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夢破れるも水球男子は新たな一歩を踏み出す

田坂友暁スポーツライター・エディター
(写真:ロイター/アフロ)

日本独自の戦略で世界に挑んだ水球男子チーム

 彼らの夢の第1幕の終わりを告げるホイッスルが東京辰巳国際水泳場に鳴り響く。8月2日に行われた水球男子の予選リーグ最終戦。南アフリカとのゲームを24対9で勝利し、1984年ロサンゼルス五輪以来となる37年ぶりの勝利を挙げたが、1勝4敗で予選リーグ敗退。『五輪でメダル獲得』という夢への挑戦の終わりが決定した瞬間でもあった。

 水球男子が大きな夢を掲げたのは、東京五輪開催が決まる1年前の2012年。大本洋嗣日本代表ヘッドコーチの就任が決まり、新たな戦略が生まれたときのことだった。

「身体の大きいヨーロッパの選手たちと同じ戦略を続けていても勝てない。だったら、日本独自のシステムを組むしかない」

 今や世界が注目するまでになった“超攻撃型システム・パスラインディフェンス”である。

 この、相手のパスラインを阻害するように選手をマンツーマンで配置するディフェンスシステムは、実は水球の世界にずっとあったもの。だが、基本的には相手選手の横側にポジション取りをするため、自陣ゴールに対して無防備になってしまう。それを世界と戦う場面で使うには、あまりにもリスクの高い戦略であり、当時は選手の中にも反対する人間が多かった。

写真:ロイター/アフロ

 だが、大本ヘッドコーチは諦めなかった。これこそが、日本の水球が生きる道だという信念を貫いた。

 熱意に動かされ始めた選手たちは、パスラインディフェンスに対して、課題を見つけ、修正し始めた。大本ヘッドコーチと意見を交わしながら、無謀な戦略から『勝てる戦略』へと昇華させていったのである。

海外拠点を設けた強化策を実施

 成果はすぐに表に出るものではなかった。2014年の韓国・仁川でのアジア競技大会では、2012年のロンドン五輪最終予選では勝利できなかった中国を下すも、もうひとつのカザフスタンという壁を乗り越えることはできなかった。

 その経験を生かし、パスラインディフェンスをさらに進化させた日本チームは、2015年のFINA世界選手権(ロシア・カザン)でひとつの成果を挙げる。予選リーグは全敗してしまったものの、その後の順位決定戦で強豪ロシアに勝利したのである。

 さらに翌年に開催されたリオデジャネイロ五輪のアジア最終予選では、ライバルであったカザフスタンに勝利し、1984年のロサンゼルス五輪以来となる32年ぶりの五輪出場権を自力で勝ち取ったのである。

写真:ロイター/アフロ

 ひとつの目標であった五輪出場を果たしたものの、本番では全敗。勝利を挙げることができず悔しさを胸に再起を誓う。

 2017年には、その思いが形になって表れる。水球の聖地でもあるハンガリー・ブダペストでのFINA世界選手権では、強豪国のひとつであるアメリカに勝利し、過去最高の10位を獲得する。さらに2019年のFINA世界選手権(韓国・光州)では11位と、小さな一歩かもしれないが、着実に前に進み、世界の強豪と少しずつ渡り合えることを証明し続けてきた。

 しかし、大本ヘッドコーチは日本の弱点に気づいていた。圧倒的な実戦数の少なさと攻撃力のなさである。

 ただ、このふたつの強化には強豪チームとの試合が必要不可欠だ。そのため、大本ヘッドコーチは海外に拠点を設け、欧米諸国と練習試合をこなしながら強化をするハブ構想を立ち上げた。

 プロリーグが存在するヨーロッパで強化をしながら、プロチームたちと幾度となく実戦練習を繰り返してきた。そのなかでパスラインディフェンスもさらなる進化を遂げ、ゾーンディフェンスもかけ合わせたあらたな“ジャパンシステム”を組み上げていく。来るべき東京五輪で、メダル獲得という夢を実現させるべく。

「日本への攻撃は、信じられないほど難しかった」

 しかしながら、現実は厳しかった。初戦のアメリカ戦では終盤までリードしていながら、最後の最後で逆転負け。ハンガリー戦では同点で前半を終わらせる健闘を見せたが、後半に力で押し切られる形で敗北。前回のリオデジャネイロ五輪では逆転で敗れたギリシャにも1点差で敗れてしまった。この時点で、日本の予選リーグ敗退が決定し、夢を叶えることはできなくなってしまった。

「予選リーグを突破できませんでしたが、世界トップレベルのチームに勝つ、という目標に切り替えて戦っていきたい」

写真:ロイター/アフロ

 残念ながらイタリア戦も敗れてしまったが、最後の南アフリカ戦では大爆発。24対9というスコアで勝利を挙げ、37年ぶりとなる白星を日本にもたらした。

 結果的に見れば、メダル獲得にはほど遠く、まだまだ世界との差が大きいように思える。だが、確実に差は詰まっている。今までが大きすぎただけなのだ。これほど僅差のゲームを何度もプロリーグのある国々と繰り返すことができるようになったのである。それだけでも、十分に日本は成長していることを証明してくれた。

「日本に対して攻撃するのは、信じられないほど難しかった。彼らは気づいたらすぐそばにいる。とても速くて俊敏だったし、いつも通りに攻撃するのは困難だった」

 ある取材に答えた、ハンガリーの選手の言葉だ。

 この言葉が日本の強さを物語っており、これから先、日本という極東の小さな島国が2mを超えるような体躯を持つ欧米諸国の強豪たちをなぎ倒す瞬間が訪れるんじゃないかという期待を持たせてくれる。

 2012年から多くの選手たちが、大本ヘッドコーチが掲げる夢をつないできた。地元開催の五輪で、なんとしてでもメダルを獲る。大きな夢に向かった物語は、叶うことなく閉幕した。

 しかし、それは第1幕に過ぎない。少しの幕間を挟み、選手たちは次の一歩を踏み出してくれることだろう。五輪での多くの惜敗とひとつの勝利を胸に。彼らの挑戦は、終わらない。

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【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

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スポーツライター・エディター

1980年、兵庫県生まれ。バタフライの選手として全国大会で数々の入賞、優勝を経験し、現役最高成績は日本ランキング4位、世界ランキング47位。この経験を生かして『月刊SWIM』編集部に所属し、多くの特集や連載記事、大会リポート、インタビュー記事、ハウツーDVDの作成などを手がける。2013年からフリーランスのエディター・ライターとして活動を開始。水泳の知識とアスリート経験を生かして、水泳を中心に健康や栄養などの身体をテーマに、幅広く取材・執筆を行っている。

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