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「北朝鮮は核を手放せない。しかし最大の脅威は生物化学兵器」 韓国軍元将軍が実名で告発

立岩陽一郎InFact編集長
北朝鮮の「聖地」白頭山でポーズをとる韓国の文大統領夫妻と北朝鮮の金委員長夫妻(写真:代表撮影/Pyeongyang Press Corps/Lee Jae-Won/アフロ)

アメリカのトランプ大統領は、北朝鮮の金正恩委員長との二度目の会談が来年1月か2月に開かれるとの見通しを語った。韓国の文在寅大統領も年内に南北首脳会談をソウルで開催する意欲を示している。北朝鮮の非核化の実現に向けて、南北対話、米朝対話が進んでいるかのように見える朝鮮半島だが、60年以上にわたって北朝鮮軍と対峙してきたのが韓国軍だ。その韓国軍の元将軍が実名で、韓国軍から見た現状についての懸念を語った。

(撮影:鈴木祐太)

変わらない北朝鮮軍の脅威と「危険な状況」

「韓国軍としては、今は危険な状況だと見ています」

韓国ソウル市内のホテルで梁世保(ヤン・セボン)元韓国陸軍准将(58歳)は固い表情でそう語った。

梁元准将 (撮影:鈴木祐太)
梁元准将 (撮影:鈴木祐太)

流ちょうな日本語なのは、自衛隊幹部学校に派遣され、日本の韓国大使館で武官室に勤務した経験があるからだ。准将とは大将、中将、少将に次ぐ4番目の高位にある将軍だ。現在は、韓国軍の研究機関である「韓国軍事問題研究院」で北朝鮮軍の動向を研究している。

元将軍が言う「危険な状況」とは、どういうことか。

「韓国の防衛政策には3つの柱がある。先ずは韓米同盟。そして自主的な防衛体制。三番目は国民の防衛に対する支持。今は韓米同盟が崩れつつある。更には国民の支持も得られない状況。いろいろな面で防衛政策に穴が出ている」

トランプ大統領は在韓米軍の撤退に度々言及し、米韓合同軍事演習も中止や規模の縮小といった状況が続いている。

「米軍がいなければ韓国は守れません。それは日本も同じでしょう」

なかなか聞けない韓国軍の本音だ。北朝鮮軍は強いのだろうか?日本では食事も十分に摂れていないといった状況が伝えられているが。

「兵力を比べる時、2つのカテゴリーがある。戦車や航空機、艦船、砲といった武器。これを我々は対象戦力と呼ぶ。これは数値で比較ができる。ところが、核などの大量破壊兵器、電子戦、精神力などは数値化できない。これを非対称戦力と呼ぶ」

梁元将軍はこう説明した後、次の様に続けた。

「この対称的な戦力については1970年頃まで北朝鮮が韓国を上回っていたが、1980年代の経済成長で韓国軍の方が上回るようになった」

つまり、戦車や航空機、艦船といった比較では韓国軍は北朝鮮を上回っているという。しかし、その結果、北朝鮮が力を入れたのが非対称戦力だったという。

議論されない北朝鮮軍の生物化学兵器

「核兵器、サイバー攻撃、そして精神力といった面に北朝鮮軍は力を入れた。核兵器を見れば一目瞭然だが、こうした非対称な戦力では北朝鮮は韓国軍を上回っている」

梁元将軍は、ここで特に恐れているのは生物化学兵器だと明かした。

「韓国にとっての最大の脅威は生物化学兵器。我々韓国軍は北朝鮮に対して、生物化学兵器を廃棄するよう言ってきたんです。でも、今は人々の注目は核兵器にあつまり、議論にさえなっていない。だから仮に核兵器が廃棄されたとしても、もっと怖いかもしれない生物化学兵器は残る。そうした状況を考えれば、北朝鮮は怖い国でしょう」

実際に、金正恩委員長の兄である金正男氏の暗殺にも使われた生物化学兵器。韓国軍が最も恐れるのには理由が有る。

「この生物化学兵器への対処では、在韓米軍が大きな役割を担っている。現状で仮に米軍が撤退すれば、韓国軍だけでは十分な対処は難しい」

仮に生物化学兵器が使われた際、その規模にもよるが、それに即応できる化学防護部隊は米軍が質量ともに保持している。梁元准将は詳細を語ることはできないとしたが、仮にそうした状況が生じた際には米軍の化学防護部隊が生物化学兵器を無力化した上で、韓国軍が反撃するというシナリオが描かれているようだ。

国民の支持とは何か?これについては口を濁したが、文政権の進める南北融和策が国民の支持を得ていることから現在行われている徴兵制などへの批判が出ていることのようだ。

「政治の対話が進むのは良いことですし、韓国人も世界のメディアもそれを支持しているでしょう。でも、北朝鮮軍は実際には地上部隊を後方に下げているわけでもないし、軍の規模を縮小しているわけでもない」

「何も変わってない」と強く言った。

空挺旅団長当時の梁元准将 (梁元准将提供)
空挺旅団長当時の梁元准将 (梁元准将提供)

北朝鮮は核兵器を廃棄できない

米朝で話し合われている核廃棄についてはどうだろうか。梁元准将は、北朝鮮が核を手放すのは容易ではないという韓国軍の見方を示した。

「北朝鮮の核開発は、歴史的に見れば金日成主席のころから始まって3世代にわたって続いてきた。飢饉で食料不足が深刻な時期もずっと続けられている。そう簡単に北朝鮮は核を手放せない。仮に、北朝鮮が核兵器を失えば、今の金正恩の独裁政治は維持できないでしょう」

仮に、金正恩委員長が核廃棄を進めようとしても、その周辺が必ず止めるという。

「金正恩委員長は、自分だけだったら米国と直ぐに妥結できるかもしれない。しかし、自分の下で政権を支える人が、我々の分析では、軍部や政府に200人くらいいる。彼らの意見を無視して、核兵器を廃棄して交渉を妥結させるのはなかなか難しい」

トランプ政権への不信感

トランプ大統領への懸念も隠さなかった。

「トランプ大統領の安全保障、政治は、全てアメリカ優先主義です。経済的な面でのみ、世界を見ている。韓米関係も同じです。核廃棄を主張するのも、経済的な面ですよ。金正恩委員長との会談は、世界の平和のためというのは勿論、ある程度は有るでしょうが、トランプ大統領の頭の中ではアメリカの利益、経済的利益、あとは中間選挙での共和党の勝利、そして次の大統領選挙での自分の再選のためでしょう。この北朝鮮の核兵器の交渉はそのためのものですよ」

それは前述の生物化学兵器について見ればわかるという。

「トランプ大統領の北朝鮮の交渉の中に、生物化学兵器は入っていない」

北朝鮮の生物化学兵器の脅威はアメリカ本土に及ばないからだ。自身にとってプラスにならないことはやらないという点は、トランプ政権の発足から半年間をアメリカで見てきた筆者にはよくわかる。

米朝の核の交渉について、梁元将軍はある事実を明かした。

「我々韓国軍は北朝鮮の核施設については情報を持っていない。CIAの報告を読む限りでは、アメリカ軍も持っていないと見て間違いない」

更に説明を続けた。

「北朝鮮の核兵器はプルトニウムから始まったわけですけど、今はウラニウムを原料として開発している。このウラニウムの施設はまだ把握していない。よく寧辺(ヨンビョン)の施設がニュースになるが、これはプルトニウムの施設。ウラニウムの施設はまだどこにあるのかわからない」

これまでの北朝鮮による核施設の爆破は、「ただのショー」と言い切った。

厳しい応酬が続く南北軍事会談

一方で、朝鮮半島で対話が進むことは歓迎すべきことであることは間違いない。南北軍事会談も再開されている。南北軍事会談のメンバーだった経験を持つ梁元准将は、しかし軍事会談は首脳会談の様な打ち解けた雰囲気ではないと語った。

「北朝鮮軍の原則は、先ずは自分の言いたいことを言って直ぐに席を外す。次に、自分が望む目標は二倍、三倍くらいふっかけて主張する」

例えば、現在は軍事境界線をはさんで南北がそれぞれ2キロにわたって作っている非武装地帯については、「韓国側は3キロ後退して欲しい。しかし我々は山があるから1キロにとどめる」などと主張したという。

「少しでも相手より有利な条件を得ようとする」のだという。

韓国軍もそれを熟知しているので、軍事会談での両者の関係には距離があるのだという。ただ、第三次南北首脳会談で、軍事合意書をとりまとめたという報道が有った。これについてはどうなのだろうか。

「そういった合意書は、今まででも、私が知っているだけでも、665回くらい会談して、250くらい合意、ほとんど同じ。北朝鮮は一回も守ったことないです。勿論、北朝鮮も韓国に対してそう言うでしょうけど」

つまり、双方、あまり合意に縛られていないのだという。韓国軍と北朝鮮軍との間に信頼関係を醸成するのは容易ではないということかもしれない。北朝鮮は、朝鮮戦争を現状の休戦状態から終戦に持っていきたいとしている。これに当初は乗り気だったトランプ大統領だが、現在は難色を示している。これについて梁元将軍は、韓国軍、米軍の双方からトランプ政権に対して進言が有ったと話した。

「朝鮮戦争の主体は、我々が韓国軍と米軍を軸とした国連軍で、相手が北朝鮮軍と中国軍だった。朝鮮戦争が終結すれば、それを理由に米軍及び国連軍が韓国に駐留する理由は失われる。それが北朝鮮の狙いであることは間違いない。表面的には終戦宣言で南北が平和的にやりましょう、お互いに威嚇をしない方が良いと言うでしょう。しかし、彼らの狙いは、米軍の撤退にある。米軍がいなければ、米軍を軸とした国連軍で守る韓(朝鮮)半島の安全保障の体制は崩れるでしょう」

アメリカ軍の存在で保たれている安定

そこが正に、トランプ政権に対する懸念なのだという。

「早く終戦宣言、協定を結べば、アメリカ政府と北朝鮮は、お互いにとって国益になるかもしれません。しかし、韓国は、危なくなるでしょう」

そして、それは日本の安全保障にも関わると話した。

「好むと好まざるとに関わらずアメリカ軍がこの地域にいることによって、この地域の安定は保たれている。そしてそれが日本の安全にもつながっている。我々はもっと気を付けて今の動きを見ないといけない」

厳しい現状認識を語った梁元将軍だが、韓国軍としても文在寅政権の意に反するような「冒険的」な行動をとることは無いという。

「政治的な対話が信頼醸成を生むことは有るでしょう。韓国軍も韓(朝鮮)半島の平和と安定、そして民主主義を求めていることは間違いありませんから」

韓国軍と自衛隊の協力関係

最後に、韓国軍と自衛隊との協力関係について水を向けてみた。従軍慰安婦をめぐる動きや徴用工をめぐる裁判などで日韓関係は厳しい状況にある。梁元将軍は知日派として知られ、自衛隊にも知己は多い。本人は多くを語らないが、それが原因で日本と距離を置く政策をとった朴槿恵政権時に退役した(2014年)との指摘も有る。

「自衛隊との協力は、今の日韓両国の国民感情ではまだまだ限定的にならざるを得ないが、日韓米が協力しないと、今の東北アジアの安定がまだまだですから。日本と韓国は民主主義の価値を共有するし、理性的になれば、韓日は価値を共有する。韓国軍と自衛隊は協力する関係を強化していくでしょう」

最後の一言は韓国の知日派軍人の願望にも聞こえたが、南北対話、米朝対話の成り行きを注視しつつ、日韓関係にも配慮すること。それが求められていることは言うまでもないだろう。

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InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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