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バリ島アグン火山、警戒レベル最高に 日本列島への影響は?

巽好幸ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)
(写真:ロイター/アフロ)

噴火可能性で9400人避難=インドネシア、警戒レベル最高に―バリ島(時事通信)。

9月22日夜、このニュースが配信された。人気のリゾート地であることもあって国内でも関心は高いようだ。このまま沈静化することを祈りつつ、現地に滞在中や滞在予定の方々、それにインドネシアと同様に火山大国に暮らす読者諸氏に、アグン火山のこれまでの噴火やその影響についてお知らせしよう。

インドネシアでも最も活動的なアグン火山

 140以上の活火山があるインドネシア。中でもバリ島は、愛媛県ほどの広さに3つの活火山が密集する火山地帯だ。その一つが、島の東部に位置する島内最高峰のアグン火山(標高3142m)。この火山は活動的で、19世紀以降でも少なくとも3回、多分4回の噴火を起こした。そんな活火山で7月からマグマなどの動きを示す火山性の地震が頻発し始め、その回数は減少する気配を見せなかった。そこでインドネシアの火山観測を担う火山地質災害対策局は、9月14日に噴火警戒レベルを「通常」のレベル1から1ランク上の「注意」に、さらに18日には「警戒」のレベル3に、そして22日には最高の4に引き上げた。現在は火口から半径9キロ以内へ入山禁止、さらに火口から北、南東、南~南西側各12キロの住民に避難勧告が発せられている。

 アグン火山が直近に噴火したのは1963年。主に火砕流と火山泥流によって大災害を引き起こした。被害者数には諸説あるようだが、1000〜2000人が死亡したと言われれている。この噴火によって噴出したマグマの量は、ほぼ1707年の富士山宝永噴火と同程度と見積もられている。間違いなく大噴火である。さらに火山学者の間では、この噴火が北半球の平均気温を0.5度近くも低下させて世界規模の気候変動を起こしたことがよく知られている。この「火山の冬」の原因は2つある。まず、大噴火によって噴煙が20キロ以上の高さ、すなわち成層圏まで達したこと。そして2つ目は、この噴火を引き起こしたマグマが多量の硫黄成分を含んでいたために、成層圏に「硫酸エアロゾル」と呼ばれる微粒子を撒き散らしたことである。火山灰より遥かに小さいこの微粒子は長期間にわたって浮遊して太陽光を散乱し、地上では寒冷化が起きたのだ。

噴火予測は困難、ハザードマップ確認は最低限必要

 現状では、アグン火山のみならず噴火予測・予知は困難である。噴火警戒レベルが高いからといって、必ず噴火が起きるわけではない。しかし、噴火とそれに伴う災害の可能性が高まっていることは確かだ。

 アグン火山については1963年の大噴火を参考にしてハザードマップが示されてている。これによると、火口近傍だけではなく、バリ・ヒンドゥー教の総本山として観光名所にもなっているブサキ寺院を始め、20キロ以上離れた海岸沿いのリゾートホテルや都市も火山泥流に見舞われる危険性がある。現在は国際空港も平常通り稼働しているが、現地に滞在中の方々や、これから滞在予定の方々は、くれぐれもこのハザードマップを手にいれて厳格に守っていただきたい。

 現地では一旦避難勧告に従った人々も、噴火が起きないとまた家に戻ってしまうようだ。警戒レベルが下がったわけではないのだから、明らかに危険である。

 しかしこの現地住民たちの行動を、もともと楽観的な性格で「バリ島は神に守られている」と思い込んでいる人々、などと評することは、私たち日本人にはできない。なぜならば、私たちも古来より火山や地震などの自然災害に何度も打ちのめされてきたにもかかわらず日々の生活を優先してまた元の地で「復興」し、その後ろめたさを「無常観」と言う概念に昇華させてきたのである。

日本列島の火山への影響は?

 どこかで火山が噴火すると、自分たちの身近な火山でも同じように「異変」が起きそうだと煽る人たちが必ず現れる。そしてそこには「まことしやかな理屈」も語られたりするので、困惑してしまう。例えば、同じプレートが沈み込んでいるとか、同じ環太平洋火山帯に属しているなどといわれるものだ。

 マグマ学者として断言しておこう。今回のアグン火山と日本列島の火山とが「連動」することはない。それぞれの火山は勝手に「息をしている」だけである(詳しくは、「富士山大噴火と阿蘇山大爆発」に)。

 むしろ連動などを気にするよりは、もともと日本列島に111もある活火山は明日噴火してもおかしくないことを心に留めることだ。さらに付け加えると、富士山宝永噴火や桜島大正噴火やアグン山1963年噴火などのいわゆる大噴火の数千倍のエネルギーを一気に放出する「巨大カルデラ噴火」が、日本列島やインドネシアでは過去に何度も起きていることも忘れないでいただきたい。

ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)

1954年大阪生まれ。京都大学総合人間学部教授、同大学院理学研究科教授、東京大学海洋研究所教授、海洋研究開発機構プログラムディレクター、神戸大学海洋底探査センター教授などを経て2021年4月から現職。水惑星地球の進化や超巨大噴火のメカニズムを「マグマ学」の視点で考えている。日本地質学会賞、日本火山学会賞、米国地球物理学連合ボーエン賞、井植文化賞などを受賞。主な一般向け著書に、『地球の中心で何が起きているのか』『富士山大噴火と阿蘇山大爆発』(幻冬舎新書)、『地震と噴火は必ず起こる』(新潮選書)、『なぜ地球だけに陸と海があるのか』『和食はなぜ美味しい –日本列島の贈り物』(岩波書店)がある。

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