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FBI特別検察官に長官経験者を任命 ロシアゲートの捜査の独立を担保する狙い

立岩陽一郎InFact編集長
捜査の独立を維持できるかが問われているFBIの本部

米司法省は、長官が解任されたFBIに、一連のロシアゲートを捜査する特別検察官にコミー前長官の前任のロバート・モラー氏を任命。全権を委ねるとした。

(参考記事:フリン氏の辞職でトランプ大統領が犯人捜しを指示)

任命は司法省のロッド・ローゼンスタイン副長官によって行われ、既にホワイトハウスに通知されているという。ローゼンスタイン副長官は当初、ホワイトハウスがFBI長官を解任する進言をした人物としていた。これにローゼンスタイン副長官が極めて強い不快感を示したことが伝えられている。

ローゼンスタイン副長官はハーバード大学ロースクール時代に「ハーバード・ロー・レビュー」誌の編集長を務めるなどもしており、司法権の独立に極めて強い意識を持っていることで知られる。モラー氏に捜査の全権を与えることにしており、これによってトランプ大統領が新長官の任命でFBIに影響力を行使するのを阻止する狙いもあると見られている。

特別検察官に任命されたモラー氏は72歳。911事件の直前にブッシュ大統領によってFBI長官に任命され、オバマ政権の途中まで任期を2年延長して12年間にわたってFBI長官を務めた。モラー氏はブッシュ政権時代に、情報機関が令状なしに盗聴をすることを認めるブッシュ大統領に進退をかけて抗議しあらためさせている。その際、モラー氏と行動をともにしたのが当時、司法省の副長官だったコミーFBI前長官だった。

各メディアはこの特別検察官の任命を前向きにとらえている。ワシントンポストの記者は、「この特別検察官は、議会が設置を求めている独立検察官とは異なるが、実質的には同じ機能を持つことが期待される。モラーは外部がらも人を招いて捜査に加えることもできる。前進だと思う」と話している。

一方、トランプ米大統領がロシア関連の捜査を中止するよう、解任されたFBI長官に求めていた疑いが強まっている。ジェームズ・コミー前長官が書き記したメモが残されているという。メモの存在は、ニューヨークタイムズ紙が最初に報じたもので、その後、各社も存在を確認したとして報じている。

各社の報道によると、駐米ロシア大使との不適切な接触が明らかになったマイケル・フリン氏が国家安全保障担当補佐官を辞任した翌日に、トランプ大統領がFBI長官だったコミー氏に次のようなことを言ったという。

(参考記事:フリン氏の調査に身内の共和党も同意の意向を示す)

「I hope you can let this go(この問題をそのまま見逃して欲しい)」

「He is a good guy(フリンはいい奴だ)」

メモを見たFBI関係者は、大統領からロシア関連の捜査の中止を求められたものと理解したという。メモを作成したとされるコミー氏は取材に応じていない。ホワイトハウスは報道を否定しているが、FBI長官の解任はコミー氏が捜査中止の要請に従わなかったからではないかとの疑いが強まっている。

こうした中、各社は大統領弾劾の手続きについて記事を掲載し始めている。それによると、憲法では、大統領を弾劾によって解任するには、「背任、収賄やその他の大罪、非行」の確証が必要となる。この「大罪や非行」を定義するのは下院で、過去の弾劾手続きは、捜査妨害によって行われているという。

そして弾劾手続きに入るための勧告をするには、下院の過半数の合意が必要となる。下院は議席が435人。このうち共和党が238議席を占め、弾劾を求めている民主党が193議席、空席が4となっている。民主党が過半数の218を得るには共和党の25人を仲間に引き入れる必要がある。

仮に下院で弾劾勧告がなされると、上院で弾劾裁判が開かれ訴追の可否を決めることになるのだが、ワシントンポスト紙は現状では下院で共和党の25人が弾劾に同意する側に回る状況ではないとしている。

しかし前述のFBI前長官のメモの存在が報じられた後、共和党議員の中にも弾劾手続きはやむを得ないという発言が出てきている。上院の重鎮、マケイン議員は「(ニクソン大統領が弾劾勧告を受けた)ウォーターゲート事件に似てきた」と発言。

日曜の政治討論番組の司会を務め政界に太い人脈を持つNBCテレビのチャック・トッド政治部長は17日、「共和党も以前と比べれて弾劾手続きに前向きになっている」と話し、状況が変わりつつあるとの認識を示している。

(参考記事:安倍総理帰国後のトランプ大統領を襲ったフリン氏のスキャンダル)

この問題を取材しているワシントンDCの調査報道記者は次の様に話している。

トランプ大統領の捜査妨害が一定の確証を得られた段階で法的な要件は満たすことになる。今回のメモが捜査妨害の決め手とまでは言えないが、今後の展開次第ではそうなるかもしれない

また、共和党の対応も今後の成り行き次第だと話す。

「共和党は大統領を失うことで束ねる力を失うことを恐れているようだ。しかし、下院議員は来年には選挙を控えており、この大統領と一緒に行動できないと考える議員も出てくるかもしれない」

※ モラー氏の英語の役職名はSpecial Counsel 当初、議会が任命する特別検察官との差別化から「特別捜査官」と書いていましたが、「捜査官」はおかしいとの指摘も有り「特別検察官」に修正しました。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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