稀勢の里の「潔さゼロ」の引退が物語るもの

(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

横綱の引き際は潔くあるべき--。そんな美学は、大正時代の名横綱・栃木山から始まった。3連覇を果たした後、1度も土俵に上がらないまま引退した鮮やかな引き際は、引退から6年後の第1回大日本相撲選士権で、現役の横綱・大関たちをなぎ倒して優勝したエピソードでさらに彩られた。栃木山の弟子の栃錦をはじめ、何人もの横綱たちがこの引き際を踏襲し、称賛されたことから、いつしか潔さこそが横綱の「理想の引き際」として揺るぎないものとなった。

横綱には引き際以外にもいくつかの、「かくあるべし」という理想がある。「受けて立つ相撲を取るべし」「毎場所優勝争いに絡むべし」「品格ある行動をとるべし」などなど。その多くは、常陸山、栃木山、双葉山など、過去の伝説的な横綱たちの理想的な姿から選りすぐられたものだ。それらがあいまって理想の横綱像が形作られ、すべての横綱が、それに近づくことを求められる。

しかし、実際にはほとんどの横綱が、理想の横綱像と現実の自分とのギャップにもがき苦しむ。それも無理はない。そもそも、横綱昇進の基準が、「2場所連続優勝」という成績が中心で、理想の横綱像に近づけるかを考慮していないからだ。ところが、昇進した途端、理想の横綱像に近づくことを当然のように求められる。じつに理不尽なことだ。

横綱たちは、そんな理不尽さにじっと耐えて土俵に上がる。彼らは、それぞれに優れた個性を持ち、磨き上げて横綱に昇進した。しかし、横綱の理想像に近づくには、そんな個性を曲げなければいけないこともある。両者の間で揺れ動き、もがき苦しむ。そんな葛藤が横綱たちをたくましく成長させ、個性をさらに磨く。その過程で生まれる数々のドラマが、ファンの心を揺さぶる。

引退会見で、17年間の土俵生活で貫いた信念は何かと問われた稀勢の里は、「絶対に逃げない。その気持ちです」と答えた。稀勢の里が土俵上で体現し続けた、まっすぐ当たって前に出る、愚直な相撲は、まさしく「逃げない」信念の現れだ。それは得難い個性として多くのファンを引き付け、初優勝、横綱昇進、新横綱場所での大ケガを乗り越えての劇的な優勝として結実した。そして、大ケガをきっかけに不振が続いても、引退せず、休場して出直すという道を選び続けたのもまた、「このまま引退したら逃げることになる」という思いからではないか。「横綱らしくない」「潔くない」という非難は、当然、その耳に届いていたはずだ。しかし、稀勢の里は、葛藤の末に、横綱の理想像に反することを承知の上で、「逃げない」という自分の信念と心中する覚悟を決め、散ったのだろう。

歴代横綱を見渡してみても、理想の横綱像を体現したといえる者は数えるほどしかいない。しかし、それぞれの横綱には、得難い個性がある。芸術品のような技能を誇る横綱もいれば、破天荒な相撲や言動が魅力の横綱もいる。体に恵まれなくとも精いっぱいの相撲でファンを喜ばせた横綱もいる。横綱とは、一つの美しい理想像として描かれるものではなく、歴代の72人の横綱というピースが集まってできたモザイクのようなものではないか。72のピースの一つひとつに、同じものはない。色も形も違うピースが、それぞれの輝きを放つ。その集合体こそが横綱であり、理想の横綱像とは、その輝きをいっそう増すための装置に過ぎないように思える。

稀勢の里の魅力は、「絶対に逃げない」という信念を貫いたことにある。苦しみぬいたこの2年間は、その魅力にさらに違った彩りを与えた。引退して完成した稀勢の里という横綱のピースは、ほかの71のピースにはない、唯一無二の輝きを放ち続ける。