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民間試験導入だけでなく、小学校英語教科化も、安倍内閣による官邸主導

寺沢拓敬言語社会学者

大学入試への英語民間試験導入は、制度設計の杜撰さもさることながら、決定プロセスにも大きな問題があったことは関係者の間では有名である。この点は長らく関係者内だけでの「公然の秘密」であったが、最近になってようやく一般のメディアも報じるようになった。

実は、小学校英語教科化(2020年4月~)にもまったく同じ状況があった。しかし、一般にはほとんど知られていないように思うので、その点について説明したい。

官邸主導の英語民間試験導入

小学校英語の話の前に、民間試験導入の決定プロセスを簡単に確認しよう。以下のデイリー新潮の記事を引用する。

英語民間試験ごり推しの裏に「ベネッセ」の教育利権…高校も大学も逆らえない | デイリー新潮

京都工芸繊維大の羽藤由美教授は、

「今回の入試改革をさかのぼれば、安倍内閣のもとで13年、教育再生実行会議が第4次提言を公表したことに端を発します。このときの文科相は下村さんで、それ以来、すべては“民間ありき”でズルズルと話が進んでいきました」

…中略…

「13年6月、“大学の英語入試への民間検定試験の活用をめざす”という内容が盛り込まれた、第2期教育振興基本計画が閣議決定されました。ただ、そこに至るまでの前段があります。13年2月、楽天の三木谷浩史会長兼社長が、自民党の教育再生実行本部で“英語ができないため日本企業が内向きになって、世界の流れに逆行している”と指摘、大学入試にTOEFLを導入することを提言しました」

 すると、それを受けるかたちで翌3月に、

「遠藤本部長の下、実行本部がまとめた教育改革案に“TOEFLを大学入試に活用する”という内容が組み込まれました。続いて5月には、教育再生実行会議が、“TOEFLなどの民間試験の活用”などを含む提言を安倍総理に提出し、翌月の閣議決定につながっていきます」

以上を要約すると、次の通り。

2013年2月 自民党教育再生実行本部で委員が提案

 ↓

同年5月 教育再生実行会議(首相の私的諮問機関)で提言

 ↓

同年6月 第2期教育振興基本計画を閣議決定

2013年に一部の委員の熱烈アピールによって検討が始まり、結果、ごく短期間の間に官邸主導の形で――要するに、各所との総合調整なしで――導入が決まった。

小学校英語教科化はどうか?

小学校英語の教科化も上とかなり近い。2013年6月に、上述の第2期教育振興基本計画(閣議決定)に、官邸主導で盛り込まれたからである。

実はその2ヶ月前の4月、文科省の審議会である中央教育審議会(中教審)が第2期教育振興基本計画について答申を出している。そこには教科化の「きょ」の字もなかった。

この中教審の有識者(および文科省)が示した結論を尊重するのであれば、首相はその答申で示されたプランをそのまま第2期教育振興基本計画として閣議決定することになる。しかし、安倍内閣はそうせず、むしろ教科化を新たに付け加えた。わずか2ヶ月の間に、重大な変更を行ったのである。

以下の画像は、4月の中教審答申と、6月の閣議決定を比較したものである。

 差分を赤字&下線で示した。筆者作成
差分を赤字&下線で示した。筆者作成

閣議決定の「主な取り組み」の部分に、以下の教科化提言が新たに追加されていることがわかる。

また,小学校における英語教育実施学年の早期化,指導時間増,教科化,指導体制の在り方等や,中学校における英語による英語授業の実施について,検討を開始し,逐次必要な見直しを行う。

(余談ながら「TOEFL等」の文字列も閣議決定で新たに書き込まれたことがわかる)

トップダウンのツケ

教科化はたった2ヶ月の間に官邸主導で決定されたわけである。

とはいえ、短期間だったとしても、それに見合うだけの濃い議論を経たのならまだ納得がいく。しかし、筆者が関係会議の議事録(および報道記事)をいくら調べても実際には詳しく審議をした形跡は出てこなかった。たとえば、教育再生実行会議では教科化に関する議論がほとんどなされていない(そもそもこの頃の同会議の主たるテーマは大学教育改革であり、小学校教育は周辺的なテーマだった)。

端的に言えば、教科化は「拙速な決定」以外の何物でもなかったと言えよう。

筆者が以前からヤフーニュース(個人)で指摘してきたことだが、小学校英語は大変な苦境に直面している。そうした苦境に対する考慮は一切なく、ただ誰かが思いついた教科化プランを、トップダウンで押し付けた格好である。

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たとえ、トップダウンだったとしても、最終決定に至るまでに相当の熟議を経ているのならまだわかる。

小学校教育が直面する課題について綿密に調査し、それをもとに徹底的な議論を行い、それでも教科化をすることに意義があると考えたのなら、首相が自身の責任をかけて決断する。その当然の帰結として、関係機関・関係者には予算措置をはじめとして相応の配慮を行う。それが本来の「健全なトップダウン」のはずである。

しかし、教科化はその対極である。思いつき、拙速な議論、総合調整の欠如という、トップダウンの悪い面だけを凝縮したような決定過程であった。

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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