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首都圏でも10cmの降灰で日常生活が破綻:桜島(姶良)火山で2万8000年前に起きた超巨大噴火

巽好幸ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)
姶良丹沢超巨大噴火による火砕流と火山灰(産業総合研究所原図を基に作成)

国内で最も活動的な火山の1つである桜島は、7月24日午後8時過ぎに爆発的な噴火を起こした。幸いその後火山活動は日常的な状態に戻ったが、油断は禁物である。なぜならば、桜島の地下には1914年の40億トン(1.6立方キロ)のマグマを噴き上げた大正大噴火の直前に近い量のマグマがすでに溜まっており、大規模噴火が切迫した状況にあるとも言われている。このことをよく認識して、万全の備えを講じておくことが必要であろう。

この桜島大正大噴火は、日本の有史以来の噴火の中でも最大規模の1つであるが、世界一火山が密集する日本列島では、これらの大規模噴火を遥かに凌ぐ噴火も頻発してきた。例えば過去10万年前まで遡ると、100億トン以上のマグマを噴出した「巨大噴火」や「超巨大噴火」は20回程度発生している。そして桜島(姶良)火山は、今から2万8000年前に、なんと1兆トン(約800立方キロ)、ほぼ瀬戸内海を埋め尽くす量のマグマを1週間程度の短期間に噴出した超ド級の噴火を起こしていた。

姶良丹沢超巨大噴火

鹿児島県を中心とした南九州には、「シラス」と呼ばれる細かい火山灰と軽石などからなる堆積物が広く分布している。これは、2万8000年前の姶良カルデラ形成時に30km以上の高さまで立ち上がった噴煙柱が大崩壊を起こして、全方位に数百度以上の高温ガスと火山灰の混合物である火砕流が流走したものだ。火砕流は極めて流動性が高く、高さ1000m近くあった山も乗り越えて広がり、現在でも姶良カルデラから100km近く離れた場所までこの入戸火砕流は分布している(図1a)。

図1 (a) 姶良カルデラを形成した姶良丹沢噴火の入戸火砕流の現在の分布域;(b) 姶良丹沢噴火に伴う火山灰の等層厚線図と九州の超巨大噴火を起こした火山(丸印)(原図:産業総合研究所)。
図1 (a) 姶良カルデラを形成した姶良丹沢噴火の入戸火砕流の現在の分布域;(b) 姶良丹沢噴火に伴う火山灰の等層厚線図と九州の超巨大噴火を起こした火山(丸印)(原図:産業総合研究所)。

関東平野の台地部を広く覆う火山性土壌である関東ローム層の中には、多数の火山灰層・軽石層が挟まれている。これらの層は同一時間面を示すことから、遺跡の年代を決定する際に有用であり、考古学でも広く利用されてきた。その一つに「丹沢軽石」と命名された白色の火山灰層がある。関東地方で10cm程度の厚さがある立派な火山灰層だ。1976年に町田洋と新井房夫の二人の火山学者によって、この軽石層の供給源が姶良カルデラであることが明らかにされ、その後この火山灰は「姶良丹沢(AT)火山灰」、2万8000年前に入戸火砕流やAT火山灰を噴き上げ、姶良カルデラを形成した超巨大噴火は、姶良丹沢噴火(AT噴火)と呼ばれるようになった。

AT火山灰はカルデラから500km離れた近畿地方でも30cm以上、1000km近く離れた関東地方でも10cmもの厚さがあり、本州最北端まで到達した(図1b)。ここで注意しておくべき点は、例えば関東地方で10cmの厚さと述べたものは、地層として圧密された状態のものであり、降灰時には倍ほどの厚さがあったに違いないことだ。

現状では数cm以上の降灰でも電気・ガス・水道・交通などの生活インフラが全て停止することを考えると、このクラスの噴火が現在の日本で発生した場合は、日本喪失とも言える破局的な状況になることは間違いない。以前にも解説したように(日本喪失を防げるか?ギャンブルの還元率から巨大カルデラ噴火を考える)、超巨大噴火のよる危険値(=想定死亡者数×年間発生確率)は年間数千人と交通事故とほぼ同程度である。低頻度(100年発生確率1%以下)ではあるが超大規模な被害(最悪1億人程度が死亡)を引き起こす噴火災害を、まずは自然災害として認識して、減災対策を考えることが、日本という国家、そして日本人という民族にとって必要であろう。

桜島の地下に巨大なマグマ溜まりは本当に存在するのか?

このような超巨大噴火を起こす多量のマグマは、どのように発生するのだろうか? 姶良火山や鬼界カルデラ火山の岩石を調べると、その発生メカニズムがおぼろげながら見えてきた(図2)。

図2 桜島火山及び姶良カルデラにおけるマグマ供給系。(著者原図)
図2 桜島火山及び姶良カルデラにおけるマグマ供給系。(著者原図)

沈み込むプレートから水が搾り出されることでマグマが発生し、そのマグマは周囲のマントルと共に「マントルダイアピル」として上昇してくる。この高温のマントル物質が地殻の底まで達すると、熱せられた地殻は大規模に融解する(図2)。ここで発生したシリカ成分の多い流紋岩質マグマは、鹿児島のように地殻の変形速度が遅い地域では次々と上昇し、地下数kmから10km辺りに巨大なマグマ溜まりを形成する。

この巨大マグマ溜まりに、地下深部から高温の玄武岩質マグマが貫入することで発泡現象が加速され、圧力が高くなったマグマが一気に噴き上げることで超巨大噴火とカルデラの形成が起きるのである(図2)。ただし岩石の化学組成を比較すると、このような巨大なマグマ溜まりと、現在の桜島の噴火を引き起こしているマグマ溜まりとは、本質的に別物である(図2)。

日本喪失をも引き起こしかねない超巨大噴火の予測を行うには、現在の桜島火山の地下に超巨大噴火を引き起こす巨大マグマ溜まりが存在するかどうかを知ることがまず重要である。しかし残念ながらまだマグマ溜まりを検出する手法が確立されていない。現在の状況は、マグマ溜まりをC T検査の原理を用いてなんとか可視化しようとする試みが行われているところである。

ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)

1954年大阪生まれ。京都大学総合人間学部教授、同大学院理学研究科教授、東京大学海洋研究所教授、海洋研究開発機構プログラムディレクター、神戸大学海洋底探査センター教授などを経て2021年4月から現職。水惑星地球の進化や超巨大噴火のメカニズムを「マグマ学」の視点で考えている。日本地質学会賞、日本火山学会賞、米国地球物理学連合ボーエン賞、井植文化賞などを受賞。主な一般向け著書に、『地球の中心で何が起きているのか』『富士山大噴火と阿蘇山大爆発』(幻冬舎新書)、『地震と噴火は必ず起こる』(新潮選書)、『なぜ地球だけに陸と海があるのか』『和食はなぜ美味しい –日本列島の贈り物』(岩波書店)がある。

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