Yahoo!ニュース

準備段階に入った鬼界海底巨大カルデラ噴火: 滝沢秀明が採取した岩石が決め手に

巽好幸ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)
鬼界海底カルデラ(提供:神戸大学海洋底探査センター)

 巨大カルデラ噴火が、世界一の火山大国日本では避けることのできない、しかも差し迫った超巨大災害であることはこれまで何度も述べてきた(「富士山大噴火と阿蘇山大爆発」、「最悪の場合、日本喪失を招く巨大カルデラ噴火」)。なんとか巨大カルデラ噴火の予測につなげたいと、私たちは日本列島で最も直近の7300年前に巨大カルデラ噴火を起こし、九州南部で進んだ縄文文化を育んでいた縄文人を一掃した「鬼界海底カルデラ」の探査を続けている。人口が密集する陸上では、マグマの状態を正確に捉えるために必要な、人工地震を使った「CT検査」ができないからだ。

 すでに、カルデラ内に巨大な溶岩ドームが存在すること、そのドームが活動的であることは確認していた(「鬼界海底カルデラに巨大溶岩ドームが存在」)が、果たしてこのドームの存在が、将来の巨大カルデラ噴火につながるものかどうかはよくわからなかった。その最大の理由は、海底にある溶岩ドームの岩石を採取することが難しく、ドームを作ったマグマと7300年前の超巨大噴火のマグマとの関連性を確認できなかったことだ。

 そんな時、世界各地で火山の探検を行い、火山のエネルギーと神秘に魅せられた滝沢秀明くんが協力を申し出てくれた。彼に与えられたミッションは、海底に潜む巨大溶岩ドームの岩石を採取することだった。

深江丸の探査と溶岩ドームの岩石採取

 最新の観測装置を搭載した神戸大学の深江丸は、鬼界カルデラ全域で詳細な海底地形の探査を行った。その結果、東西22km、南北19kmの巨大なカルデラ内に成長した世界最大級(>32立方キロメートル)の巨大溶岩ドームの構造が鮮明になった(図1)。その成長速度は、日本屈指の活火山である桜島のおおよそ10倍にも及ぶ。

図1 鬼界カルデラの地形とダイビング地点。白線はカルデラ壁を示す。(提供:神戸大学海洋底探査センター)
図1 鬼界カルデラの地形とダイビング地点。白線はカルデラ壁を示す。(提供:神戸大学海洋底探査センター)

 私たちは海中ロボット「Shindai2K」(神戸大学2000m)を用いてドームの地質や熱水湧出の様子を調べるとともに、溶岩の採取も試みたが、十分な試料は採取できなかった。

 滝沢くんは、速い潮のために流されてしまう危険性もある海域で、溶岩ドームから2箇所、それと比較するために外輪山を作る古い岩石を1箇所から採取することに成功した。

 そのサンプルは、さっそく神戸大学へ持ち帰って分析した。滝沢くんも興味津々でその様子を見守っていた。そしてその結果は、これまで考えられていた「カルデラ噴火のサイクル」を根底から覆す大発見であった。

巨大溶岩ドームの形成が意味すること

 これまでの巨大カルデラ火山の研究では、巨大カルデラ噴火後、例えば阿蘇カルデラの中岳や姶良カルデラの桜島などの「後カルデラ」活動(中央火口丘と呼ばれることもある)のマグマは、巨大カルデラ噴火を起こしたマグマの「残りもの」がチョロチョロと噴出したものと考えられていた(図2)。残ったマグマの量が比較的多ければ、大きな溶岩ドームを作ることもあるだろう。日本だけでなく、インドネシアやニュージーランド、それに米国の巨大カルデラ火山でも同じようなメカニズムが考えられてきた。

図2 巨大溶岩ドームの形成に関する2つの仮説。(巽原図)
図2 巨大溶岩ドームの形成に関する2つの仮説。(巽原図)

 この考えでは、溶岩ドームや現在起きている活動は、いわば巨大カルデラ噴火の「名残」のようなものだ。従って次の超巨大噴火までには相当の時間的余裕がある、いわば現在は「静穏期」ということになる。

 ところが鬼界カルデラでは・・・ 巨大溶岩ドームの岩石、それに現在活動的な薩摩硫黄島や昭和硫黄島の岩石は、7300年前の超巨大噴火のマグマとは全く異なる化学的性質を持っていたのだ。

 つまり、7300年前の超巨大噴火が起きた時にほとんどのマグマが噴出してしまい、残りものはもはや存在していない可能性が高い。その代わり、新しいマグマがどんどんと地下深くから上昇して、巨大溶岩ドームを作り、さらに薩摩硫黄島などの中央火口丘も作ったのだ。溶岩ドームが世界最大級の体積であることを考えると、この新しいマグマの上昇は極めて活発であり、従って現在鬼界カルデラの地下に巨大なマグマ溜りが形成されつつあると考えた方が良い。このカルデラでは、すでに次の巨大カルデラ噴火の準備過程に入ったと言えるだろう。

 今この鬼界カルデラで、7300年前と同規模の超巨大噴火が起きれば、九州南部は高温の火砕流で覆い尽くされ、関西でも20cm、首都圏でも数cmの火山灰が降り注ぐ。まさに、日本という国家、日本人という民族の存亡の秋だ。私たちは一刻も早くこのマグマ溜りの大きさや形を正確に求める必要がある。

 この衝撃的な研究成果は、今年2月9日に英国ネーチャー出版のWeb雑誌に公開された。もちろん滝沢くんも著者として名を連ねている。また、この滝沢くんの大活躍の様子は、5月30日に「滝沢秀明の火山探検紀行:巨大カルデラの謎に迫る」で放映予定だ。ぜひ滝沢くんの活躍、そして巨大カルデラ火山の実態をご覧いただきたい。

ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)

1954年大阪生まれ。京都大学総合人間学部教授、同大学院理学研究科教授、東京大学海洋研究所教授、海洋研究開発機構プログラムディレクター、神戸大学海洋底探査センター教授などを経て2021年4月から現職。水惑星地球の進化や超巨大噴火のメカニズムを「マグマ学」の視点で考えている。日本地質学会賞、日本火山学会賞、米国地球物理学連合ボーエン賞、井植文化賞などを受賞。主な一般向け著書に、『地球の中心で何が起きているのか』『富士山大噴火と阿蘇山大爆発』(幻冬舎新書)、『地震と噴火は必ず起こる』(新潮選書)、『なぜ地球だけに陸と海があるのか』『和食はなぜ美味しい –日本列島の贈り物』(岩波書店)がある。

巽好幸の最近の記事