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「日本の英語力は49位」という朝日新聞の報道について

寺沢拓敬言語社会学者

以下の朝日新聞の記事にコメントします。

日本の英語力は49位 5段階で下から2番目に認定:朝日新聞デジタル

この記事では、EF社のEF英語力指標に基づいて日本の英語力が論じられています。しかし、この指標は、国別英語力の指標としてはかなり信頼性が乏しいと言わざるを得ません。

たしかにこの指標にはそれなりに知名度があります(とくに最近)。しかし、それは信頼できる指標だからではなく、EF社がプロモーションに多くのお金をかけているからに過ぎません。

国民から無作為に抽出をしているわけではないですし、マクロ統計をベースにしているわけでもありません。この英語力指標は、結局、どういう人がテストを受けたのかもよくわからない受験者のスコアです。私企業が販促のために使っているものを無批判に右から左へ流すべきではありません。もっと取扱に慎重であるべきでしょう。PR記事ではないのですから。

EF英語力指標については、2年前にも記事をあげました。

最近よく見かける「日本の英語力××位!」という調査はいったい何なのか?

増殖する「国際ランキング」話法

少し補足します。

現在、「日本の●●は何位!」といった国際ランキングの類がメディアに氾濫しています。中には、強引な統計操作で作られているものもあります。

その意味で眉にツバをつけて理解すべきものも多いわけですが、それでも一応のルールに則っているものがほとんどだと思います。それが上にも書きましたが、無作為抽出とマクロ統計です。

国際ランキングはだいたい次の2つのタイプに分けられます。

タイプ1

各国民から無作為に回答者を抽出したうえで、その回答平均値等を算出するタイプ

タイプ2

各国の複数のマクロ統計を、計算式を明示したうえで、合算するタイプ

タイプ1の例が、PISAやTIMSSなどの国際学力調査です。(一昔前に「日本の学力は世界トップクラス!」のような報道がありましたが、それがこの手の調査です)

タイプ2の例が、平均余命・教育レベル・GDPから算出した人間開発指数(HDI)です。おそらく、メディアを賑わす国際ランキングの多くがこちらのタイプだと思います。

問題は、EF英語力指標は、上記のどちらでもない点です。

EF社のオンライン英語力診断テスト受験者のスコアをもとにしているとのことですが、いったいどういう人がこのテストを受けたのかまったく想像ができません。すでに英語をバリバリ使っている人はおそらく受けるはずがないでしょうし、一方で、自分の英語力にまったく関心がない人も受けないでしょう。さらに、英語学習意欲が高い人でも、ネット環境がない人やこのテストの存在を知らない人は受けませんし、他のテスト(英検やTOEIC, TOEFL等)で自分の英語力を把握している人はわざわざ受ける気が起きないかもしれません。

国別ランキングとしては、かなり悪手なデータがもとになっていることがわかります。

乱高下するスコアに一喜一憂するのは滑稽

記事では「日本の順位がまた下がった!」「お隣、韓国とどんどん差がつく!」といった煽りがありますが、そもそも指標が怪しい以上、真に受けるべきではありません。

そもそもこちらの記事で書いたとおり、各国のスコアは乱高下しており、まともに経年比較に耐えられるものではありません。

以下、その怪しさが一目瞭然の図を示します。

四カ国の英語力スコア推移(EF社のレポート各年度版をもとに筆者作成)
四カ国の英語力スコア推移(EF社のレポート各年度版をもとに筆者作成)

図では日本と韓国、さらに英語が公用語(あるいは準公用語)であるインドと香港の得点の推移を示しました。

2011年で、なんとインドが、日本よりはるかに遅れています。翌年、インドは大躍進をとげますが、それでも2014年までは韓国・日本・香港とのデッドヒートを遂げます。

一方、香港ですが、こちらも意外や意外、2015年までは、わずかながら「日本より英語ができない国」扱いでした。

たしかに、インドも香港も英語が公用語とはいえ、誰もが英語を話すわけではありませんが、いくらなんでもこの結果は実態を反映していないでしょう。しかも、各国の順位が数年で大きく入れ替わるなどというのはもっとあり得ません。

「でも、日本が遅れてるのは事実なんだから、この指標はそこそこ現実を反映してるんでは?」と言う人もいるかもしれません。「日本が遅れている=事実」という結論が最初からあるなら、このような指標に頼る必要はありません。そもそも、2010年代初めはこの指標によれば日本は遅れていなかったわけですから、そこはスルーして、最近の結果だけ見て「現実を反映している」と解釈するのはアンフェアです。

では、代わりにどんな指標があるのか?

EF英語力指標が信頼が置けないことはわかりました。では、どの指標を使えば、国ごとの英語力ランキングは論じられるのでしょうか。

最も誠実な答えは「そのような指標はない」です。私が知る限り、上述した条件に沿った国別英語力統計は存在しません。これは、研究者や研究機関・国際機関がそのような統計を整備しようと努力してこなかったからですから(努力する意義を感じてこなかったから?)、仕方ありません。

TOEFLスコアやTOEICスコアで、国別ランキングを論じる人がたまにいますが、EF英語力指標と同じ理由で、やはり推奨できません。

また、少ないながら、無作為抽出による調査のなかに各国民の英語力(主観的英語力)を尋ねているものは存在します(たとえば、ユーロバロメーター)。ただし、日本を調査対象にしたものは、近年では行われていません。

少し古いですが、2000年の調査を使った研究があります。実は私の研究です。日本を含むアジア、およびヨーロッパ諸国計18カ国の調査データをもとに、各国民の英語力(自己報告)を比較検討したものです(『「日本人と英語」の社会学』、研究社、2015年、第3章)。データ分析の結果、日本はたしかに英語ができる人が少ないが、中国も韓国も東南アジアも南欧諸国もどこも低く、要するに、どんぐりの背比べであると結論づけました。

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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