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日本人の健康に影響を及ぼす トランプ政権の環境保護予算削減

立岩陽一郎InFact編集長
ミシガン州で自動車の燃費規制の撤廃を宣言するトランプ米大統領(写真:ロイター/アフロ)

米トランプ政権は軍事、安全保障以外の予算を大幅に削減する予算案を議会に提示。そのうちEPA=環境保護庁の予算が30%以上と、最大の削減になっていることが大きく報じられている。しかし、その影響が日本人の健康にも及ぶことはあまり知られていない。

トランプ大統領が議会に示した予算案では、2017年10月から始まる会計年度でのEPAの予算は57億ドル、日本円にして約6000億円。これは、31%もの削減で、金額にして26億ドル、日本円で約2800億円も減らされることになる。この案をもとに議会が予算を決めることになるが、ワシントンポスト紙によると、この削減によってEPAは職員の25%を解雇し、これまで継続してきた56の環境保護のプラグラムを廃止することになるという。このうち、特に、日本人の安全面でも関係が出てくるのが、農薬などの化学物質の安全の検査だ

米国では化学物質の検査をEPAとその関連機関が行う。それは、生活全般、工業用、そして農薬と、あらゆる物質に関してだ。

筆者は2014年に大阪の印刷会社で起きた化学物質による従業員の大量死を取材する中で、日本の厚生労働省の化学物質に対する規制が、基本的に米政府の検査結果を参考にしていることを知った。その米政府とはEPAのことだ。

毎年膨大な種類の化学物質が作り出される。日本に限っても毎年400にのぼる化学物質が新たに市場に出回っている。その1つ1つを全て検査するのは不可能で、検査する上での優先順位を決める必要がある。その際に、米国の検査結果を1つの基準としている。

つまり、米国の検査体制が弱体化すれば、それはそのまま日本の化学物質規制に跳ね返るということだ。

これについて厚生労働省に質問すれば、「EPAの検査は参考にするが、それで日本の安全対策を決めるわけではないので問題は生じない」と答えるだろう。しかし、これは実態を反映しない官僚答弁だ。今後、農場、工場、一般の家庭といったあらゆる分野で、化学物質への注意が必要になることは間違いない。

EPAのジョン・コノックス報道官は予算削減を肯定的にとらえた上で、「化学物質の検査は適切な時期に適切に行うことで米国民の安全を確保する」としている。しかし、化学物質の検査に「適切な時期」は存在しない。1つの物質の検査結果が判明するのに5年はかかると言われているからだ。徒労に終わろうが常にやらねばならない作業だと言える。

トランプ大統領は世界有数の化学物質製造会社であるダウ・ケミカルの代表とも会合を持っている。ダウ・ケミカルがEPAの規制を目の敵にしてきたことは周知の事実だ。今回の予算削減と、それによって引き起こされる規制の撤廃、検査制度の弱体化がこの世界的な企業を利することは間違いなく、それが我々の安全を脅かす危険性を持っていることも間違いない。

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InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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