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トランプよさらば

立岩陽一郎InFact編集長
(写真:ロイター/アフロ)

退任式の言葉

「我々は何かしらの形で戻ってくる(we will be back in some form)」

トランプ氏が大統領退任式で語ったこの言葉は、氏の狙い通り、アメリカ内外で大きく報じられた。それを踏まえてバイデン政権の今後に暗雲がたれこめているという識者の発言も多い。

しかし、現実はどうだろうか?物理的に戻ることは可能だが、その言葉が意味する大統領への再選は極めて厳しいと私は思う。以下、それについて説明したい。

少し1月20日の午前8時前(東部時間)に時間を戻してみよう。海兵隊が運用する大統領専用のヘリコプター「マリーンワン」がホワイトハウスの庭で待機を始める。そして、8時12分に大統領がメラニア夫人とともに現れ、記者団に話しかけた後にマリーンワンへ。

マリーンワンは8時17分に離陸。そして隣接するメリーランド州にあるアンドリューズ空軍基地に8時27分に到着。空軍基地はマリーンワンで直行すれば数分の距離だ。そこを10分かけて飛行するマリーンワンを見ていて、トランプ大統領が多少は感傷的になっていることを感じた。或いは、それはメラニア夫人の希望だったのかもしれない・・・しかし、どちらかの胸に「これが最後」という思いが去来していると見るのが自然だろう。

通常の大統領の交代がこうでないことは報じられている通りだ。私は2017年1月20日のトランプ大統領の就任式典を現地で取材したが、式典が終わって暫くしてマリーンワンの機体が飛び立ったのを自分の目で確認している。それにオバマ大統領とミシェル夫人が乗っており、大統領の交代時に行われる伝統行事だ。

トランプ大統領の冒頭の発言に話を戻す。この発言は何だろう。これは出演する番組でも問われたことだが、普通に考えたら共和党への警告だろう。自身の支持者が乱入した議会が、今、自身にとって極めて危険な存在になっており、共和党と言えども安易に心を許せる状況ではなくなっている。

2度目の弾劾裁判

1月6日のトランプ支持者による議会乱入事件はトランプ氏の弾劾に発展している。トランプ氏が弾劾裁判にかけられるのは二度目だ。2月8日には弾劾裁判が上院で始まると報じられている。

上院で審議の末に3分の2の同意を得れば大統領は有罪となる。100人いる上院議員で民主党と無所属が50人、残りの50人が共和党だ。つまり17人の共和党議員が同意しなければ有罪にはならない。因みにウクライナ疑惑に端を発する前回の弾劾時には共和党からは1人しか同意が出なかった。だから弾劾はトランプ氏の今後に影響を与えないと評する識者もいる。

しかし今回は状況が大きく異なる。共和党上院トップで党内でのトランプ大統領の最大の後ろ盾だったミッチ・マコーネル院内総務が「議会乱入事件の責任はトランプ氏にある」と明言しており、共和党としてトランプ大統領と決別すべきとの考えを周囲に漏らしているとも報じられている。

仮に有罪にならなくても共和党の多数が弾劾に同意するとなると、トランプ氏の4年後の再選という芽はかなり厳しくなる。それを見越してだろうが、トランプ氏は共和党とは別の政党の立ち上げにも言及している。しかし、それも容易ではない。

安泰とは言えないトランプ氏のビジネス

その理由は、自身のビジネスの状況にある。トランプ氏が自身のそのビジネスで必ずしも成功しているわけではないことは、実は大統領就任前から指摘されていた。ホテル、カジノ、ゴルフ場の経営などからなるトランプ・グループ(トランプ・オルガニゼーション)は傘下の企業を倒産させては復活するというのが本当のところだ。それについて問われた次男のエリック・トランプ氏が、「ロシアの銀行が融資してくれるので問題無い」と語っており、それがロシア疑惑の深淵であることは日本ではほとんど報じられていない。

そのグループ企業が更に厳しい状況に立たされている。約50社で構成されるグループの減益は40%にのぼると報じられている。

例えば、首都にオープンさせたトランプ・インターナショナルホテルは、2019年は4000万ドル以上あった売り上げが2020年は1500万ドル余まで下がっている。このホテルには私も最低料金の部屋に日本円で7万円余りを出して宿泊したが、部屋は狭くとても快適とは言えず、「これはトランプ氏に近づきたい人くらいしか利用しないだろう」と感じた。

そのホテルについては大統領就任前の資料故に、情報開示請求でその内容を確認することが可能だ。その記録によると、ホテルはドイツ銀行の融資で開業している。返済できなくなればドイツ銀行に経営権が移ることも明記されていた。

そもそもグループのドイツ銀行からの融資は不可思議なくらいに巨額だ。3億4000万ドルにものぼる。そのドイツ銀行は議会乱入事件を受けて、今後はトランプ・グループとの取引を取りやめるとも報じられている。仮にこれが事実なら、今後は融資条件の緩和も、追加融資も期待できない。ニューヨーク市がアイススケートリンクやセントラルパークの施設の業務委託契約を打ち切ったことより、私はドイツ銀行の判断の方がグループにとって深刻だと見ている。

バイデン大統領の仕事始めと4年前のトランプ大統領

さて、バイデン大統領は就任直後から大統領令を発して、WHO脱退手続きを停止。パリ協定への復帰手続きも開始。「アメリカ第一主義」を掲げて国際社会に背を向けたトランプ政権の政策を全て否定した。

その中に、イスラム教国からの入国制限を定めた大統領令の撤回が有る。この大統領令はトランプ大統領が最初に出したものだ。メキシコとの国境に壁を作るとの宣言とともに、後の白人至上主義者のトランプ支持に勢いを与えるものとなった。しかしこの大統領令は、差別的であると同時に、合理性を欠いていた。テロ対策を理由にしたが、対象となった7か国にはオサマ・ビン・ラディン師など911テロを主導或いは実行した人の出身国であるサウジアラビアなどが含まれていなかった。それはトランプ氏とサウジアラビアとのビジネス上の関係からの判断と見られ、結局、テロ対策の効果より「アメリカ第一主義」を掲げるための道具だった疑いが強い。

バイデン大統領が次々と大統領令を出す中で、報道対応もトランプ政権下とは大きく異なる状況となっている。就任式の直後に、ジェン・サキ報道官がホワイトハウスで記者会見を行い、「われわれ(政権とメディア)は意見が対立する瞬間もあるだろう。しかしわれわれには共通の目標がある。米国民と正確な情報を共有することだ」と述べた。

ではトランプ政権の最初の記者会見はどうだったか。後に辞任するスパイサー報道官が記者を集めて強調したのは、就任式に参加した人の数が過去最大だったというものだった。これはメディアが空中写真で参加者を示し、180万人近くが参加したとされるオバマ大統領の最初の就任式の半分程度と報じたことを批判する内容だった。私自身就任式に出ていて、ほぼ真ん中に位置するワシントン・メモリアルまでは人はおらず、仮にオバマ大統領の時が180万だとすると多く見積もって50万から60万程度だろうと感じた。もっとも、オバマ大統領の時の参加者も公式な発表ではなく、ホテル滞在者数や公共交通機関の利用者からの推計値だが。

因みに、このスパイサー会見について、大統領特別顧問のケリーアン・コンウェイ氏が「オルタナティブ・ファクト(もう1つの事実)」と語っている。それももう過去の話だ。

では、トランプ氏の大統領としての仕事始めは何だったか?私の当時の取材メモをひっくり返すと、CIAの視察となっている。これはトランプ大統領としては合理的な判断だった。と言うのは、前述のロシア疑惑をめぐって、疑惑を否定するプーチン大統領の発言をトランプ氏が信じると発言してCIAなどの情報機関との間に亀裂が生じていたからだ。

ところが、ここでトランプ大統領は歴史的な発言を残す。それが、「フェイクニュースを流すメディアはアメリカ国民の敵だ」というものだ。トランプ大統領は就任前の会見でCNNをフェイクニュースと罵倒するなどしており、ニューヨーク・タイムズ紙もワシントン・ポスト紙もテレビの3大ネットワークもフェイクニュース扱いとした。このCIAでの発言は、トランプ支持者がメディアを敵視する流れを作ったと言って良い。

バイデン政権の閣僚の承認が遅れていることが日本でも報じられているが、私は大事とは思わない。4年前のトランプ政権の時はもっと遅れていた。加えて世界中に派遣している大使に対してトランプ氏が自身の就任前、つまり1月20日前に離任するよう指示したため、長い間、各国にアメリカの大使がいない状態が続いた。また、局長級以上の空席は就任後100日経ってもいくつかで空席が続き、暫くは省庁が機能しない状況が続いた。当時、ワシントンのタクシーの運転手から、「例年ならこの時期に各国から代表団が来てかき入れ時なんだが、会議が無いので仕事が無い」とのぼやきが聞かれた。

トランプ氏の命運を握るタックスリターン

さて、今後のトランプ氏についてはあまり良い状況ではないと書いてきたが、今後についての注目が二度目の弾劾であることは間違いない。ここでは議会乱入事件が審議されるわけだが、ここでも日本の報道から欠けている事実を書いておきたい。それは、トランプ氏のタックスリターン=税務書類の開示だ。

このタックスリターンについてはYahoo!個人で再三にわたって書いてきたが、トランプ氏の資金の出入りの全てが書かれている。歴代大統領は開示しているが、トランプ氏は一貫して開示を拒否してきた。その一部がニューヨーク・タイムズ紙によって報じられ、巨額な借金の存在が明らかになっている。この記録は日本の国税庁にあたるIRS=米内国歳入庁が管理している。IRSは財務省の機関だ。

トランプ政権下では財務長官の判断でロシア疑惑を捜査する特別検察官の開示要求にも応じていないが、バイデン政権下では、当然、状況は大きく異なる。トランプ氏がドイツ銀行以外からどのような融資を受けているのか?過去に次男が語った様なロシアの金融機関からの融資が有ったのか?

そうしたことがこの弾劾裁判で明らかになる可能性は、前回より高くなっている。そして、それらが明らかになった時、共和党は完全にトランプ氏と決別することになるだろう。そしてその結果が弾劾有罪となれば、トランプ氏の政治生命は断たれることになる。

トランプ氏は弁護団の準備に入っている。当然だが、自身の今後の厳しさを最もわかっているのはトランプ氏本人だろう。

※トランプ氏がエアフォースワンでフロリダに戻った点については大統領の交代時の慣例として認められるという指摘を受け、その点を削除させて頂きました。アメリカの報道などから、トランプ氏が大統領在任中にフロリダに戻ることにこだわったという趣旨の内容を記事に入れていましたが、仮に大統領が交代した後でも、慣例としてエアフォースワンの機体を使うことは許されるということでした。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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