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記録更新続出の映画「ワンピース」に学ぶ、大ヒットの背景にある緻密なハイブリッド戦略

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
(出典:ONE PIECE公式ツイッター)

ワンピースの映画『ONE PIECE FILM RED』の快進撃が止まりません。

興行収入ランキングでは6週連続1位に輝き、公開から38日で観客動員数1000万人を突破。

興行収入は139億円を突破し、日本映画の歴代の興行収入ランキングで9位に飛び込んできました。

参考:映画『ワンピース』観客動員数1000万人 興行収入は139億4000万円突破

まだまだ勢いが衰えないところをみると、8位の「天気の子」はもちろん、7位の「崖の上のポニョ」超えもありそうな雰囲気です。

当然ながらこの記録は、ワンピースの映画15作品の中でもダントツ。

過去の最大のヒットだった『ONE PIECE FILM Z』の興行収入が68億7千万円だそうですから、既に倍以上の記録を叩き出していることになります。

しかも、実は配給会社である東映にとって、単独で興行収入100億円を突破するのは初めてのことだそうで、70年以上の東映の歴史のなかでも最大のヒット作ということになります。

今回の『ONE PIECE FILM RED』の大ヒットの要因を分析してみると、当然映画自体の完成度が素晴らしいことがありますが、一歩引いて取り組みの歴史を紐解いてみると、この映画の関係者が緻密な複数のハイブリッド戦略に挑戦していたことが見えてきます。

■音楽と映画のハイブリッド

一番分かりやすいハイブリッド戦略は、音楽と映画のハイブリッドでしょう。

映画公開後、Adoさんが歌う主題歌である「新時代」をはじめとした楽曲が、さまざまなチャートにランクイン。

国内のストリーミングチャートで軒並み1位を獲得したほか、日本の楽曲で初めてApple Musicのグローバルチャートで1位を獲得するという快挙を達成したのはご存じの方も多いはずです。

参考:Ado、『ONE PIECE FILM RED』劇中曲のヒットチャート独占を紐解く3つのポイント

当初は、ウタのキャラクターとAdoさんのいつもの楽曲のイメージがあわないということで反発する声もあったようですが、実際に映画を観た方はそんな批判がいかに的外れかをよくご存じでしょう。

Adoさんが劇中で歌う7曲は、1曲1曲が素晴らしいアーティストとのコラボによって作られた全く違う顔を持つ曲ですが、それぞれ圧倒的な存在感を放つ歌になっています。

映画館の大音量で聴くそのインパクトは、私が文字で表現できる領域を超えており、うまく説明できませんが本当に素晴らしいものでした。

■日本の音楽とアニメ映画の融合の歴史

当然、音楽が話題になることは、映画に足を運ぶ人も増えるという相乗効果につながります。

筆者自身も、YouTubeでAdoさんの一連の楽曲に触れ、これは映画館で観賞しなければいけない映画だと思い、ワンピースの映画としては初めて映画館に足を運んだ経緯があります。

従来日本では、映画の中で頻繁に出演者が歌を歌うミュージカル型の映画は人気が出ないと言われていました。

その流れを変えたのは2013年に公開された「アナと雪の女王」のヒットの影響だと言われています。

特に、吹き替えで本家にひけをとらない見事な歌唱を披露した松たか子さんと、神田沙也加さんの貢献は大きかったと言えるでしょう。

その後、2016年に公開され大ヒットとなった映画『君の名は。』では、アーティストのRADWIMPSの楽曲と二人三脚で映画が紡がれ、特定のアーティストの歌や音楽と映画が融合して作られる新しい手法が確立されていくようになります。

今回のAdoさんのように、本職の歌手が映画の中で歌うという意味では、2021年に公開された「竜とそばかすの姫」も、歌姫のベルを歌手の中村佳穂さんが演じており、劇中の歌の一つ一つが非常に重要な役割を果たしていました。

そういう意味では、今回の『ONE PIECE FILM RED』も、そうした一連の日本のアニメ映画における音楽と映画のハイブリッド化のトレンドの系譜を辿っているということも言えるでしょう。

■ライブ体験と映画のハイブリッド

ただ、今回の『ONE PIECE FILM RED』が興味深いのは、単に音楽を頻繁に使う映画と言うだけでなく、ウタというアーティストによるライブを、我々観客も疑似体験できる構造になっている点です。

通常、『アナと雪の女王』のようなミュージカル型の映画では、映画の演技の中の延長で音楽とともに歌とダンスを行うシーンが組み合わさる形を取っています。

しかし、今回の『ONE PIECE FILM RED』では劇中の舞台自体がウタのライブ会場という設定になっており、ウタが歌うシーン自体は基本的にライブ中の歌唱シーンそのもの。

映画の中でもたくさんの観客がウタのライブを楽しんでいる構造なわけですが、その映画の観客である我々も、スクリーンを通じてウタのライブに参加している感覚を味わえる構造になっているのです。

ある意味、最初から応援上映を想定している設計になっていると言えるでしょう。

(出典:ワンピース公式ツイッター)
(出典:ワンピース公式ツイッター)

実際に、尾田先生自身が4年前に体験した応援上映が忘れられず、いつかワンピースでもやってみたいと思っていたというコメントを寄せています。

コロナ禍において、たくさんのアーティストのライブが中止や延期に追い込まれてしまいましたが、ある意味『ONE PIECE FILM RED』は、そうしたライブ好きの人たちの鬱憤を晴らすのにうってつけのライブ体験と映画を融合したハイブリッド映画にもなっているわけです。

残念ながらコロナ禍のため、無発声応援上映にはなりますが、日本中の映画館で応援上映が展開されているようです。

■動画配信サービスと映画のハイブリッド

さらに『ONE PIECE FILM RED』が挑戦したハイブリッド戦略は、音楽絡みだけではありません。

わかりやすいところで言うと、動画配信サービスとの連動があげられます。

実はワンピースのアニメシリーズは、昨年11月に1,000話放送を記念して、ほとんどの動画配信サービスで一挙見放題配信が開始されていました。

参考:「ワンピース」全1,000話が見放題配信開始。アマプラ&Netflixなど

そのため、毎週フジテレビのテレビアニメ放送を視聴しているファンや、漫画を愛読しているファン以外にも、あらためてワンピースが見やすい環境が拡がっていたのです。

動画配信サービスでの配信をきっかけに大ヒットしたアニメと言えば、「鬼滅の刃」の成功が有名です。

「鬼滅の刃」は、テレビと同時に複数の動画配信サービスでもアニメを視聴できるようにし、一気にファン層を獲得し、その後の劇場版「鬼滅の刃」の大ヒットにつなげることに成功しました。

参考:『鬼滅の刃』はアニメ流通のパラダイム・シフトを起こした。いまアニメ業界に起きている変化とは?

「ワンピース」も一気に動画配信サービスでの配信先を拡げたことで、改めて第1話から見始める新しいファン層の獲得に踏み出していたのです。

■映画のスピンオフをテレビアニメとして放映

特に劇場版「鬼滅の刃」では、本編のストーリーをそのまま映画にすることで、既存の「鬼滅の刃」ファンにそのまま映画館に来てもらうことに成功しました。

これは、ワンピースやポケモンなどの従来のテレビアニメシリーズが、映画を公開する際には基本的に本編とは異なる「外伝」的なストーリーを軸にしていたのとは、真逆のアプローチです。

当然ワンピースも、「鬼滅の刃」同様に、本編をそのまま映画にするという選択肢はあったはずですが、これはやはり既存のテレビアニメファンから反発を受けるリスクがあります。

そこで、今回の『ONE PIECE FILM RED』の制作チームは、逆に映画の前日譚となるルフィとウタの子ども時代のストーリーを、テレビアニメシリーズの中に埋め込むという新しいアプローチに挑戦したのです。

実はテレビアニメ「ONE PIECE」では8月の放映枠2週分を使って、映画連動エピソードが放映されています。

参考:TVアニメ「ONE PIECE」で映画連動エピソード放送 ルフィ、ウタ、シャンクスの出会い描く

Netflixなどでワンピースのアニメを一気見した方の多くが驚いたと思いますが、この2話は本編の1029話、1030話としてシリーズの中に組み込まれています。

テレビアニメ「ONE PIECE」を連続で視聴している人は、ある意味自動的に『ONE PIECE FILM RED』の予告編でもある、このルフィとウタ、そしてシャンクスのストーリーに触れることになるわけです。

しかも、この連動エピソードの2話は、なんと現在ではYouTubeでも無料で開放されています。

これにより、映画館に行く前から、多くの視聴者は『ONE PIECE FILM RED』の世界と、ウタというキャラクターに触れるきっかけを得ることができるわけです。

もちろん、映画自体はこの連動エピソードを見なくても楽しめるつくりにはなっていますが、この2本を見てから映画を観た方が感情移入できるのは間違いありません。

今回『ONE PIECE FILM RED』のチームは、劇場版「鬼滅の刃」とは違う形で、動画配信サービスと映画のハイブリッドの形を作り上げたと言っても良いでしょう。

■SNSと映画のハイブリッド

さらに『ONE PIECE FILM RED』のハイブリッド化の挑戦はこれだけに留まりません。

上述した連動エピソードのYouTube公開に見られるように、幅広いSNSを映画と連動して活用しています。

象徴的なのは、「ウタ日記」という企画を実施し、映画のキャラクターであるウタが、まるでYouTuberやライバーとして現在進行形で今の世界に存在するかのような疑似ライブ配信番組を配信したところでしょう。

この「ウタ日記」では、映画の中でのライブに向けてウタが日々準備をしている様子が、6回構成で展開。

ライブ配信あるあるの小ネタも交えながら、視聴者との交流を深めています。

さらに、映画の楽曲中のウタのダンスは、明らかに現在のTikTokなどのショート動画のトレンドを意識しており、ウタによる振り付け動画も公開。

真似して踊ってみることが推奨されています。

この結果、既にTikTokには「新時代」の楽曲を使った動画だけでも76,000本を超える動画が投稿。

TikTokに「#新時代」で投稿された動画の再生回数は2億回を越えているようです。(※ワンピースとは関係ない過去の動画も含まれています。)

また、これ以外にも、「モンスト」「パズドラ」「グラブル」と人気スマホゲームとのコラボを立て続けに実施したり。

「#FILMRED文化祭」の名称で、ファンからのアートやパフォーマンスをSNS横断で募集、Twitterのモーメントで紹介するなど、本当に追い切れないほどの様々な企画が動いています。

ある意味、『ONE PIECE FILM RED』は様々なポイントで、SNSと映画のハイブリッド化に取り組んでいると言えるわけです。

こうしてみると、あまりに緻密な取り組みの数々に、『ONE PIECE FILM RED』の記録更新の数々は必然だったようにも思えてきます。

■映画の盛り上がりは海外にも波及

今後、注目されるのはこうした盛り上がりがどれぐらい海外にも拡がるかでしょう。

YouTubeやTikTokなどのSNS上の盛り上がりは当然ながら海外にも波及するはず。

実際に、フランスでは初日の観客動員数が日本アニメ作品の歴代1位になるなど、映画の公開がはじまった国では、大きな盛り上がりを見せているようです。

いずれにしても、『ONE PIECE FILM RED』が日本のアニメ映画の歴史に名を刻む大きな挑戦を成功させたことは間違いありません。

この『ONE PIECE FILM RED』の成功の背景に、「君の名は。」や「鬼滅の刃」の挑戦の成功があるわけで、今回の『ONE PIECE FILM RED』を参考に、今後様々な日本アニメが新しいハイブリッド化に挑戦することに注目したいと思います。

noteプロデューサー/ブロガー

新卒で入社したNTTを若気の至りで飛び出して、仕事が上手くいかずに路頭に迷いかけたところ、ブログを書きはじめたおかげで人生が救われる。現在は書籍「普通の人のためのSNSの教科書」を出版するなど、noteプロデューサーとして、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についてのサポートを行っている。

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