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大統領とのずれが露呈する米国務長官を否定的に報じる日本のメディア

立岩陽一郎InFact編集長
目を合わすことも少なくなった大統領と国務長官(写真:ロイター/アフロ)

「ティラーソン長官にもガバナンスの問題はあるんです」

17日の朝のテレビ番組で元外交官の岡本行夫氏がそう発言していた。ガバナンスとは統治能力という意味だろう。その根拠として、国務省幹部の多くがまだ任命されていないことを挙げた。

米トランプ政権が発足して間もなく1年になる中で、降ってわいたように出てきた大統領とレックス・ティラーソン国務長官とのずれ。北朝鮮政策をめぐってティラーソン長官が無条件での対話に言及したために、日本でもクローズアップされ始めた。

しかし2人の間に溝が生じていることが露呈したのは今に始まったことではない。イランとの核合意や温暖化防止のパリ協定など、国際的な合意を反故にする姿勢を示す大統領に対して、ティラーソン長官は当初から異論を唱えていた。因みに、それはマティス国防長官も実は同じだ。

ティラーソン国務長官の言動について、ワシントンで取材する公共放送NPRのデスクは次の様に話す。

ティラーソンは国務省の予算を30%削減するトランプの案にも反対していたが、当初は大統領に正面切って反対することは閣僚としてすべきではないと考えていた。しかし、このままこの大統領の意のままに動くことが米国の国益にならないと考え始めたようだ

では、ティラーソン長官は辞任するのか?

「辞任はしないが、解任は覚悟しているというのが大方の見方だ。あとは、ホワイトハウス次第だろう」

不可思議なのは日本の報道だ。岡本氏の発言のような内容は新聞でも書かれている。つまりティラーソン国務長官は国務省内からも反発が有るというものだ。ここは整理しておいた方が良いだろう。

先ず、国務省高官で政治任用とされる次官補などのポストの多くが空席なのは事実だ。しかし、これをそのまま国務長官の責任としてしまうのは極めてミスリーディングだ。その任命権者はトランプ大統領であり、審査をしているのはホワイトハウスだからだ。

この点については過去にもYahooニュースに書いているが、簡単に何が起きているか書いておく。ホワイトハウスが、過去にトランプ大統領を批判した発言をしている人を登用しない方針を決めており、そのため任命が遅れているというのが事実だ。一度任命されて仕事を始めたものの、その後に過去の発言が判明して解任されたケースもある。

特に外交の専門家とされる多くの識者がトランプ大統領の候補者時代の外交政策を批判しており、自薦、他薦の多くが失格となってもおかしくない。つまり、その任用の遅れがティラーソン長官の責任だとは言えないのだ。

これもあまり日本では報じられていないようだが、トランプ大統領は米国を弱くしたのは歴代政権とその政権を支えてきた国務省だと考えている。このため、大統領就任の1月20日より前に全世界の大使を解任している。その一人がケネディー駐日米国大使で、引き継ぎさえせずに慌ただしく帰国したのを記憶している人も多いだろう。

トランプ政権で解任が噂されるのはティラーソン国務長官だけではない。当初は最大の盟友とされたジェフ・セッション司法長官も解任説が根強い。その理由は、政権の行方を占うロシアゲートの捜査を、身体をはって止めなかったというものだ。トランプ政権とは、そういう側面を持った政権だということは知っておいた方が良い。

気になるのは、岡本氏にしろ日本の新聞の報道にしろ、情報の根拠を明示していないことだ。誰かが意図的にトランプ大統領を擁護するような情報を流しているのだろうか?

トランプ政権の今後は北朝鮮への対応を例に出すまでもなく、日本に大きな影響を与える。我々は少し冷ややかな目で、この大統領を見なければならない。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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