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安倍総理の「茶番会見」の真相を明かす官邸メモの存在 質問者、質問の順番も決まっている

立岩陽一郎InFact編集長
記者会見する安倍総理 視線の先にはプロンプター(写真:ロイター/アフロ)

3月5日の午後4時16分、「十分な時間を確保したオープンな『首相記者会見』を求めます」と書かれた署名キャンペーンが始まった。そこには、「まだ質問が有ります」と書かれている。

「十分な時間を確保したオープンな「首相記者会見」を求めます

これは、安倍総理が2月29日に新型コロナウイルス感染拡大防止策について35分余り行った記者会見のやり直しを求めるものだ。次の様に書かれている。 

安倍首相は「国民の皆さんのご理解とご協力が欠かせません」と訴えましたが、質疑に入ってからも事前に用意した原稿を読み上げるばかり。「なぜ全国一律の対応が必要と判断したのか」「ひとり親や共働きの家庭はどうすればいいのか」などについて十分な説明はありませんでした。約35分間のうち約19分間を一方的な冒頭発言に費やし、まだ質問を求めている人がいるにもかかわらず、官邸側はわずか5問で一方的に『終了』を宣言。説明責任を果たさぬまま、安倍首相は私邸に帰宅しました。立ち去ろうとする安倍首相に対し、「まだ質問があります」「最初の質問にもちゃんと答えられていません」とフリージャーナリストの江川紹子さんが上げた声は、国民・市民の率直な声です。

そして「早期に日本記者クラブを活用して、再質問も行える十分な質疑時間を確保し、雑誌やネットメディア、フリージャーナリストも含めた質問権を保障した首相記者会見」を求めている。

発信者は全国の新聞社の労働組合で作る新聞労連の南彰委員長だ。

南彰 新聞労連委員長
南彰 新聞労連委員長

賛同者は急激に増えている。それはこの記者会見の在り方に対して、多くの人が厳しい目を注いでいることを表している。

この安倍総理の記者会見は、国会でも取り上げられる異例の事態ともなっている。立憲民主の蓮舫議員が追及し、冒頭の南氏の文章にも出てくる江川紹子氏のことも取り上げられた。亀松太郎氏がそのやり取りを詳述している。

Yahoo!ニュース個人「安倍首相が国会で明らかにした『総理会見=出来レース』のメカニズム」(3月2日)

その中に興味深いやり取りがある。

'''蓮舫議員:記者との質疑をやり取りされたときに、総理は答弁原稿を読んでおられるように見えたんですが、これは事前に記者クラブの幹事社を通じて質問内容を確認しているんですか?

安倍首相:まず幹事社の方が質問されますので、その場合、詳細な答えができるように通告をいただいているところもございます。また、外国プレスの場合は、いくつかの可能性を示していただくこともあるわけでございますが、必ずしもそれに限られるものではないと、このように認識をしております。'''

注目したいのは、安倍総理が、「幹事社」については「詳細な答えができるように通告を頂いている」としている点と「外国のプレスの場合は」と語っている点だ。つまり幹事社は全社を代表しているので特別に事前のやり取りを行っているということだ。ただし、「外国プレスの場合」は、事前に出してもらうこともあるが、「必ずしもそれに限られない」という。

では、幹事社以外の日本の主要メディアはどうなのか?実は、幹事社と同様に事前に提出し、官邸側はそれを整理して答弁書を準備している。その証拠となる資料が次の写真だ。

総理会見に際して官邸が事前に作ったメモ(アジア・プレスのwebサイトから許可を得て掲載)
総理会見に際して官邸が事前に作ったメモ(アジア・プレスのwebサイトから許可を得て掲載)

これは15年9月30日(日本時間)に安倍総理がNYの国連で記者会見を開いた際に、一部の官邸クラブ所属記者に配られたメモを私が書き写したものだ。当時、アジア・プレスに提供した資料で、アジア・プレスの許可を得てここに掲載させて頂く。これは原本ではないが、内容は全く同じだ。黒塗りしている箇所には各社の記者の名前が書かれていた。

メモを見せてくれたのは当時の官邸クラブの記者だ。その記者によると、官邸広報室が事前のやり取りを踏まえて作成し、一部の記者に配ったものだという。書き写したのは、原本を掲載することで情報提供者が特定される恐れが有るからだった。それだけに慎重な扱いが必要だったが、こうしたメモの作成は通常行われていることだと話した。

メモには、日本のメディアの記者と外国メディアの記者が交互に5人記載されている。場所が国連だからだろうか、幹事社かどうかという区分けは無い。質問者の名前とともに、質問内容まで書かれている。そして、書かれた順番はそのまま質問する順番となっていた。最初がNHK、次がロイター通信、そして共同通信、アメリカの公共放送NPR、テレビ朝日となっている。

そして、この日の会見で異変が起きている。1番目のNHKの記者と3番目の共同通信の記者は書かれた通りの質問をし、安倍総理は事前に用意されていただろう答弁を読んで答えている。通常の総理会見の通りだ。

ところが、欧米の記者にはそれは通じなかった。ロイター通信の記者は最初はメモに書かれた通りアベノミクスについて問い、安倍総理はここでは用意された答弁を答えている。ところがロイター通信の記者がここでメモに書かれていない質問を追加で行う。シリア難民への対応だった。安倍総理は一瞬慌てた素振りを見せたが、ここでは難民問題全体に対する取り組みについて触れて事なきを得ている。そして直ぐに広報官が引き取っている。

本当の異変はNPRの記者の時に起きた。NPRの記者は最初はメモの通り、アメリカ軍の普天間飛行場移設問題を質問。これに対して安倍首相が準備された答弁をしている。そして、広報官がテレビ朝日の記者に振ろうとした時、NPRの記者が続けざまに、辺野古への移設後に環境汚染が起こらないと保証できるのかと畳みかけたのだ。前回の原稿で書いた「二の矢」だ。

ここで不思議なことが起きる。安倍総理が用意されていない筈の答弁を読んだように見えるのだ。推測だが、これは誤って次のテレビ朝日の記者のために用意された答弁を読んでしまったのかもしれない。慌てる広報官。そして、会見はテレビ朝日の記者の質問無しに打ち切られている。

会見に出席した欧米メディアの記者の中に私の知人がいた。その記者の話では、その場にいた欧米の記者は憮然とするしかなかったという。事前に質問を出すということは欧米の取材でも有るが、その前提として、事前の質問に縛られないという不文律が有るという。このため、ロイター通信もNPRも事前に質問を出したが、提出していない質問もすることは可能だと考えている。また、一度の質問で納得のいく回答を得られなければ、続いて質問する。それが記者会見での当然のルールだという認識が有る。

その結果、この国連での安倍総理の会見は官邸クラブの「常識」とは異なるものとなってしまったわけだが、それが安倍総理の蓮舫議員への答えの、「外国プレスの場合は」、「必ずしもそれに限られるものではない」につながっているのかもしれない。

前回の記事で私が公表したのは、幹事社が作成した質問案だった。新型コロナウイルス拡大防止の総理会見を茶番劇にした官邸と官邸記者クラブの愚(3月2日)それが書かれた書面が官邸側に事前に提出されることを、朝日新聞が国会での安倍総理と蓮舫議員とのやり取りを報じた3月3日の記事で明らかにしている。

ただ、この事前の提出が幹事社質問に限った話ではないことは、上記の官邸作成のメモからわかる。官邸側は全てを把握して、指名する順番まで決めている。これでは江川紹子氏が指される筈が無い。

私の前回の記事への感想で多く寄せられたものは、事前に用意された答弁を読むだけなら総理大臣は誰でも務まるという不満の声だった。特に、今回の会見は、人々の生活に大きな影響を与える新型コロナウイルスへの対策を安倍総理が「責任ある立場として判断」したものだ。その決定のための専門家会議も開かず、安倍総理が自ら決断したとは、安倍総理自身の説明だ。そうであるならば、その答弁が事務方の用意したものであっては、その趣旨と矛盾する。どのような角度からの質問についても自分の言葉で堂々と説明すべきだろう。

NHKはこの記者会見を「総理自らが説明」と報じたが、本来はそうすべきだが、この会見はそうではなかった。国民はもとより日本に住む全ての人、そして各国が日本の最高責任者が自ら語る言葉を求めていた筈だ。

冒頭に紹介した新聞労連の署名は当初予定した1万を上回るのは確実となっている。ここで、南委員長の声明が官邸だけでなく、実は報道各社にも向けられていることは強調しておきたい。次の様に書いている。

国民・市民の疑問を解消できない記者会見のあり方には、内閣記者会に所属する報道機関側にも国内外から批判が向けられています。日本記者クラブでのオープンで十分な時間を確保した記者会見が実現するよう、各報道機関が首相官邸に要請し、その立場を広く社会に表明するよう求めます。

新聞労連が身内である報道各社に対して声明を出すのは極めて異例だ。

南氏は朝日新聞の政治部記者だ。かつては官邸記者クラブに所属したこともある。委員長の任期が終わったらまた朝日新聞の政治部に戻ることになる。その南氏が、今動き出している。集まった署名を総理官邸だけでなく、報道各社に送るという。

この記事を読んだ方に言いたい。是非、この動きに賛同して署名して欲しい

そして、官邸記者クラブの記者、主要メディアの幹部に言いたい。南氏を見捨ててはいけない。私を含め、多くのジャーナリストは彼を見捨てることはない。多くの人が、南氏の動きに賛同している。その現実を見つめて正しい選択をして欲しい。今がその時だ。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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