ルポ 訪朝から考える金正恩政権の狙い(2)

板門店で状況を説明する朝鮮人民軍の中佐(撮影:筆者)

今年訪朝した際の体験から、金正恩政権が何を目指しているのかを考えるシリーズ。2回目は、ITに力を入れる姿と、朝鮮人民軍の軍人に見える変化。この記事は拓殖大学海外事情研究所の季刊誌「海外事情2019 9・10」に寄稿したものに一部加筆、修正して掲載している。掲載については同研究所の許可を得ている。(立岩陽一郎)

IT重視の強調

訪朝時の視察先は、1回目に書いた通り、先ず在日本朝鮮人総連合会(総連)に希望を伝える。それを朝鮮対外文化交流協会(対文協)の日本局とで調整して決まる。拉致被害者に関係する施設なども希望するが、それは簡単に了承されない。

つまり私が視察できる場所は、対文協も問題ないと考えるか、或いは、率先して見てもらいたいと考える場所となる。それは言い換えれば、金正恩政権が見せたいと考えている場所とも言える。

今回の訪朝で保育士と小学校教諭を要請する平壌教員大学を視察したのも、その文脈で考えると興味深い。これは私が希望したものではなく、対文協の方で調整してくれたものだ。

そこでは学生たちが、CGを駆使した授業の進め方を学んでいた。ある教室では、前方で1人の学生が踊っていた。脇には大きなモニターが置かれ、その画面の中で子豚のCGキャラクターが踊っている。学生と子豚の動きはそっくりだ。

センサーで動きを読み取りCGに反映させるソフトを使ったお遊戯の授業(撮影:筆者)
センサーで動きを読み取りCGに反映させるソフトを使ったお遊戯の授業(撮影:筆者)

これは、学生の動きをセンサーで読み取って、同じようにキャラクターを動かす仕掛けだ。他に子熊やタヌキなどのキャラクターが見られた。子供たちに楽しくお遊戯をしてもらうためのソフトで、学生らが開発したという。また、子供たちに幼いころから先端技術に親しんでもらう狙いもあるという。

デジタル映像上の「砂場遊び」を通じて幼児に学習させる授業も研究されていた。実際の白い砂が敷き詰められた砂場に、朝鮮半島の地図がCGで描かれている。学生が朝鮮半島の海岸線の外側の部分の砂を掘る。すると、その部分のCGは水色に変わって、間もなくそれは海の画像になった。金剛山の近くには砂を盛る作業をすると、そこに山の画像が現れた。海や山といった地形の概念や、母国の大まかな形などを子供に無理なく覚えさせるための工夫で、これも先端技術を体得してもらうためだという。

白砂の上にCG画像が投影され、砂の形状に応じてCGが変化(撮影:筆者)
白砂の上にCG画像が投影され、砂の形状に応じてCGが変化(撮影:筆者)

大学の責任者は、「これらは全部、学生たちが作ったソフトです。試験的に幼稚園児たちを招き、遊んでもらっていますが、皆、大好きになってくれます」と話した。その真偽はここでは議論はしない。ただ、こうしたことからも、金正恩政権の目指す方向性は見える気はする。やはりIT技術の強化ということだろう。

奇妙な体験もした。ある教室で、学生がCGの画面に向かって授業をしている。画面ではCGで描かれた小学生の男女が教室で先生に、つまり我々に向いて座っている。

「小学生らはAIです」

そう説明された。つまり人工知能に向かって教師役の学生が授業を行うのだという。私にはこの授業の意味するところは理解できなかったのだが、更に理解が困難だったとのは、責任者の次の説明だった。

「ここを金正恩委員長閣下が視察に来られた際、この小学生らが涙を流して歓迎しました」

は?対文協が通訳してくれた言葉に、思わず聞き返した。

「金正恩委員長がこの部屋に来られたということですね?」

「はい」

「すると、この画像の子供たちがいきなり涙を流して出迎えたということですか?」

それについては対文協が再度責任者に尋ねた。対文協も半信半疑だったのかもしれない。

「ネェ(はい)」。

責任者は自信満々で答える。考えてみれば不思議なことではないのかもしれない。金正恩委員長の存在があらかじめプログラムされているということなのだろう。この国の状況を考えれば驚くことではないが、先進技術を求める姿と厳格な政治体制の混在した姿を見せられた気がした。

優遇される科学者

未来科学者通りを視察する機会もあった。この通りは、金策工業総合大学や金日成総合大学の研究者が優先的に住む街として整備されたもので、広い道路の両脇にいくつもの高層マンションが立ち並んでいる。その一つ、64階建てのマンションの1室を見せてもらった。そこは金策工業総合大学の教授の住居ということで、ご夫人が家の中を案内してくれた。

広々としたリビングの奥左にダイニングスペース、手前右に行くと夫妻の寝室と教授の書斎があった(撮影:筆者)
広々としたリビングの奥左にダイニングスペース、手前右に行くと夫妻の寝室と教授の書斎があった(撮影:筆者)

家は200平米以上あり、夫婦二人と息子夫婦の4人で住んでいるという。ソファーや大型テレビなどが揃えられており、特権的な生活を享受していることは明らかだった。幸せそうに家の中や夫のことを語ってくれる夫人に、「これだけの生活ができるということは、逆にプレッシャーも感じませんか?」と尋ねてみた。すると、笑顔で、「ええ、国家の為に頑張らねばならないと思っています」と話した。

笑顔で取材に応じた教授夫人(撮影:筆者)
笑顔で取材に応じた教授夫人(撮影:筆者)

こうした状況をどう見れば良いのだろうか?ある人は、私に家を紹介した夫人は実際の教授夫人ではないと考えるかもしれない。平壌教員大学の授業も、外国人向けのただのパフォーマンスだと指摘するかもしれない。勿論、それに答える材料を私は持ち合わせていない。そうかもしれないし、そうではないかもしれない。

ただ、私にはそれはどちらでも良いことのように思う。つまり、実態がどうであれ、少なくとも金正恩政権下では、IT技術を強化することが尊重され、工学系の研究者が特権的な待遇を与えられていることが内外に紹介されているということだ。これは間違いない。つまり、そこに金正恩委員長の狙いを見て取ることは可能だろうと思う。

板門店で感じた軍人の変化

この訪朝でもう一つ感じたのは、平壌市内で軍事的なスローガンが目立たなくなっていたことだ。私自身は一度も見ることが無かった。多くが、「自立強盛」や「科学技術強国」といった標語を掲げたものだった。これは、IT強化という側面と関係しているのかもしれない。去年は、陸海空の軍人がこぶしを振り上げるようなポスターがいたるところに掲げられていた。

独裁政権は国の外に常に脅威を設定する必要が有ると言われるが、金正恩政権は逆に国内で緊張緩和に向けた演出をしているのだろうか?仮にそうだとすると、それは二度にわたる米朝会談を受けたものなのか?取り敢えず、板門店に向かった。

板門店を北側から見る(撮影:筆者)
板門店を北側から見る(撮影:筆者)

板門店は去年に続き2度目の訪問だ。軍事境界線の手前の要塞の様なコンクリートに囲まれた施設で域内に入る手続きや朝鮮人民軍の説明を受ける。これは去年と同じで、ヨーロッパや中国からの観光客が土産物屋を物色しているのも去年と同じだった。ただ、売られている物が以前よりも魅力的になっていた。たとえば、国旗の絵と「Pyongyang」の文字が刺繍されたキャップ帽やTシャツ。美しい朝鮮の女性を描いた絵ハガキなども置かれている。いずれも観光地にありがちな土産物かもしれないが、前回訪れた際にはそうしたものが置かれていた記憶が無い。外国からの観光客を念頭に置いた品ぞろえといった印象を持った。

軍事境界線の説明に立ったのは朝鮮人民軍のファン・ミジョン中佐。興味深かったのは、ファン中佐が淡々とした状況説明に終始していたことだ。

朝鮮人民軍のファン・ミジョン中佐(撮影:筆者)
朝鮮人民軍のファン・ミジョン中佐(撮影:筆者)

去年は、説明役の大尉が「卑怯なる帝国主義者の米軍は…」などと、米軍にしきりと罵倒語を冠して話していたが、今回は単に「米軍は…」だけだった。淡々した説明に終始していたという印象に、意外な感じがした。

ファン中佐が「安全のためにご一緒します」と言いながらマイクロバスに乗り込んできた。傍らに、ヘルメットとサングラス姿の部下を伴っている。

中佐も部下もピストルを携帯していなかった。それを尋ねると、「ええ、昨年までは(軍事境界線で)軽武装が許されていましたが、今は非武装ということになっています。我々はピストルも持っていません」と話した。韓国軍も対応は同じだと説明した。

まず、案内されるのは、1953年の朝鮮戦争休戦協定が議論された建物だ。続いて、協定が締結された建物に入る。この流れは、1年前の訪問時と同じだ。ここでの説明については、ファン中佐の説明も去年の大尉の説明も大きな違いは無かった。2人とも、「米国は事実上の敗北を認めたくなかったために『休戦』とした」と説明したのだ。

ただし、その後の私の質問に対する答えが去年と大きく異なった。

──最近、金正恩委員長が米国と首脳会談を行うなど、対米交渉を進めており、その結果、名実ともに朝鮮半島に平和が実現する可能性が生まれています。

「金正恩元帥閣下は明快におっしゃっています。『米国との第3回首脳会談が取り沙汰されているが、我々の自主権を実現できないような会談には興味はない』と」

──では、仮に米国との交渉が決裂すれば、朝鮮人民軍は米軍と戦うのですか?

この質問に対する中佐の次の答えは次のようなものだった。

「もちろん、我々はいつでも(戦う)準備をしています。ただし今、我々は新しい平和な歴史のために努力しています。もし我々が米軍と戦うという決断をしていれば、すでに戦争になっているはずです」

この答えには通訳をした対文協の担当者も驚いていた。中佐は私とその担当者に向かって、「さあ、次は展望台に行きましょう」と促すと、マイクロバスに向かった。

ファン・ミジョン中佐は取材に応じた(撮影:筆者)
ファン・ミジョン中佐は取材に応じた(撮影:筆者)

展望台から見る景色は1年前とほぼ同じだった。軍事境界線をまたいで、青色と銀色のカマボコ型の建物が並んでいる。その先に韓国の展望台。しばらくすると、その展望台から韓国軍の兵士が数人出てくるのが見えた。遠目に、彼らもピストルなど銃器を携帯していないことが見て取れた。その後から視察団らしき集団も出てきた。

この場が緊迫した現場ではないとまでは言わない。恐らく、双方ともどこかで重武装の部隊が隠れて待機しているのだろう。しかし、表向きは緊張とは無縁な状況を見るに、少なくとも金正恩政権は、緊張緩和を演出したいと考えても良いのかもしれない。

アメリカと仲良くすることは良いこと

それは、朝鮮戦争で米国に勝利したことを祝うための「祖国解放戦争勝利記念館」でも感じた。ここには朝鮮戦争で米軍が置き去りにした戦車、戦闘機などが展示されている。案内してくれたのはすらりとした宝塚歌劇団の男役の様なチョン・ウンヘ上尉。上尉という階級がどういうものなのかはわからなかったが、尋ねると軍人になって4年目だと話した。幹部学校を出て4年と考えると、アメリカ軍の尉官、少尉から大尉のどこかの位だろうか。

チョン・ウンヘ上尉
チョン・ウンヘ上尉

この記念館の最大の展示物は朝鮮人民軍に捕獲された米軍のスパイ船「プエブロ号」だ。船内にも入ることができる。チョン・ウンヘ上尉の案内で内部を見て回った。

一通り彼女の説明をしたのち、「あなたは今、米軍を朝鮮人民軍が撃破してきたという歴史を語ったが、今、米朝は対話を始めています。それについてはどう思いますか?」と尋ねてみた。

彼女は一瞬戸惑った表情を見せたが、直ぐに短く答えた。

「アメリカと仲良くするのは良いことだと思います」

それは極めて短い言葉だったが、金正恩委員長の考えを端的に述べているように感じられた。

(続く)