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ジブリの「世界」配信開始に取り残された、日本市場の特殊性

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
(出典:ディズニー公式 Blu-ray & Digitalのジブリ作品)

今週、ラピュタやトトロなどのスタジオジブリの映画の数々が、ネットフリックスで配信開始されるというニュースが話題になりました。

参考:ネットフリックス、ジブリ作品を世界配信へ-日米とカナダ除く

いよいよ、日本でもネットフリックスでジブリ作品が見られるのか、と喜んだのもつかの間。

まさかの「日米とカナダを除く」というフェイントに、喜んだ分ガッカリが大きくなったという方も少なくないようで、Netflix Japanのジブリ配信を紹介するツイッター投稿には300件を超えるツッコミや不満のコメントが投稿されているようです。

ただ、ジブリ作品が日本のネットフリックスに配信されないのを、ネットフリックス側に文句を言うのは実は少しポイントがズレています。

ここで注目すべきは、ジブリ作品の海外配給権の歴史と、ジブリ作品の視聴環境における日本市場の特殊性です。

紆余曲折を辿ったジブリ作品の海外配給権

実はジブリ作品の海外における配給権は、複雑な構造にあるようです。

表に出ている情報を整理するだけでも、ジブリの配給権が時系列で複雑な歴史を辿っていることが見えてきます。

■1990年代中頃  「となりのトトロ」がアメリカで劇場公開され、フォックスビデオから発売されたビデオソフトが60万本の売上を記録

(トトロ以前は積極的にアジア以外の海外での放映は行ってこなかった模様)

■1996年  スタジオジブリは、ウォルト・ディスニーグループと海外でのジブリ作品配給と国内でのビデオソフト発売に関わる事業提携を締結 

■2003年頃  千と千尋の神隠しの頃から、配給にワイルドバンチが関わるようになっている模様

(出典:Wild Bunchウェブサイト)
(出典:Wild Bunchウェブサイト)

 

 

■2017年  GKIDSが北米における配給権をディズニーから引き継ぐ

(2011年頃からGKIDSが北米における配給に関わるようになっていた模様)

(出典:GKIDSウェブサイト)
(出典:GKIDSウェブサイト)

 

 

■2019年10月  GKIDS経由でワーナーグループのHBO Maxでジブリ作品が2020年5月から配信されることが発表

■2019年10月  カナダのBell Mediaがワーナーグループと提携し、HBO Maxをカナダで提供することを発表

■2020年1月  ワイルドバンチからネットフリックスが配信権を取得したことが発表

途中の詳細の経緯については、表に出ている情報はあまり無いようですが、ジブリの海外向けの配給権がこうした紆余曲折を辿っているのは、スタジオジブリ側があくまで日本に集中して映画を作ってきていて、世界市場を考えてものを作っていなかったという点にある、というのはスタジオジブリ代表取締役の鈴木敏夫さんの過去のインタビューから見えてきます。

実際には、映画の配給権がややこしい展開を辿るのは、スタジオジブリに限った話ではなく、ハリウッド映画でも良くある話。

直近では、ワーナー・ブラザースが配給している「ハリー・ポッター」シリーズが、同じワーナーグループのHBO Maxでは当面配信できない、という話が話題になっていたほどです。

参考:「ハリー・ポッター」よ、どこへ行く…乱立する動画配信サービスと錯綜する権利関係

いずれにしても、ジブリ作品に関する最終的な現状をまとめると。

アメリカとカナダ以外の190カ国では、ジブリ作品はワイルドバンチ経由の契約でネットフリックスで配信され。

アメリカとカナダでは、ジブリ作品はGKIDS経由の契約でワーナーグループのHBO Maxで配信されるという状況。

つまり、唯一、日本だけがジブリ作品をネット配信では見られる予定がないということなのです。

ある意味、日本だけ鎖国していて、日本だけがジブリの世界発信に取り残されたような感覚を覚えてしまう方は少なくないのではないかと思います。

ジブリ作品の日本におけるネット配信開始の4つのシナリオ

当然、今後注目されるのは、日本におけるジブリ作品のネット配信はいつどこから実施されるのか、というところでしょう。

上述のように、ジブリ作品の配給権は紆余曲折があるため、これには実は単純に考えても4つのシナリオが考えられます。

 

■1.日本もネットフリックスで配信される

 普通に考えたら、世界190カ国でネットフリックスがジブリ作品を配信するわけですから、日本もネットフリックスだろう、と考えたくなるところです。

 一部のネットメディアの記事でも、日本での開始は時間の問題ではないかという記述も見られました。

 ただ上述のように、ネットフリックスが今回入手したのはあくまで海外190カ国の配信権。

 今回のタイミングで日本での配信開始が発表されなかったことを考えると、今すぐにジブリ作品が日本でもネットフリックスで配信される可能性は逆に低いとも考えられます。

(出典:Netflixウェブサイト)
(出典:Netflixウェブサイト)

 

 

■2.日本はHuluで配信される

 なんで2つ目のシナリオはHBO Maxでなく、Huluなの?と思われる方もおられるかもしれませんが、HBOは米国の会社であって日本でのサービス提供予定がないため、選択肢から消えます。

 一方Huluは、日本では日本テレビが運営しているサービス。

 ジブリ作品の人気を日本に広める上で、間違いなく最も大きな役割を果たしてきたのが日本テレビが放映している金曜ロードショーですから、両社の過去の関係値から考えれば、ジブリ作品はHuluで配信されてもおかしくはないはずです。

 

 

■3.日本はディズニーデラックスで配信される

 一方、前述のように国内のジブリ作品のビデオソフト発売権は、ウォルト・ディズニーグループが保有しています。

 ディズニーは、米国でネットフリックスの強力なライバルとなったディズニープラスを開始。

 ネット配信と直接バッティングするのがビデオソフトの売上であることを考えると、ビデオソフト発売の延長としてディズニーのネット配信サービスにジブリ作品が並ぶ可能性はゼロではありません。

 ただ、ややこしいのは、日本では現在のところディズニープラスのサービス開始予定はなく、日本ではドコモと提携しディズニーデラックスという動画配信サービスを運営している点です。

 複数の関係者の思惑が異なると、当然こういった交渉は難しくなると思われます。

(出典:ディズニー公式 Blu-ray&Digital ウェブサイト)
(出典:ディズニー公式 Blu-ray&Digital ウェブサイト)

 

 

■4.当面、日本ではネット配信されない

 実は、個人的に1番可能性が高いと考えているのが、残念ながらこのシナリオです。

 何と言っても、日本ではまだネット動画配信サービスの存在感や規模感がまだまだ低いのが現状です。

 ネットフリックスは、アメリカでは約6000万もの契約数がある一方で、日本の契約数はようやく昨年300万を超えたところ。

参考:ネットフリックスの日本300万契約の影響力は黒船と呼ぶべきものなのか

 そもそも、日本はテレビのネット同時配信もようやく今年本格化するレベルで、有料動画配信やケーブルテレビの契約率が世界的に見ても低いと言われる特殊な市場です。

 日本は何と言っても、未だにDVDやブルーレイがかなりの規模で売れるようですから、既存収入を失うリスクを冒してまでスタジオジブリが日本のネット配信に踏み切るほどの配信費用を積める企業があるかと言われると、まだ難しいのではないか、という仮説が出てくるわけです。

 特に、各企業の投資余地を考えると、Huluもディズニーデラックスも日本独自のサービスです。

 おそらくコンテンツの買い付けに最もお金を払えるのはネットフリックスと思われますが、ネットフリックスとしてはまずは日本の300万ユーザーよりも、日本以外の1億人近いユーザーの反応を見るだろうという結論も出てくるわけです。

日本はジブリ作品が無料で見られる特殊な市場

 ただ悲嘆に暮れる前に、ここで一歩冷静に振り返ってみましょう。

 日本のジブリファンが、「日本の作品なのになぜ日本だけネット配信されないのか」と嘆く気持ちもよく分かりますが、実は日本は世界のジブリファンからすると、金曜ロードショーで無料でジブリ作品を見ることができる非常に恵まれた国であるという見方もできます。

 

 これまで海外のほとんどの国では、「スタジオジブリの映画はこれまで、DVDを購入するか、あるいは違法な手段でしか見られなかった。」わけです。

参考:米ネットフリックス、ジブリの21作品を配信へ 「完璧な映画」とファン期待

 

 

 筆者も、過去に金曜ロードショーで放映されたジブリ作品を、ハードディスクレコーダーに全て撮りためてある人間ですが、カナダに住んでいる弟夫婦が息子にジブリ作品を見せようと思うと、DVDを買うしかないと嘆いていたのが印象的でした。

 これまで気軽にジブリ作品を見られない市場だったからこそ、ネット配信が強く求められているとも言えます。

 そういう意味では、日本人は今までジブリ作品を手軽に見られる、日本という特殊な市場に住んでいられたことに、まず感謝すべきなのかもしれません。

 ある意味、日本人としては、今回のジブリ作品のネットフリックスによる世界配信開始は、世界の1億人近いネットフリックス契約者の人たちにジブリ作品が届く画期的な出来事として、シンプルに喜ぶべき出来事とも言えるでしょう。

 昨年は、長年ネットと距離を取ってきたジャニーズ事務所も、嵐のSNS本格解禁や、ネットフリックスドキュメンタリーの開始など、ネット活用に本格的に取り組み始めています。

 長年ネット配信と距離を取ってきたスタジオジブリも、昨年から本格的にネット配信に向き合い始めたところ。

 こんまりメソッドが昨年ネットフリックス経由で世界でブレイクしたように、ジブリ作品が改めて世界で認識されることで、スタジオジブリが地上波放送やDVDとは異なるネット配信の価値に気がついてくれれば、ネットフリックスを初めとするネット配信事業者がジブリ作品の高い価値を再確認してくれれば、日本でもネット配信経由で気軽にジブリ作品が見られる未来が来るのは時間の問題ではないかと思います。

noteプロデューサー/ブロガー

新卒で入社したNTTを若気の至りで飛び出して、仕事が上手くいかずに路頭に迷いかけたところ、ブログを書きはじめたおかげで人生が救われる。現在は書籍「普通の人のためのSNSの教科書」を出版するなど、noteプロデューサーとして、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についてのサポートを行っている。

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