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「日本沈没」は決してフィクションじゃない!? 田所博士に教えたい日本列島のヒミツ

巽好幸ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)
著者作成

テレビドラマ「日本沈没―希望のひとー」が話題だ。小松左京原作のオリジナルとは異なり地球温暖化が引き金という設定だが、そもそも日本沈没は起こりうるのか?最新研究に基づいて日本沈没のメカニズムを科学する。

1973年刊行の「日本沈没」は、当時まだ我が国では受け入れを拒絶する学者が多かった「プレートテクトニクス」という考えを、瞬く間に世に広めた。その後映画やドラマ、それにアニメなどでも人気を博し、今回のドラマも地球温暖化や改ざんなど社会的関心の高い内容を盛り込んだこともあって注目が集まっている。2006年の映画で科学監修を務めた私にも、日本沈没のリアリティーについての問い合わせが多い。

プレートの動きは速くても年間10cm程度であるのだから、半年や一年という短い時間で日本沈没のような大変動が起きる訳はない。しかしそう言ってしまったのではあまりにも素っ気ない。時間スケールはさておいて、そもそも日本沈没は可能かどうかをきちんと分かりやすく説明することもプロの役割だと自任する。

軽くて浮かんでいる日本列島は沈まない

日本沈没という衝撃的な結末の真偽を確かめるには、少し地球のことを復習する必要がある。まず、地球の表面は「地殻」で覆われている。そしてその下、地下2900kmまでは「マントル」が占める。結構多くの方が、マントルには熱いマグマが詰まっていると思っておられるようだが、そんなことはない。マントルは固体の岩石からなる。ただ固体とはいうものの、マントルはゆっくりと流れている。つまり地球時間で見れば、固体のマントルはまるで液体のような振る舞いもするのだ。

これらのことを頭において、日本列島の地下を眺めてみよう(図1)。

図1 日本列島の模式的な地下構造。岩崎・佐藤(2009:地震, 2-61, s165-s176)に基づき作成。
図1 日本列島の模式的な地下構造。岩崎・佐藤(2009:地震, 2-61, s165-s176)に基づき作成。

日本列島の地殻は、概ね30kmほどの厚さだ。そしてこの地殻はマントルに比べて軽い岩石からなる。つまり、氷が水に浮かぶのと同じように、マントルの上に地殻が浮かんでいるのだ。しかもその重さ(密度)の違いが大きいために、地殻は安定して浮き続けている。このような状況では、地殻をマントル内へ沈める、すなわち日本沈没が起きることは非常に困難だ。

 ただ、海溝から日本列島の下へと沈み込む重いプレートが日本列島の地殻を引きずり込めば、日本沈没も可能かもしれない。しかし日本列島の地殻は、ある程度引きずり込まれると跳ね返って海溝型「巨大地震」を引き起こす(図1)。したがって、このメカニズムでは日本沈没は起こらない。

地球温暖化による海面上昇

全球的な温暖化によって極域の氷床が融けると海面が上昇する。人類が直面する深刻な問題である。今回のドラマでは、この海面上昇が日本沈没を起こす要因として考えられている。確かに、海水の量が増えて海が広がると、海水の重さで地殻は沈む。しかし今世紀末までに3m程度と予想されている海面上昇では、日本沈没を引き起こすほどの効果は望めない。

むしろ図2に示すように、3m海面が上昇することで東京周辺の広い範囲が水没することの方がずっと深刻だろう。ただこの場合は沈没というのは不適切で、水没と呼んだ方が良いと思われる。

図2 3m海面上昇した場合の関東水没。産総研「地質図Navi」を用いて作成。
図2 3m海面上昇した場合の関東水没。産総研「地質図Navi」を用いて作成。

最新研究に基づく日本沈没メカニズム

突然だが、海と陸の違いはご存知だろうか?それは決して海水の有無だけではない。そもそも地下構造が違っていて、軽い地殻が厚く成長した「大陸地殻」が浮き上がって海面上に顔を出して陸化しているのだ。図1に示したように、日本列島もこの軽い大陸地殻でできている。

だから、大陸地殻がどのように造られ成長するか、これこそが太陽系で唯一陸と海を持つ「惑星地球」の進化を解き明かす鍵となる。

そしてこのような地球進化の観点も踏まえると、日本沈没は起こりうる。

図3 新説「日本沈没」
図3 新説「日本沈没」

そもそも地殻を造る岩石は、マントルが融けてできる「玄武岩マグマ」が冷え固まったものだ。しかし私たちは、この玄武岩質の地殻が大陸地殻へと進化する過程で、「反大陸」という物質が生成されることを明らかにした(図3)。さらに大陸地殻やその下に広がるマントルの地下構造と大陸地殻・反大陸の形成過程を合わせてシミュレーションすると、驚くべき結果が出た。反大陸はマントルより重いのだ(図3)。

だから、大陸地殻が成長する過程でマントルより重い反大陸も厚くなり、その結果大陸地殻(日本列島)は沈む可能性がある(図3)。しかもその沈下量は、日本列島の大陸地殻が10kmから30kmへと成長する間に、約1200mという大きな値となる。これはもう「日本沈没」と呼べる大変動だ。

ただ安心して欲しい。この日本沈没はずっと続くわけではない。マントルよりも重い反大陸は、やがて大陸地殻から剥がれてマントルの底まで落下するのだ。この現象は「デラミネーション(層の剥離)」と呼ばれる。

現在の日本列島では、図1に示すように反大陸はわずかしか存在していない。つまり日本列島では、もうすでに反大陸のデラミネーションは終了していて、今はその反動で浮き上がっていると思われる(図3の日本浮上段階)。

「日本沈没」は決して絵空事ではないことをご理解いただけたであろうか?このことを田所博士にもお伝えして、今後の研究の進展に役立てていただくことにしよう。

ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)

1954年大阪生まれ。京都大学総合人間学部教授、同大学院理学研究科教授、東京大学海洋研究所教授、海洋研究開発機構プログラムディレクター、神戸大学海洋底探査センター教授などを経て2021年4月から現職。水惑星地球の進化や超巨大噴火のメカニズムを「マグマ学」の視点で考えている。日本地質学会賞、日本火山学会賞、米国地球物理学連合ボーエン賞、井植文化賞などを受賞。主な一般向け著書に、『地球の中心で何が起きているのか』『富士山大噴火と阿蘇山大爆発』(幻冬舎新書)、『地震と噴火は必ず起こる』(新潮選書)、『なぜ地球だけに陸と海があるのか』『和食はなぜ美味しい –日本列島の贈り物』(岩波書店)がある。

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