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ツイッター公式アカウント閉鎖騒動で考える、企業と個人の境界線

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
(出典:NifMo@ニフティ公式アカウント)

 ニフティが運営する格安スマホサービス「NifMo」のツイッター公式アカウントが、突如運用を停止し、アカウントを削除すると発表され、注目されているようです。

参考:「NifMo」公式Twitter、“中の人”退職で突如停止 フレンドリーな投稿から一転、フォロワーから説明求める声

 上記のITmediaの記事にあるように、NifMoのアカウントは5万人のフォロワーを持つ人気アカウント。

 アカウント停止投稿は1500件以上のリツイートがされていますし、直近でも「#企業公式って普段なにしてるの」というハッシュタグが話題になった際の投稿がハフィントンポストの記事に取り上げられるなど、いわゆるアカウント運営者がセンスのあるツイッター公式アカウントだったと言えるでしょう。

参考:「#企業公式って普段なにしてるの」素朴な疑問に“中の人”たちが答えた。

 実際に、ツイッターの公式アカウントが担当者の退職により運用停止になること自体は、珍しい話ではありません。

 古くは2010年に、第一次ツイッターブームの代表的なアカウントであったカトキチのアカウントが、広報部長であった末広氏の退職とともに終了するというケースもありましたし。

 2011年11月には、ゼンショーホールディングス広報のツイッターアカウントが、広報室長だった藤田氏の異動に伴い閉鎖されて話題になりました。

参考:「すき家」のゼンショーがTwitter閉鎖 アカウント継続に必要な組織の理解

 

■突然の発表に裏を勘ぐる声も

 ITmediaの記事によると、今回のNifMoのアカウント閉鎖についてはGW前の4月26日まで普通に投稿がされていて、GW明けにいきなりの閉鎖発表だったため「Twitter自体を辞めるということは、やっぱり会社として何かあったとしか思えない」と勘ぐるフォロワーもいるようです。

 ただ、おそらくそこまで大袈裟な話ではなく、中の人である担当者が4月末に退職をすることが決まっていたものの、退職自体の投稿を退職者にさせるのは良くないと考えて、本人による退職開示をしないまま、5月7日の定型文での投稿につながったものと想像されます。

 NifMoの投稿を遡ると、4月19日に「うんうん唸りながら資料を作っておりますが、SNSを日常的に見ていない勢にTwitterの説明をしなければいけないのはハードルが高いこと山の如しですね_(´?`」 ∠)_」という投稿がされています。

 おそらくは退職する中の人が、NifMoのツイッター公式アカウントを、自分が退職後にも継続するべきだという趣旨の資料を作ったものの、中の人の上司の人達がSNSを日常的に見ていないため、継続の必要性を理解してもらえなかった、ということなのかなと思われます。

 そういう意味で退職投稿は、後任の担当者からすると、あくまで予定通りの原稿を予定通りにしたというだけなのではないかと想像されます。

■NifMo公式は本当の公式ではなかった?

 ただ、ここでNifMo側が、単純にアカウント運営を停止するだけでなく、5月10日に削除まですると宣言しているあたりが、日本企業においてツイッター公式アカウントの位置づけが、未だに誤解されていることの象徴と言えるような気がします。

 本来、このNifMoのツイッターアカウントが、本当にNifMoの「公式アカウント」なのであれば、担当者が退職したとしても、ツイッター上にいる自社のファンやユーザーとのコミュニケーションのために、引き続きツイッターアカウントは維持をする、という判断をするのが普通でしょう。

 実際GW直前にはNifMoで通信障害が発生していたようで、その進捗をツイッターアカウントが迅速に行い、一つ一つのコメントに丁寧に対応することで、ユーザーの不満がフォローされたり、逆に御礼を言われているのが見て取れます。

 こうした情報発信やサポートがツイッター上で継続されることは、NifMoのユーザーにとっても意味があるはずです。

 

 ただ、おそらく今回NifMoのアカウントを一時停止するだけでなく、削除する、と判断した背景には、NifMo社内ではツイッターアカウントが、「公式アカウント」ではなく、あくまで退職した担当者個人のいわゆる「軟式アカウント」として捉えられていることが見て取れるわけです。

 「軟式アカウント」は、2010年頃からツイッターアカウントに対して使われるようになった言葉で、いわゆる「公式アカウント」が通常はカタいプレスリリース調の「硬式」の発言が多かったのに対して命名された言葉です。

 会社の看板を背負ってしまうと、通常は想定問答のようなカタい定型文対応になってしまうところを、あえて個人として柔らかい対応をすることが注目され、日本においては多くの公式アカウントが、軟式アカウントとしての運営をしているケースが多くあります。

 ただ、ここで問題になるのが、「軟式アカウント」はその運営担当者の性格がそのまま反映されてしまうため、引継ぎが難しくなる面がある上に、いわゆる会社側の視点でみると「浮いて」見えてしまうことが多いという点です。

■アカウント担当者は組織から遊離しやすい

 ツイッター公式アカウントの成功事例として取り上げられることが多い、シャープ公式アカウントの中の人である山本さんは、お客さんとの距離を縮めるために、「自分はシャープ社員であることを半分辞めて、その分お客さんに近づこうと考えたのです」という趣旨の発言をされています。

参考:「シャープ、セガ、東急ハンズのSNS「中の人」対談 | 広報会議デジタル版

 

 従来の組織の論理を離れて、個人としての自由な発言をし始めると、会社から離れたポジションに社内から見えてしまうことはよくあります。

 その結果というわけではないでしょうが、シャープにおいては山本さんが部署異動してもアカウント担当者は変わらないという選択がされています。

 おそらく、NifMoの残された方々からすると、あくまでNifMo「公式」アカウントは、会社としての公式アカウントではなく、退職した中の人「個人」のアカウントなので、もう運営を継続できないし継続できない以上、開設しておく必要もない。だから削除しよう、という考えに至ったものと想像されます。

 あくまで退職された中の人による、これまでのツイッター上でのトラブル情報発信や個別のサポートは、NifMo公式のサポートではなく、退職した中の人による個人の努力と、社内では受け止められていた可能性が高いと感じてしまう出来事と言えます。

 それを他に個人で引き継ぎたい人、引き継げる人が、誰もいなかったから停止するという結論になったのでしょう。

 もちろん、これらはあくまで想像の話ですが、実際には大企業では残念ながらよくある話でもあるのです。

 個人的には多くの方が指摘しているように、せっかく5万人ものフォロワーがいるアカウントで、ツイッターを使っているNifMoユーザーのサポート窓口としても機能していたアカウントではあるので、単純に削除してツイッターユーザーへのサービスレベルを下げるのはもったいないと思います。

 格安スマホというインフラサービスとして、電話やメールの窓口があるように、ツイッターの窓口もあること自体はNifMoユーザーにとって一定の意義はあったはずです。

 アカウントを削除するのではなく、本当の意味での公式アカウントに戻して、とりあえずはシンプルにサイトの更新情報を自動投稿する形で残すとか、ソフトバンクのSBCareのようにサポート専用のアカウントとして運用するとか、いろいろ選択肢はあるとは思うのです。

(出典:カスタマーサービス担当 @SBCare)
(出典:カスタマーサービス担当 @SBCare)

 企業の公式アカウントは、軟式アカウント的に運営されなければならない、センスがある担当者しか運用できない、と思い込むのは、それはそれでもったいない誤解なのです。

 ただ、退職した個人の投稿が、NifMoの会社としての発言としてネット上に残り続けること自体が、「リスクである」と考えている可能性もある気はしますし。

 あくまでアカウントを継続するかどうかは、企業の判断です。

 このまま継続することが企業として投資対効果が低い、と判断したのであれば、それはそれで仕方ないとは思います。

 多少、ツイッターユーザーの印象が悪くなったとしても、それ以外の部分で挽回できるのであれば構わない、という経営判断はあるでしょう。

(まだ間に合うので、削除は一旦白紙にして、再度議論し直してもらえればと祈ってはいますが・・・)

■公式アカウントの位置づけを広く見直しても良いはず

 今回の騒動をきっかけに、企業の公式アカウント担当者が考えるべきは、今後もこういった属人的なアカウント運営を公式アカウント運営の中心にしていくべきなのかどうか、という点だと思われます。

 日本では、大企業の会社員が実名をネット上に露出することを避けるケースが多かったということが、日本において企業ロゴの公式アカウントを、軟式アカウントとしてある意味仮想の人間のペルソナのまま運営するという運営形式が軸になった歴史があると感じています。

 本来ツイッターでは、個人も企業も違いはありません。

 Facebookでは個人のFacebookアカウントと、企業のFacebookページは仕組みも使い勝手も全く違いますが。

 ツイッターは、全てのアカウントは企業だろうがメディアだろうが、個人ユーザーと同様の構造です。

 だからこそ、完全にフラットというのがツイッターの魅力でもあり、企業からすると違和感を覚えてしまうポイントだと思います。

 その結果、ツイッターアカウント運用が、個人の担当者のセンスに依存したまま、組織の構造に上手く組み込まれていないケースは、NifMoだけの話ではありません。

 今のうちに、それぞれの企業の公式アカウント運営者は、NifMoのケースを参考に将来のあるべき姿を考えていく必要があると言えるでしょう。

 実際には、SBCareのように複数のスタッフが名前を明記して運営するケースも増えていますし、退職や人事異動の際に明確に開示して、アカウントを引き継ぐケースも増えています。

参考:東急ハンズ名物Twitter“中の人”が引退 本人が明かす「噂レベルで」物議をかもしたこと

 

 さらに個人的に注目しているのは、大企業の社員の方々が、企業名を明記した個人名でツイッターアカウントを開設するケースが徐々に増えてきている点です。

 

 日本では、大企業の人達がツイッターアカウントを個人で開設しているケースが少なかったこともあり、ツイッターアカウントの開設は1企業ごとに1つで企業ブランドで開設する、というのが王道になっている印象が強いですが。

 ネット企業においては、従来、公式アカウントよりも社長のアカウントや、開発者のアカウントの方がフォロワーも多かったり影響力もあるというケースは多々あります。

 それと同じアプローチを大企業でもとりうるはずです。

 実際、SBCareのように投稿毎に名前を明記する運営も増えていますし、Facebookの普及の影響もあり、ネット上に実名を開示することに抵抗感が薄れてきた大企業の人達も増えていると感じています。

 本来ツイッターはコミュニケーション手段の1つでしかありませんので、公式アカウントは1社に1つというルールはありません。

 PRやサポートなど部署毎に複数持っている企業も増えていますし、1つの公式アカウント1つで多数のフォロワーを増やそうとするのではなく、複数の部署の社員がそれぞれアカウントを開設し、少数の人とコミュニケーションを取るという選択肢もあります。

 もちろん、私自身が大企業の人のブログ開設やSNS利用を推奨している人間で、そういうイベントを主催している人間なので、ポジショントークなのは間違いありませんが。

 実は、担当者一人の職人技に頼ったアカウント運営を続けるよりも、複数のアカウントで組織で対応する方が、引継ぎや退職のリスクが軽減できるというメリットもあるわけです。

 最終的に、NifMoのアカウントが予定通り明日10日の17時に削除されてしまうのかどうか。

 削除されないことを祈りながら見守りたいと思いますが、今回、せっかくのこれまでの中の人が1つずつ地道に積み上げてきたコミュニケーションの努力が、あっさりと水の泡になってしまった面があるのは間違いありません。

 中の人が一人で努力を続ければ続けるほど、実は今回のように停止になった時にマイナスへの振り幅も大きくなってしまう可能性があることが、明らかになってしまいました。

 今回の騒動から私たちが学ぶべきことは多いはずです。

追伸:

 本10日16時半に、NifMo公式アカウントより、削除については延期されると投稿されたようです。

 良い方向に結論が出ることを祈ります。

noteプロデューサー/ブロガー

新卒で入社したNTTを若気の至りで飛び出して、仕事が上手くいかずに路頭に迷いかけたところ、ブログを書きはじめたおかげで人生が救われる。現在は書籍「普通の人のためのSNSの教科書」を出版するなど、noteプロデューサーとして、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についてのサポートを行っている。

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