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巨大地震は予測できるか? 揺れない「ゆっくり地震」との関係

巽好幸ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)
(提供:宮古市/ロイター/アフロ)

あの3・11の惨劇を引き起こした東北地方太平洋沖地震や今後30年間の発生確率が70%を超える南海トラフ地震は、「海溝型巨大地震」と呼ばれる。沈み込むプレートと上盤側のプレートとの境界が急激にすべるのだ。3.11では三陸沖から茨城県沖にわたる広い領域で一瞬にして10mを超えるズレが生じた。従ってマグニチュード(M)すなわち地震のエネルギーも大きく、強烈な揺れと津波のダブルパンチが列島を襲う。

プレート境界がゆっくりすべるので「揺れない」地震

海溝型地震が発生するプレート境界で、奇妙な現象が起きていることを世界で初めて発見したのは日本の研究チームだった。1992年三陸沖地震(M6.9)の直後に、さらに大きなすべり(M7.5)が数日かけて進行したのだ。ただゆっくりとした変位であったので、陸上では揺れは感じられなかった。同様の現象は、その後日本列島周辺、北米大陸や中米の西岸、それにニュージーランドなどのプレート沈み込み域で次々と確認され、「ゆっくり地震」とか「サイレント(静かな)地震」、あるいは「ゆっくりすべり」などと呼ばれる。

例を挙げよう。2009年から約2年間かけて大分県から愛媛・高知両県にまたがる広い範囲で起きた地殻変動を、我が国が世界に誇る稠密GPS観測網が捉えた。なかには、数センチメートル以上の変位を観測した所もある。もちろん誰一人として、このゆっくりとした変動に伴う「揺れ」は感じなかった。しかしその規模はM7程度、兵庫県南部地震(1995年に起きた阪神・淡路大震災)と同程度の「大地震」であった。

巨大地震とゆっくり地震の密接な関係

日本列島では周辺海域も含めて、数多くの高精度の地震計が配置されている。この観測網も「ゆっくり地震」を捉え始めている。この地震は普通の地震に比べて揺れの周期が長い、つまり周波数が低いのが特徴だ。それで「低周波地震」とも呼ばれる。図をご覧頂こう。

Obana and Kato (2016, Science)を元に作成
Obana and Kato (2016, Science)を元に作成

西南日本では、ゆっくり地震とそれに伴う地殻変動が、南海トラフに沿うように発生している。そしてこの地震は、巨大地震が発生するプレート境界と同じ面上で、まるで住み分けるように相補的に起こるのだ。しかもゆっくり地震も巨大地震と同様に、プレート境界の変形が原因となっている。つまり、ゆっくり地震と巨大地震は、いずれもフィリピン海プレートの沈み込みに伴う歪みの蓄積が解放されて起きるのだ。ただ、プレートから絞り出される水の量や周囲の岩石の特性が深さによって変わるために、ズレが起きる時間スケールが異なるらしい。

さらに注目すべきことも解ってきた。例えば、3・11の巨大地震が発生する約1ヶ月前と2日前に、本震の破壊開始地点付近でゆっくり地震が発生していた'というのだ。ゆっくり地震を調べることで巨大地震を予測できる可能性がある。

3月初旬、神戸大学の「深江丸」が、日向灘の海底に電磁気観測装置を沈めた。今後も京都大学などが中心となって地震計などの設置も予定されている。地震予測への挑戦は、地震大国日本の責務でもある。過去の「地震予知計画」の失敗を教訓に、きっちりした科学的取り組みを期待したい。

ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)

1954年大阪生まれ。京都大学総合人間学部教授、同大学院理学研究科教授、東京大学海洋研究所教授、海洋研究開発機構プログラムディレクター、神戸大学海洋底探査センター教授などを経て2021年4月から現職。水惑星地球の進化や超巨大噴火のメカニズムを「マグマ学」の視点で考えている。日本地質学会賞、日本火山学会賞、米国地球物理学連合ボーエン賞、井植文化賞などを受賞。主な一般向け著書に、『地球の中心で何が起きているのか』『富士山大噴火と阿蘇山大爆発』(幻冬舎新書)、『地震と噴火は必ず起こる』(新潮選書)、『なぜ地球だけに陸と海があるのか』『和食はなぜ美味しい –日本列島の贈り物』(岩波書店)がある。

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