見逃し配信の数値を元に、「silent」の人気がメディアを通じて認知されるという流れが生まれたのです。

参考:ドラマ『silent』第4話582万再生、1,2話に続き3度目のTVer歴代記録更新!

今年は、サッカーW杯をABEMAが中継した関係もあり、ABEMAも積極的に視聴者数を公開し、ABEMAやTVerなどのネットテレビの視聴数が一気にメディアの注目を集める時代に変わりつつあります。

参考:W杯でABEMAが史上最高の視聴者数1000万突破が「未来のテレビ」に与える意味

まだ、地上波のテレビは視聴率というパーセンテージ表記であり、ABEMAとTVerは記録更新タイミングでしか数値を公表していなかったりという違いはありますが、いよいよ地上波とネットの両方の数値を元に番組の評価をする時代に突入したと言えるでしょう。

ツイッターやTikTokにもドラマの動画を多数アップ

さらに興味深いのは、今回フジテレビが、かなり攻めたテレビとネットの連携施策を打ち始めている点です。

silentのツイッターアカウントでは、#silentメイキング というハッシュタグで、ドラマ撮影の裏側を動画で多数投稿。

さらに直近では、ツイッター側で視聴者のリクエストに応えて過去の放送回のシーンの動画が公開されています。

また、TikTokアカウントも開設し、ドラマの印象的なシーンを切り出して多数投稿しているのも、日本のテレビドラマとしては比較的新しい取り組みと言えるでしょう。

(出典:silent TikTok公式アカウント)
(出典:silent TikTok公式アカウント)

こうしたSNS上への太っ腹の動画投稿が、「silent」に対する盛り上がりに貢献しているのは間違いないでしょう。

TVerがもう一つの番組放送枠に

さらに、SNS活用以上に今回の「silent」が画期的なのは、TVerを地上波のもう一つの放送枠的に活用しはじめている点です。

「silent」では、ドラマの配信中の初期から「紬から見る“silent”」というTVer独占で、撮影の舞台裏に密着した特別番組を配信。

さらに、12月からは「最強の時間割 ~若者に本気で伝えたい授業~」というTVer初のオリジナル番組が開始されており、2人目のゲストに、「silent」の村瀬健プロデューサーが講師で登場しています。

参考:大ヒットドラマ『silent』プロデューサー・村瀬健、最終回前後だから言える撮影秘話を明かす「言っちゃいけないことをいっぱい言っている」

そして、最も画期的な取り組みと言えるのが、「silent」最終話の放送前日に、川口春奈さん、鈴鹿央士さんなどのドラマの出演俳優も出演する生配信特番をTVerで配信すると発表された点でしょう。

(出典:silent TVerページ)
(出典:silent TVerページ)

参考:『silent』最終回前夜にTVerで生配信特番 川口春奈、鈴鹿央士、板垣李光人と物語を振り返る

従来であれば、こうしたメインキャストによる特番は地上波で放送されるのが当然でしたし、ネットでの大規模な生配信は、同時間帯に放送している地上波の視聴率に影響するリスクがあるため実施しにくい背景がありました。

それが今回は、TVerもフジテレビも、地上波におけるリスクよりもTVer側で視聴者が楽しんでくれる方のメリットの方を重視して、戦略的にTVerの生配信を活用するという判断をしたということになります。

この生配信が成功すれば、今後こうしたTVerの生配信を活用したドラマの出演俳優とファンの交流の機会が増えていくかもしれません。

日本でもテレビとネットの間の壁が壊れはじめている

これまで、日本のテレビ番組は長らくネット経由では視聴することができない時代が続いていましたし、テレビ局の取り組みの中でも、テレビとネットの間に高い壁が存在する印象が強くありました。

しかし、いよいよ今年に入りテレビとネットの同時配信がはじまり、テレビ局のYouTubeやTikTokなどのSNS活用が進化し、TVerやABEMAのようなネットテレビの存在感が増すことで、テレビとネットの間に壁があった時代の終わりがはじまろうとしているようです。

今回の「silent」の大ヒットは、単なるドラマのヒットという面だけでなく、日本のテレビとネットの融合における新たな歴史の転換点としても記憶されることになるかもしれません。

「silent」の最終的な累計再生数がどれぐらいになるかも楽しみですが、まずは、12月22日の最終話を、今から楽しみに待ちたいと思います。

noteプロデューサー/ブロガー

新卒で入社したNTTを若気の至りで飛び出して、仕事が上手くいかずに路頭に迷いかけたところ、ブログを書きはじめたおかげで人生が救われる。現在は書籍「普通の人のためのSNSの教科書」を出版するなど、noteプロデューサーとして、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についてのサポートを行っている。

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