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総理、自著を政治資金で出版するのは「自助」ですか?

立岩陽一郎InFact編集長
(写真:つのだよしお/アフロ)

自身の政治信念が書かれていると国会でも取り上げられる菅総理の著書「政治家の覚悟」。文春新書から出されているが、その元本となった著書は自費出版で、その制作・販売は菅総理の政治資金で賄われていた疑いが有る。新型コロナ禍の中でも「自助」を市民に求める菅総理だが、自身の本の出版を自費ではなく、政治資金団体に払わせていたことになる。それは「自助」を求める菅総理の政治信念と矛盾しないのだろうか?

菅総理の著書「政治家の覚悟」(文春新書)は当初、2012年3月13日に「政治家の覚悟~官僚を動かせ」として出版されている。出版社は同じ文藝春秋社だが、企画出版部という部署からの出版となっている。

(文春新書として出された菅総理の著書)
(文春新書として出された菅総理の著書)

文藝春秋社のホームページによると、この企画出版部は、自費出版専門の部署となっている。つまり、本を出したい人が費用を払って本を出してもらうところだ。

文藝春秋社は現在、新型コロナへの対応から電話での受付をしていないということで、同社社員に直接尋ねると次の様に話した。

「菅さんの本が企画出版部から出ていたのは知りませんでしたが、企画出版部は自費出版の部署であることは間違いありません。自分の生きざまを本にしたい年配の方は多く、そういう人が原稿を持ってきて本にするケースや、こちらで聴き取りをして本にまとめるケースもあると聞いています」

ホームページには具体的な費用の見積もりも書かれている。菅総理のケースが社員の言うどれにあたるのかは不明だが、書籍は最初、自費出版で出された可能性が高い。

当然、それ自体は問題無いのだが、菅総理の資金管理団体「横浜政経懇話会」の政治資金収支報告書を見ていて興味深い記載を見つけた。

2011年の収支報告書だ。そこに、政治活動費の内訳として書かれている。

「書籍制作費 2,199,750」。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

支払いの額は約220万円。支払いが有ったのは11年9月22日で、支払先は「文藝春秋」となっている。その時期から見て、著書の出版に関連した費用と考えるのが自然だろう。

翌年2012年の収支報告書にも「文藝春秋」への支出が記載されている。

「販売委託口座開設料 420,000」

「広告料 760,620」

(筆者撮影)
(筆者撮影)

販売委託と広告費で合計118万円余りで、時期は12年4月6日と同年5月17日。著書が出版された直後ということになる。つまり菅総理の著書の元本は、制作から販売委託、広告といった出版に関わる全てが政治資金からの支出で賄われていた可能性が高い。その支払いの総額は338万円余りにのぼる。

勿論、これは違法とは言えない。この著書の出版は政治活動だと主張することも可能かもしれない。しかし著書の販売、広告も政治活動かというと疑問だ。

そもそも「横浜政経懇話会」は政治活動のための団体であって、菅総理個人の財布ではない。仮にジャーナリストの私が著書を自費出版するとして、主宰するメディアの資金でその費用を賄うことは許されない。出版はあくまで自分事だからだ。それが公私のけじめだ。

菅総理はこのコロナ禍でも「自助」を強調している。まず自らで自らを助け、それが困難な時に共助、他からの支援を求めるという主張だ。その信念からすれば、自身の著書の出版は当然、自身の財布から出すべきだろう。

この点について「横浜政経懇話会」に電話とファクスで2月24日に取材を申し入れたが、回答の期限としていた3月5日になっても回答を得ることはできなかった。

それにしても凄いのは文藝春秋社だ。出版に際してその費用を一切自社で出していないことになる。そして菅政権が誕生するや、「新総理の原点」として新書にして売り出す。加えて、一連の菅総理の長男の絡んだ接待のスクープだ。まさに、商業ジャーナリズムの手本といった感じか。

政治資金収支報告書は、総務省か、それぞれの国会議員の選挙区の都道府県の選挙管理委員会に届けられ、3年間のみ閲覧が可能だ。このため、今回取り上げた2011年と2012年の収支報告書はそれらでは閲覧できない。このため、公益財団法人「政治資金センター」が収支報告書のデータベース化を行っており、今回取り上げた2011年と2012年の報告書は、公益財団法人「政治資金センター」のデータベースで確認できる。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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