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黒田征太郎80歳が日韓の「壁」を「みんなで越えよう」と訴えるその思い

立岩陽一郎InFact編集長
友人のキム・ドクスの演奏に合わせて描く黒田征太郎(黒田征太郎提供)

その昔、世界中を緊張させた壁。それは人々を対立させ、壁の向こうに敵意を抱かせ、そして自由な往来を禁じた。それは冷戦の象徴だった。ドイツを東西に分断した象徴、ベルリンの壁だ。それを超えようとして殺害された人も多い。

その壁は巨大なコンクリートの塊を横につないでできていた。冷戦が崩壊して東西ドイツが統一される過程で壁は撤去された。壁に若者が昇ってつるはしで壊す場面は、今も冷戦の終わりを象徴する場面としてテレビで放送されている。その壁の残骸の大きな塊が大阪の中心部にあることは、あまり知られていない。

観光客でごった返すあべのハルカスから徒歩5分のところにある統国寺。その境内の一角に、その巨大な壁の一部は静かに訪れた人々に当時の状況を語りかけている。人の背をはるかに越える高さは、その壁の当時の役割をも伝える。銃痕だろうか。ところどころ、何かを撃ち込まれてできたような穴があいている。

壁かぁ

そのコンクリートの壁を触りながら、黒田征太郎が語り始めた。

統国寺に移築されたベルリンの壁に触れる黒田(撮影:筆者)
統国寺に移築されたベルリンの壁に触れる黒田(撮影:筆者)

「昔、アメリカで生活していた時、ベルリンに行ったんですよ。すごい緊張感でした。その壁が今、大阪にあるなんて、驚きですね」

黒田は壁を触り続ける。

壁をこえるものって・・・なんだろう

その「こえる」が、「超える」なのか「越える」なのか、それを他人が問えるような雰囲気ではない。壁を見つめて、自問自答している姿は強いエネルギーを放っていた。

黒田は今年80になる。世界でその絵が評価されるイラストレーターが、来週末に、大阪であるイベントを開催しようしている。

ナンジャン」と黒田が言った。

「漢字では乱場と書くんです」

韓国語で、混とんとした場を表す言葉だという。なぜ韓国語なのか?この「ナンジャン」は黒田が、友人で韓国民族打楽器の第一人者であるキム・ドクスと二人で考えたものだからだ。つまり、日韓の友情のイベントと言えるものだ

そこでキムは音楽を奏で、それに合わせて黒田が描く。ライブペインティングだ。ベルリンの壁を前に黒田が「壁をこえるもの・・・」と言葉にしたのは、その場で何を描くかを考えてのものだ。

実は「ナンジャン」は30年前に一度、黒田とキムによって行われている。1989年、大阪の梅田で行われた。その時、そのイベントを「ナンジャン」と名付けたのはキムだった。「すべての命のカオスとコスモが同時にある場所」だとキムは話した。

その30年前の「ナンジャン」には作家の野坂昭如や中上健次も関わり、宇崎竜童や都はるみ、原田芳雄などもボランティアで参加して話題となった。

中上は生前、「ナンジャン」について次の様に書いている。

「黒田征太郎、キムドクス、中上健次。つまり美術と音楽と文学。さらに細密化すれば、色彩、線、平面、立体。リズム、メロディー、調和、反調和、舞踏、声。言語、詩、散文、演劇、映画。三者が背負ったものを業苦と形容するか。愉悦の源泉と言うか・・・人として在ることの誇り。共に生きることの悦び。ここに<ナンジャン(乱場)>が存在する」。

会場の統国寺は伝統ある韓国寺だ。在日コリアンの崔無碍(チェ・ムエ)住職は、黒田に会って、会場として使わせることを認めた。ライブペインティングに合わせて境内でお好み焼きの屋台が出てビールがふるまわれる。由緒ある寺では異例のことだ。

住職の心を動かしたのは、黒田が語った言葉だった。

「僕はアメリカに18年くらいいて、アメリカが好きで、アジア人なのにアメリカ的な絵を描いてきたんです。それがある時、そうじゃないんじゃないかと気づかされる絵に出合った。それが韓国の絵だったんです」

以来、韓国の文化と積極的に交わるようになり、そうした中で、キムとの交流が生まれたと語った。黒田は韓国にも行ったが、北朝鮮にも行っている。それを絵本にもしている。黙って頷く住職を見つめて黒田が語り続けた。

僕は鳥を描くのが好きなんです。鳥って、どんな壁も越えるじゃないですか。人は壁にはばまれる。でも、鳥は壁を越えますよね

住職には住職の思いが有った。それを口にした。

日韓関係がこれほどひどくなって、本当に残念です。こういう状況は変えないといけません

それに黒田が応じた。

僕は5歳の子を見ると、その子が二十歳になった時の時代を考えるんです。これは野坂昭如に言われたことなんです。今、5歳の子を見て、その子らの二十歳の時が明るいものとは思えません

住職の気持ちと黒田の気持ちが一つになった。そして住職が言った。

「黒田さん、私とあなたは同じ問題意識を持っています。どうぞ、この寺をお使いください。私もできるだけの協力をさせてもらいます」

崔住職の説明に耳を傾ける黒田(撮影:筆者)
崔住職の説明に耳を傾ける黒田(撮影:筆者)

こうして11月2日、「ナンジャン」の開催が決まった。場所は大阪の統国寺。キムの妻で韓国民族舞踊の第一人者、キム・リエも舞を披露する。キム・リエは在日コリアンでもある。「ナンジャン」は日本、韓国、そして在日コリアンの思いを結集させたものになる。

住職との話が終わったのち、黒田は言った。

多くの人に集まって欲しいね。みんなで壁をこえるんだ

それは「越える」でもあり「超える」でもある。そしてそれは、黒田征太郎、80歳の挑戦でもある。

「ナンジャン」の開催は以下の通り。

 日時: 11月2日 午後3時半開場、午後4時開演

 場所: 統国寺(大阪市天王寺区茶臼山町1-31)

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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