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総選挙ファクトチェック 野党にも事実と異なる発言

立岩陽一郎InFact編集長
日本維新の会の松井代表と希望の党の小池代表(各党のHPから)

総選挙での各党代表の発言について事実関係を確認するファクトチェックを行っているNPO「ニュースのタネ」が調べたところ、日本維新の会の松井一郎代表が繰り返している「大阪では4歳から高等学校まで無償化している」との発言は、事実ではなかった。また、希望の党の説明にも事実と認めるには不確かな内容が含まれており、各党代表には発言の確認と説明が求められる。

ファクトチェックは、政治家の発言やメディアの情報について真偽を確認する取り組みで、今回の総選挙について複数のメディアが実施している。

ニュースのタネは既に安倍総理の解散会見についてファクトチェックを行っておりYahooニュースで発表している。今回は野党の代表の発言について事実関係の確認を行った。

大阪では4歳から高等学校まで無償化している?

その1つは、日本維新の会の松井一郎代表の発言だ。松井代表は、10月10日の総選挙公示日の第一声で、「幼稚園の4歳、5歳、そこから高校の私学まで実質、無償化してるのは大阪だけです。それだけのことはできるわけです。これは実行してきたということなんです」と語っている。そして、消費税の引き上げに反対した上で、消費税を引き上げずとも役所の支出を見直すことで教育の無償化は可能だとしている。

日本維新の会・松井一郎代表(日本維新の会HPより)
日本維新の会・松井一郎代表(日本維新の会HPより)

この発言について大阪府の他、大阪市、堺市などについて調べたところ、以下のような状況であることが判った。

4歳、5歳の幼稚園、保育園の無償化を実施している大阪府内の自治体は、大阪市、守口市だけだった。これに5歳児の無償化をしている門真市を加えても3市のみだった

私立の小中学校については特別な取り組みは行っておらず、国の施策として所得に応じて年間一人当り10万円の補助があるのみだった。

一方、高等学校については、所得に応じて無償化を行っており、公立高校に通う生徒の85%で授業料の無償化が実施されていた。また、私学に通う生徒の5割で授業料の無償化が実施されていた。

松井代表の発言は、自らが知事を務める大阪府がこうした施策を行っているかのような印象を与えるものとなっているが、幼稚園、保育園の無償化は大阪市、守口市、門真市の独自の予算で行われているものだった。また、私立の小中学校については前述の通り国の予算で行われており、高等学校の公立高校の無償化も国の施策で行われたもので、大阪府の予算からまかなわれたものではなかった。私立高校の無償化のみ、大阪府の予算で行われていた

これらから、松井代表の発言は実態を全く反映しておらず、「事実ではない」と判定せざるを得ない。松井代表が大阪府知事としてこれらの情報を把握する立場にあることを考えると、意図的に事実と異なる発言を行っていたと受け止められかねず、丁寧な説明が求められる。

内部留保300兆円は事実か?

さらに、希望の党からの発言についても確認を行った。小池代表は、10月6日に東京都内で記者会見を開き、希望の党の公約を発表。その席で公約担当の責任者として後藤祐一前議員は次のように発言している。

希望党の党の小池百合子代表(東京都のHPより)
希望党の党の小池百合子代表(東京都のHPより)

「消費税増税凍結については、では財源をどうするのかということについては、われわれは逃げるつもり、ございません。資本金1億円以上の企業の内部留保というものが300兆円ぐらいある。これに対して課税をすることで、代わりの財源にしていく、こういったことも提案させていただいております」

安倍総理は消費税の引き上げによって得られる5兆円強を少子高齢化のために使うとして、その信を国民に問うために解散を行ったとしている。小池代表のこの発言は、この「5兆円強」について大企業の内部留保に課税することで得られるとしたものだ。これによって消費税の引き上げそのものを凍結できるとしており、自民党との対立軸を形成する重要なポイントとなっている。

では、この「資本金1億円以上の企業の内部留保」の「300兆円ぐらい」というのは、どういうものかファクトチェックを行った。

財務省がまとめた法人企業統計の去年の数値をみると、「利益剰余金」という項目がある。その中で、金融・保険を含む数値を見つけた。その中の資本金1億円以上を足し上げると、308兆円という数字が出てきた。

財務省主税局で法人税を担当する税制3課に問い合わせた。

「企業の内部留保という統計はありませんから、恐らく、その308兆円という数字について語っているのだろうと思います。それ以外に該当するような数字はありません」

安倍総理は消費税の引き上げで5兆円強の税収があるとして、そのうちの4兆円を教育の無償化を含む少子化対策にあてるとしている。300兆円もの資産であれば、仮に1%税率でも3兆円の税収が入る計算だ。魅力的なものに見えることは間違いない。

再び、財務省主税局税制3課に取材した。308兆円の内部留保というのは、課税が可能なものなのだろうか?

「新たに法律を制定するということになりますから、国会で議論をしていただくことになります。ただし、308兆円はあくまで数字上のものであって、その資金が企業に貯められているわけではないので注意が必要です」

どういうことだろうか?

「これは会計上の数字であって、仮に企業が設備投資をして資金を使っていても減価償却分程度が資産から減らされるだけで、この数字に反映されないんです」

つまり、数字に記載されている308兆円がそのまま手付かずで企業に残っているわけではないということだ

「内部留保300兆円」の発言は選挙の公約の説明で行われているもので極めて重要なものだが、それを裏付けるものは十分に示されていない。有権者に過度な期待を抱かせる可能性もあり、この発言については、「事実と認めるには不確かな要素がある」と判定せざるを得ない。

ファクトチェックとは、発言について事実か否かを確認する作業で、それぞれの発言の妥当性を検証するものはもない。また、各党の政策の是非を検討するものでもない。

ニュースのタネは今後も与野党を問わず各党代表の発言を注視していく。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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