Yahoo!ニュース

次々に内幕が暴露される米トランプ大統領はどうなるのか

立岩陽一郎InFact編集長
大統領専用機エアフォース・ワンから手を振るトランプ米大統領(写真:ロイター/アフロ)

「伝説的」とも形容される新聞記者、ボブ・ウッドワードがトランプ政権の内幕を描いた「Fear」が話題だ。大統領は小学5、6年の理解力しかないと発言した高官の姿などがリアルに描かれている。はたして、この本はトランプ政権の今後にどのような影響を与えるのか。

ボブ・ウッドワード記者について説明するのは、そう簡単ではない。40年以上前の新人記者時代に当時のニクソン大統領を失脚させるウォーターゲート事件で活躍した話は今も米ジャーナリズムで語り継がれている。映画「大統領の陰謀」で有名なこの話は、俳優ロバート・レッドフォードから、「自分たちの仕事を、1人称で、つまり自分たちを主人公に描いたらどうか?」と持ち掛けられたのが原作「All The President’s Men」になったとされる。

映画は大成功をおさめるが、あの映画に登場しない実際に頑張った記者やデスクからは強い反発を招き、その後、ワシントン・ポスト紙はゴタゴタが続いたという。

一方で、この映画はその後の米国のジャーナリズムの規範となる調査報道を描いたとして評価され、今も大学のジャーナリズム・スクールで教科書的に使われている。そこで出てくる「ディープスロート」は、当時流行したポルノ映画のタイトルからつけられたものだが、今では、「信頼できる匿名情報源」の代名詞となっている。

ウッドワード記者はその後、ワシントン・ポスト紙で編集幹部になるが、私がワシントンにいた2010年には現場の記者に戻っていた。その時、ジョージ・ワシントン大学で行われた講演で、彼が語った言葉が記憶に残っている。

「私はポスト(ワシントン・ポスト紙)から月に1ドルしかもらっていません。そのかわり、私は本を書くためにポストのリソースを使って自由に取材をすることが許されています。有難い話だと思っています」

条件が1つ有るのだと明かした。

「本を出す際には、その内容についてポストに書くことになっています」

その時も、著書「OBAMA’S WARS」を出した時で、その内容のエッセンスがワシントン・ポスト紙のトップを飾っていた。

この時期、彼に対する批判も出ている。その批判につながる言葉を、実はその場で私が引き出している。

≪  関連記事 トランプ政権誕生間近の米首都でジャーナリストの追悼式 ≫

当時、政府内の資料をハッキングされて流失するウィキリークス事件が大きな話題となっていた。私がこれについてウッドワード記者の見解を問うたところ、彼は次の様に答えた。

「彼らの入手した文書は、私が常日頃見ている政府高官のメモに比べれば大したものじゃない」

その言葉はメディアで報じられ、結果、「ウッドワード記者は単に政権中枢にコネを持つだけの人間だ」という批判が生まれる。「あいつは結局、インナーサークル(政権の仲間)であって、ジャーナリストじゃない」といった批判さえ出た。

その批判は今も実は根強くある。ただし、そのコネを最大限に利用して、政権の内幕を伝えているという点、伝えている内容が事実だという点についての評価は変わらない。

そして、その「Fear」の内容だが、ウッドワード記者自身が明かした条件であるワシントン・ポスト紙の記事(9月4日付)から読むと、それなりにインパクトが有る。先ず、大統領自身が捜査の対象となっているロシア疑惑についてのやり取りが目を引く。

この疑惑については、繰り返しYahoo個人に書いているが、最大の焦点は、トランプ大統領がFBI長官のジェームズ・コミー氏を解任したことが司法妨害にあたるか否かだ。そして、捜査を指揮するロバート・モラー特別検察官が求めているのは、トランプ大統領の事情聴取だ。

≪  関連記事 ロシア疑惑 トランプ大統領の事情聴取へ向けた攻防が最終局面  ≫

これについて著書では、当時のトランプ大統領の顧問弁護士のジョン・ダウドが、予行演習をやろうとして最後に諦めるところが描かれているという。ワシントン・ポスト紙によると次のようになっている。

「ジョン・ダウドは、もしトランプ大統領が特別検察官の事情聴取に応じれば、偽証するだろうことを確信させられた」

ダウドがモラー特別検察官から投げかけられるだろう質問を出したところ、トランプ大統領は直ぐに冷静さを失い、「これはでっち上げだ」と叫び、「証言はしない」と言い放ったという。開始から僅か30分しか経っていなかった。

ダウドは「あなたが事情聴取に応じれば、(偽証罪で)刑務所行きは免れないでしょう」と言い残して弁護士を辞任している。この大統領はまともに物事を整理して話すことができないということだ。

そうしたエピソードは主要閣僚についても描かれている。

大統領の側近中の側近である首席補佐官のジョン・ケリー氏が会議で語ったという言葉は痛烈だ。

「彼(トランプ大統領)は馬鹿野郎だ。彼に何かを説明するなんて意味が無い。常軌を逸している。我々はクレージータウンの中にいる。私は我々がなぜここにいるのかさえわからなくなる。これまででこんなにひどい仕事を経験したことはない」

これが首席補佐官の発言だ。日本で言えば、官房長官である。安倍総理が菅官房長官から陰でこう言われるなど、想像できるだろうか?

一貫してトランプ大統領を支えてきたジェームズ・マティス国防長官が何度も切れかかっているというエピソードも出てきている。その1つは、その死去(8月25日死去)が大きく報じられたジョン・マケイン上院議員についてのやりとりだったという。

マケイン議員がベトナム戦争で捕虜となったことは知られるが、なぜかトランプ大統領はそのエピソードに難癖をつけたがるところが有り、マティス長官や軍の高官との食事の席でマケイン議員は「意気地なしだ」と語ったという。その理由として、マケイン議員が米軍の高官だった父親の力を使って捕虜交換話をベトナム側に持ちかけたからだと言いだした。

これについてマティス長官は、次の様に言ったという。

「大統領、それは違います」

≪  関連記事 米有力紙 金正恩氏を「狂人扱い」する危険性を指摘~トランプの米国とどう向き合うか? (53)  ≫

そして、マケイン議員が早期の解放を拒否して5年間捕虜となりその間、拷問にも耐えていたことを説明。それについてトランプ大統領は、一言、「OK」と言っただけだったという。大統領に苦言を呈するマケイン議員をトランプ大統領が面白く思っていないことは有名な話だが、嘘までついて相手を傷つけようとする大統領を、軍の高官はどう見ただろうか?

ここで、この本の内容で私自身、理解が不足していた点に気付かされたのは、在韓米軍の役割だ。この在韓米軍については、私自身は北朝鮮の陸上兵力に対したものなので朝鮮戦争が終結するとなれば、その存在意義は無くなると理解していた。

しかし、どうやらそう簡単ではないようだと思わせる記述が有る。

マティス長官が切れるきっかけのもう1つがそれで、在韓米軍の撤退を平気で口にするトランプ大統領に対して次の様に説明したという。

在韓米軍は北朝鮮の弾道弾を7秒で解析する能力を持っているが、これをアラスカに展開している米軍に肩代わりさせようと思ったら、弾道弾の発射から15分後にしか解析ができない。

それでもトランプ大統領は理解しなかったという。大統領と別れたマティス長官は側近に、「小学5年、6年の理解力しかない」と絶望的に語ったという。

これは重要だ・・・と私でも思うが、それでもトランプ大統領は理解しなかったというから、これは大変だと誰もが思うだろう。

その結果、マティス長官はどうしたのか?

シリアで化学兵器が使われたとされる問題に激怒したトランプ大統領が、マティス長官に電話で、アサド大統領を殺害しろと命じ、マティス長官は「そうします」と応じる。しかし電話を切ったマティス長官は側近に、「何もしなくて良い」と伝えたという。つまり、言わせるだけ言わせておくということだ。

これもYahoo個人で何度も書いてきたが、安倍総理の周辺や一部の有識者とされる人の中には、トランプ大統領とその政権に対して高く評価する人がいる。何度も書くが、少しは冷静に見た方が良い・・・これは何度でも書いていかねばならない。

≪  関連記事 総選挙に突入の安倍総理が犯した国連演説での過ち ≫

では、こうした内容の本が、トランプ大統領の支持率の低下を招くのかという点についてはどうだろうか。これは誰もが最初に思うことだろう。それについては否定的な見解を持つ人が多い。

その理由は簡単だ。トランプ大統領についての最近の支持率は36%、不支持率は60%(ワシントン・ポスト紙&ABCテレビ調査)だ。コアな支持層が30%は存在すると見られており、下がるところまで既に下がっているというのが大方の見立てだ。

また、トランプ大統領の支持者は、先ずもって本を読まないというジョークの様な指摘も有る。特に、トランプ大統領が再三にわたって批判しているワシントン・ポスト紙の記者が書いた本など読まないと言って、言い過ぎでは無いだろう。

一方で、政権の運営についてはどうだろうか?確度の高い情報として大統領の愚かさが公になるのは、これまでの党派性を帯びた政権批判とは少しレベルが異なる。

米国は、この11月6日に中間選挙を迎える。私が注目するのは、全ての議員が改選を迎える下院議員だ。現状では共和党が235議席、民主党が193議席(欠員7)。下院は大統領弾劾の手続きに入る権限を持っている。トランプ大統領批判がヒートアップすれば、民主党の候補は盛り上がるだろう。

また、こういう見方もできる。トランプ大統領の支持者は読まなくても、共和党の候補者はこのウッドワード記者の本を読むだろう。そうなると、仮に共和党が過半数を維持したとしても、結果的に、弾劾手続きに入ることを了承する力になる可能性は有る。

それはウッドワード記者が最初にその名を知られるようになったウォーターゲート事件で実際に起きたことだ。この時、共和党も大統領の弾劾手続きに入る構えを見せざるを得なくなり、結果、ニクソン氏は弾劾手続きが始まる前に大統領の職を辞している。

このウッドワード記者の「Fear」とは「恐怖」という意味だが、なぜこの本のタイトルが「恐怖」なのか?ウッドワード記者は著書のタイトルを、大統領選挙時に取材した際の、当時は候補者だったトランプ大統領が語った言葉からとっている。その時、トランプ大統領は次の様に話したという。

「本当の権力とは、本当は使いたくない言葉だが、恐怖なんだよ」

しかし、その「恐怖」を使っても、既に人の口に戸は立てられなくなっている。

≪  関連記事 トランプ米大統領は窮地に立たされていないのか?トランプ政権を妄信する日本 ≫

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

立岩陽一郎の最近の記事