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「日本人の英語力は55位」のようなデマ報道が流れ出す季節になりましたが、2020年は流れませんように

寺沢拓敬言語社会学者

11月は、英語教育関係者にとって頭が痛いニュースが流れる時期です。

それは、「日本の英語力は世界で××位!また下がった!えらいこっちゃ!」というニュースです。

怪しい英語力ランキング

なぜ11月かといえば、その年の「EF英語能力指数」が発表されるのがこの時期だからです。

「EF英語能力指数」と聞くと何やら権威がありそうですが(英語で EF English Proficiency Index と書かれるともっと凄そうに聞こえます)、実際の作りは、以下に説明するとおり、かなり雑です。巷には怪しいランキングが溢れていますので「お遊び」でネタにするならまだわかりますが、大手メディアが大真面目に取り上げる代物ではありません。

数年前から、私は「日本人の英語力が××位!」という話がいかに根拠がないか、そして大手メディアはこの情報にとびつかないでほしいとヤフーニュースで発信してきました。しかし、毎回、後手後手に回ってしまっていました。昨年も、EF社の発表後に記事を書きましたが、大手メディアのいくつかは(批判的吟味なしで)そのまま報じてしまいました(こちらの記事にリストアップしています)。

というわけで、今年は、このランキングが発表される前に、先回りして記事を書きたいと思います。

英語力ランキングの怪しさ

EF英語能力指数は、EF社のオンライン英語力診断テストを受験した人々の成績をもとに算出したものです。ランキングは、受験者の平均スコアを国別に算出して、それを上から順番に並べているわけです。したがって、各国民を偏りなく調査した統計ではなく、その英語力診断テストを受験した人々の平均値に過ぎません。

「でも、実際の値からちょっとくらい偏りやズレがあったって、おおよそが分かればいいのでは?」と思う人もいるかもしれません。しかし、そのズレが「ちょっとくらい」であるかは未知数なので、「おおよそが分かる」かどうかの保証もありません。なぜなら、このテストの受験層がどういった人たちなのか、想像することはかなり困難だからです(ここが、TOEFLやIELTSのような伝統的な英語テストと大きく違う点です)。

「英語ができないし学ぶ気もない人」は英語力診断テストを受けないでしょうし、逆に、「既に英語でバリバリ仕事や勉強をしている人」も受験するインセンティブはゼロ。英語学習中の人であっても、既に他のテスト(TOEFLなど)で自分の実力を把握している人は受けないでしょうし、そもそもこのテストの存在を知らない人も対象者から抜け落ちます。また、国にもよりますが、インターネットへのアクセスが限定的である人も対象に含まれません。

したがって、多少の順位の差は、ほとんど無意味な情報です。たとえば、「何々国の順位は××位!日本よりも10個も上!日本人は英語力でも負けている!」のようなまとめ方は、間違いです。もっとも、順位が40~50以上違う最上位グループ(たとえばシンガポール)との比較であれば、それなりに実態を反映しているでしょうが、(準)英語圏と非英語圏の間で英語力の差があるのは当然であり、このランキングをわざわざ参照する必要はありません。

上がったか下がったかもわからない

各国の順位・スコアの差に意味がないのとまったく同様に、ある国の年ごとの推移にも意味がありません。

前述の通り、その国のどんな層が受験しているか不明ですが、これとまったく同じことが、各年の受験層にも言えます。受験者層は、年によって流動的であるため、たとえば、2019年と比べて2020年が下がったとしても、その原因が日本人の英語力が下がったためなのか、それとも、英語力の低い受験者が増えたためなのかはわかりません。

実際のデータを丁寧に見ると、怪しさ満載・・・

ちなみに、このランキングの怪しさは、実際のデータを見ても理解できます。

その筆頭が、スコアの乱高下です。点数が毎年大きくブレており、この点からも信頼性の乏しさは一目瞭然です。

以下の図をご覧下さい。この指標によると、日本は、少し前までは英語力が比較的高い国でした(2011年においてインドより上、2012-2015年において香港より上)。いくらなんでもそんな「実態」を信じる人はいないでしょう。

グラフはEF社レポートをもとに筆者が作成したもの
グラフはEF社レポートをもとに筆者が作成したもの

次に、データが入手可能なすべての国の状況を見てみましょう。

乱高下はさらにはっきりと見て取れることがわかると思います。

データに欠損のない81の国・地域の推移。筆者作成。
データに欠損のない81の国・地域の推移。筆者作成。

そもそもEFは、代表性に注意せよと言っている

なお、EF社は、スコア報告書の中で、disclaimer としてこの指標の限界点に言及しています。とはいえ、まるで各国が競っているかのようにプレゼンテーションするのは、ミスリードを狙っていると思われても仕方がないような気がします。

そもそも、この指標がEF社の営利目的によるものという点も注意すべきでしょう。第一に、このランキングは同社の英語力診断テストの「副産物」であり、第二に、そのプレスリリースは、同社がプロモーションの一環として行っているからです。正確な実態把握を目的とした調査ではないのです。

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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