永年、経営の道を歩んでくると、経営者に関する数多くの格言を目にする。

それらは、風雪に耐えて残った言葉であり、いずれも深く頷けるものである。

しかし、それらの格言の中で、初めて聞いたとき、その意味を掴みかねて戸惑い、

歳月を重ねるにつれ、その真意を理解できるようになった、一つの言葉がある。

 

 大成する経営者とは、

 悪いことができて、

 悪いことをしない

 人間である。

では、なぜ、経営者は、「悪いこと」ができなければならないのか。

その理由は、ただ一つ。

経営者が部下や社員として預かる人間、そして、仕事において縁を得る人間は、

それが人間であるかぎり、誰もが、心の奥深くに「利己心」を持ち、

ときに「悪いこと」に手を染めてしまう「弱さ」を持っているからである。

そして、人間の持つ、その「利己心」や「弱さ」を深く理解しないかぎり、

善き経営は行えないからである。

では、経営者は、人間の持つ「利己心」や「弱さ」を、何によって学ぶのか。

「内観」と「内省」。

経営者は、何よりもその方法によって、人間の心を学ぶ。

なぜなら、人間の「利己心」や「弱さ」は、他の誰でもない、

その経営者自身の心の中にあるからである。

最近、経営者や政治家に、ことさらに、そして、軽々に

「誠意」や「真心」を語る人物が目につく。

その思いは理解できるが、その言葉の奥に、

いささか「人間観の浅さ」を感じるのは、著者だけであろうか。

なぜなら、自身の心の中を静かに内観し、内省するならば、

そこには紛れもなく「計算」や「下心」という形でうごめく

自身のエゴの姿を見るからである。

そして、そのエゴの動きを見つめていると、

それが、ときに「誠意」や「真心」さえも擬態として演じながら、

その利己心を満足させようとする狡猾さを持っていることにも気がつく。

親鸞は、晩年においても、「心は蛇蝎のごとくなり」と語ったが、

おそらく、親鸞には、自身のエゴの姿が見えていた。

そして、自身の心の奥の闇が見えていた。

されば、これからの時代の経営者や政治家は、

正義を振りかざし「悪いこと」をしてはならぬと語る前に、

自身の心の奥にある「悪いこと」を為しかねない自身の「利己心」と「弱さ」を、

深く、静かに見つめるべきであろう。

しかし、もし、その内観と内省をするならば、必ず、一つの光明が訪れる。

なぜなら、我々の心の中のエゴは、それを抑圧しようとせず、その存在を認め、

ただそれを見つめるだけで、不思議なことに、その衝動が静まっていくからである。

「悪いことをしない」という経営者の「自制心」が生まれてくるのは、

まさに、その深淵においてである。

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 2005年 7月8日にPHP研究所より上梓した、

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 では、「勝者の思想」、「達成の思想」そして、「成長の思想」を通じて、

いかに人間観を深めていくかについて語りました。

 興味のある方は、お読みください。