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トランプ米大統領のアジア歴訪を報じる日本の報道は信用できるのか?

立岩陽一郎InFact編集長
ベトナムでプーチン大統領と話し込むトランプ大統領 (写真:ロイター/アフロ)

「ホワイトハウスは真っ青だ」

長い付き合いの米公共放送NPRのデスクはスカイプ画面の向こうで言った。アジアでの取材歴も長いベテランだ。

あと数時間でトランプ大統領が韓国議会で演説を行うというタイミングで、演説について尋ねようとしたら、いきなりの言葉だった。

しかし、ホワイトハウスが真っ青な理由はトランプ大統領の韓国での言動や日本での振る舞いに対するものではなかった。

「バージニアとニュージャージーの知事選で軒並み民主党が勝った。特に、バージニアは接戦で共和党が勝つと見られていただけに、政権のショックは大きいだろう」

トランプ大統領の足場が急速に崩れ始めているということだ。つまり、トランプ大統領は今回のアジア歴訪で成果を出さなければならない。

では、北朝鮮対策で大きな前進を狙っているのか?日本のメディアは今回のトランプ歴訪は北朝鮮対策が主要な議題だとしている。しかしNPRデスクは、北朝鮮では得点は稼げないと言い切った。

「正確には北朝鮮を餌に、貿易不均衡の是正で得点を稼ぐということだろう。北朝鮮対策で大きな成果が直ぐに出るとはトランプも思っていない。何とか低支持率を挽回したいトランプにとって、本音は経済だよ」

支持率は、訪日直前にワシントン・ポスト紙とABCテレビが行った調査で37%。現在と同じ形の調査を始めて以降、最も低い支持率というのが両社の説明だ。それに追い打ちをかけた知事選挙での敗北で、来年選挙を迎える下院議員のトランプ離れが起きる可能性もある。まさに、ホワイトハウスが真っ青になる事態ということだ。

しかしNPRのデスクに言わせれば、選挙での敗北が無くてもトランプ大統領はアジア歴訪を経済的な利益を上げる場に位置づけていた筈だという。

「中国でも見ていたら良い。恐らくボーイングの飛行機を大量に買えと圧力をかけることになる」

その後の公式発表で米中は2500億ドルの商談を成立させて日本のメディアを驚かす。

そしてその日の午前11時過ぎ、トランプ大統領が韓国議会で演説を始めた。前半は朝鮮戦争以後の米韓の同盟を誇り、韓国の経済発展を称え、加えて自分の会社が運営するゴルフ場で開かれた全米女子ゴルフ選手権で1位から4位を独占した韓国選手の活躍に拍手を送った。

北朝鮮については「地獄だ」と評し、かつてない最強の軍隊となった米軍がいつでも対応できると言及しつつ、一方で、「地獄から抜け出す道を用意する」とも述べ、基本的には、「全ての選択肢がテーブルにある」とした従来の主張を繰り返すものとなった。

ところが、日本のメディアはそうは伝えていない。朝日新聞は、「米の強さ北朝鮮に発信」と題して、「演説の大半は強い口調だった」と伝えた。この記事についてNPRデスクに伝えると、「その記事を書いた記者は違う演説を聞いていたのではないか?」と驚いた。

「演説には目新しい話は何もなかった。北朝鮮問題は直ぐには動かない。つまりトランプにとって今得点を稼げないと踏んだ以上、踏み込むような発言をする必要はないということだろう」

それは、このNPRのデスクの印象というだけではない。この演説を「トランプ政権の北朝鮮政策を示す最も重要なもの」と位置付けていたCNNも、「トランプは演説をamicableに行った」と伝えた。訳しにくいが、少なくとも「威嚇」や「強い口調」の逆の意味であることは間違いない。

その後に行われた米中会談では、「朝鮮半島の非核化で一致した」ということを大きく扱う日本のメディアが多かったが、これは以前からの両国のスタンスを改めて確認したに過ぎない。トランプ大統領のアジア歴訪の主題が北朝鮮対策であるとの先入観から脱しきれないメディアが翻弄されていると言っても言い過ぎではないだろう。

もう1つ気になる記事があったので前掲のNPRデスクに尋ねてみた。

「わかった。シンゾーが言うなら」と題したトランプ大統領の訪日に合わせた新聞記事だ。ここで、トランプ大統領が如何に安倍総理を信頼しているかをエピソードとして展開している。例えば、「(トランプ)大統領は側近にも言わないことを安倍首相に相談することがある」という米政府関係者の発言が紹介されている。

NPRデスクは強い違和感を示した。

「ここで言う『側近』という意味がわからない。なぜならトランプにはそもそも外交上のアドバイスをしてくれるような『側近』などいないからだ。そんなことはホワイトハウスの人間でも、国務省の人間でも知っている」

勿論、記事が、日米の蜜月をアピールするために事実に基づかない情報を伝えているとまで言うことはできないだろう。しかし、この程度の話を書くのに情報源が「米政府関係者」という極めて曖昧な表現というのも気になる。

実は、今回のアジア歴訪でNPRデスクが唯一、北朝鮮への対応で注目していた出来事があった。ベトナムでのトランプ大統領とロシアのプーチン大統領の会談だ。

「ロシア政権との奇妙な友好関係が疑惑となっているトランプにとって、ロシアを通じて北朝鮮に何かしら働きかけができれば一石二鳥だ。『ほら見ろ、プーチンは俺の言うことを聞いてくれたじゃないか』と疑惑に対する悪印象を薄めることができる」

アジア歴訪はトランプ大統領にとってビジネスマン大統領の本領発揮の場であり、そこで成果を上げることは支持率の低迷とともに身内共和党のトランプ離れを食い止めるためには不可欠。そして、その為の最大の餌が北朝鮮となる。但し、プーチン大統領との会談だけは、本気で北朝鮮への働きかけを要請する。それは疑惑となっている自身とロシアとの近しい関係に正当性を与える・・・そういう話となる。

当然、そうした内容を伝える日本の報道は無い。北朝鮮対策については、トランプ大統領が首脳同士が極めて親密な同盟国を足がかりに、韓国、中国とわたって話し合われたことになっているからだ。しかし、そもそもそれが事実なのかどうかも、正直言うと怪しい。残念だが、日本のトランプ報道は疑って見た方が良い。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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