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互いを必要とするトランプ大統領と金正恩氏 米朝関係の深層

立岩陽一郎InFact編集長
休暇先からホワイトハウスに戻るトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

15日、北朝鮮の金正恩氏が、「米国の様子を見守る」と発言したことが報じられた。これを意外なことのように受け止めるメディアが多いが、自然な流れだと理解しておいた方が良い。トランプ政権は北朝鮮にとって対話できない相手ではないからだ。寧ろ、トランプ政権が元気な方が金正恩氏にとって都合が良いくらいだろう。なぜなら、双方が相手を必要としているからだ。

以下、その理由を述べたい。

先ず、トランプ大統領は基本的に、強権的且つ非民主的な指導者に対して寛容なスタンスをとっている。ロシアのプーチン大統領、イスラエルのネタニヤフ首相、フィリピンのドゥテルテ大統領などへの友好的なスタンスがそれだ。それは、金正恩氏に対しても変わらない。怒りをぶちまけたような批判をツイートすることもあるが、会談を希望する発言もしているし、評価するような発言もしている。

ドイツのメルケル首相との握手を頑なに拒否したトランプだが、金正恩との握手は拒否しないだろう

これは冗談交じりだが、ワシントンで言われている話だ。

また大統領と閣僚とで発言が異なる点が指摘されているが、北朝鮮の体制変更を求めていないという点では一貫している。例えば、「国民を飢えさせて核開発やミサイル開発を行っている」といった批判はしていない。つまり、挑発的な発言を繰り返しているように見えて、北朝鮮の体制に関わる発言については極めて抑制的だ。

これは従来の米政権とは大きく異なる。当然、それは北朝鮮も見ている。つまり、トランプ政権は金正恩政権にとって交渉できない相手ではない。

その前提の上で論を進めると、トランプ政権にとって内政と北朝鮮政策がリンクしていることも注視する必要がある。内政での行き詰まりが無視できない状態になっていることは、公約だった医療保険制度改革は全く動かせず、もう1つの公約である税制改革も道筋が見えないことから明らかだ。上下両院で自身の共和党が過半数を占めているにも関わらず、である。

また、当初から懸念されていた人種差別への対応の鈍さなどから、頼みの経済界からも距離を置かれる事態となっている。

来年に控えた中間選挙を考えても、トランプ大統領が自らの求心力の低下を懸念せざるを得ない状況に来ている。そこでトランプ政権が北朝鮮政策に目を向けるのは当然で、それが一連のトランプ大統領の挑発的とも言える発言につながっていることは間違いない。

では、トランプ政権は北朝鮮を先制攻撃できるのか?米国で朝鮮半島を研究している専門家の多くは否定的だ。理由は常識の範囲だが、敢えて書き出すと以下のようになる。

●北朝鮮の反撃で少なくともソウルは多大な被害を受けることが予想される

●ソウルの被害の状況によっては世界経済が混乱する恐れが有る

●その場合、韓国国内で反米意識が高まることが懸念される

●それが米国内の韓国系団体を動かし、トランプ政権への批判が更に強まることが予想される

日本ではあまり指摘されていないが、そもそも北朝鮮の大陸間弾道弾は韓国にとっての脅威ではないという事実もある。国務省でアジア政策を担った元米外交官は、先制攻撃はできないとする根拠を次の様に話す。

「(北朝鮮の)大陸間弾道弾の開発は米国を意識したものだ。だから、仮に米国が先制攻撃を行った場合、韓国国民の受け止めは、米国は自分を守るために軍事力を行使したということになる。その結果として韓国内で死傷者が出た場合、怒りの矛先は北朝鮮にではなく、米政府に向かうことは間違いない」

元外交官は、外交的な解決方法以外には道はないと話した。では、なぜトランプ大統領は挑発的な発言を繰り返すのか?元外交官は次の様に解説する。

「トランプ大統領にとって北朝鮮に核開発、ミサイル開発を止めさせれば・・・少なくとも一時的にせよ止める環境を作れば、外交上の大きな得点となる。しかし、それを米国内での支持率の上昇につなげるには、米国民にこの問題の深刻さを理解してもらう必要がある」

つまり、困難な問題を解決したとアピールをするには、トランプ大統領は自ら緊迫した状況を演出しなければならないということだ。

「残念ながら、北東アジアの緊迫した状況は、多くの米国民にとって遠い話だ。我々外交官はそうしたことに関わらずに取り組むが、トランプ大統領はそれでは我慢できない。もう少し関心を高めたいというのがトランプ大統領の思惑だろう」(元外交官)

トランプ政権には厳しい現実が突きつけられている。発足1年にもならない段階で弾劾の可能性が指摘される極めて稀な政権だ。いわゆるロシアゲートだ。その捜査は水面下でかなり進んでいると言われており、「弾劾」「失脚」といった言葉が常についてまわる。

そして、ここに金正恩氏の側にトランプ政権と交渉せざるを得ない理由がある

仮に、トランプ大統領が失脚した場合、大統領にはペンス副大統領が就任する。このペンス氏は伝統的な共和党の保守強硬派だ。ペンス政権となれば、北朝鮮に体制変更を迫り、金正恩政権を軍事的に包囲する政策を進める可能性が高い。北朝鮮が望む交渉相手ではなく、そうした事態は絶対に避けなければならない。その為には、ギリギリのところでトランプ大統領に花を持たせる可能性は高い

トランプ政権は今年2月の段階で、非公式ながら北朝鮮外交部との接触を画策したことがあったと指摘されている。これは外交問題を専門とする民間のシンクタンクであるNCAFPを通したもので、金正男殺害事件を理由に国務省がビザの発給を取りやめた為に実現しなかった。しかし、このシンクタンクは北朝鮮と米政府との交渉のバックチャンネル的な活動をしてきたことが知られており、引き続き、交渉の窓口となっているとの指摘もある。今後も注目する必要がある。

不思議なのは、日本の識者の発言だ。特に、北朝鮮専門家の間で、米国が先制攻撃をする可能性が高いと言及するケースが多々見られる。評論は自由だが、少なくとも米国の事情を知ってから発言すべきだろう。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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