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元側近の捜査協力で動き出すトランプ米大統領への捜査

立岩陽一郎InFact編集長
訴追されたマイケル・フリン氏(写真:ロイター/アフロ)

モラー特別検察官の凄いところは、連邦検察官を退官して巨額の富を得られる立場の有力弁護士をごっそりと捜査チームに引き入れたところだ。彼らは数百万ドルもの年収を手放して関わるわけだから、捜査は徹底して行われるのだろう

米国ジャーナリズム界の大御所の一人で、現在、アメリカン大学でジャーナリズムを教えるチャールズ・ルイス教授はそう語った。

ルイス教授の話を裏付けるような展開だ。12月1日、ロバート・モラー特別検察官の捜査に、トランプ米大統領の国家安全担当特別補佐官だったマイケル・フリン氏が罪を認めた。FBIの捜査に対して嘘の証言をしたというものだ。

公表された訴追資料などから見て、フリン氏の捜査協力はトランプ政権は勿論、トランプ大統領自身にとっても極めて深刻な事態が起こりえる。トランプ大統領自身が捜査対象になることがほぼ間違いない状況となったからだ。

フリン氏はトランプ政権発足前の去年12月に駐米ロシア大使と接触した際、オバマ政権による対ロシア制裁に対して報復を行わないよう求めたとされる。当時、オバマ政権はロシアによる大統領選挙への関与への対抗措置として大使館員の国外追放などが検討されていた。これに対してロシア政府は報復措置を明言していたが、実際に制裁が科された後、プーチン大統領は報復を行わないことを明言、大統領就任前のトランプ氏はプーチン大統領を賞賛している。

訴追資料からは明確ではないが、少なからぬ米国人が、ロシア政府が報復をしなければトランプ政権が制裁を解除するとの確約をしていたのではないかと疑っている。フリン氏のロシア大使との接触が明らかになった際、NBCテレビのキャスターは、一連の流れを説明した上で、「そう考えるのが自然ではないか?」と口にしている。仮にそうだとなると、その指示を出せるのは制裁を解除する権限を有する人物ということになる。ここが、この問題の根幹であり、今後の捜査の核心となる。

トランプ大統領は、そのフリン氏を捜査していたFBIのジェームズ・コミー長官に捜査を止めるよう求め、それが聞き入られないとわかった後に解任している。仮にフリン氏に指示したのがトランプ氏だったとなれば、極めてわかりやすい構図となる。そして、トランプ大統領の行為は司法妨害ということになる。

公共放送NPRのデスクは、捜査がトランプ大統領に及ぶのは避けられないとの認識を語った。

「なぜコミーFBI長官を解任したのか?その問いに答えを出せるのはトランプだけだ。すでに、モラーはコミー前長官から十分な資料を得ているとの情報もある。モラーはその方向で捜査を組み立てているとみてよいだろう。大統領による司法妨害は許されざる行為だ」

勿論、大統領には免責特権があるので、モラー特別検察官はトランプ大統領を訴追することはできない。しかし、司法妨害が認定されると、議会は弾劾の手続きに入る可能性が高い。与党共和党の議員と言えども、特別検察官の捜査結果を無視することは難しい。議員としての資質が問われる行為だからだ。

仮に弾劾の手続きに入ったとしても弾劾されるか否かは議会の判断となる。しかし、プライドの高いトランプ大統領はウォーターゲート事件で辞任したニクソン大統領と同じ選択をするのではないかと見る米国のジャーナリストは多い。ニクソン大統領は、議会が弾劾の手続きに入る前に辞任している。

12月1日は、本来、トランプ大統領にとって勝利を宣言すべき日だった。トランプ大統領の悲願だった税制改革法案が議会の上下両院で通ったからだ。法案の調整作業は残っているものの選挙公約の実現に一歩近づくことになる。法人税を引き下げるその法案の賛否は別として、トランプ政権にとっては初めての成果と言える。しかし、フリン氏の事態を受けて、トランプ大統領は記者会を開くどころか、メディアの質問から避けざるを得ない状況に追い込まれている。

今後について問うとルイス教授は次の様に答えた。

「モラーはなぜ優秀な元連邦検察官を連れてこられたか?彼は、『歴史に刻まれる事件だ』と言ったんだ。歴史に刻まれる事件は、過去においてはウォーターゲート事件だ。つまり、モラーはすでに、このロシアゲートがそれに匹敵する事件だと認識しているということだ」

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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