ウィークリー・メッセージによって、職場が変わる

 毎日働く職場。誰もがその職場を、より良いものに変えたいと願っている。特に、職場の空気や雰囲気、文化を、より良いものに変えたいと願っている。

 では、どうすれば、職場を良きものに変えていくことができるのか。

 実は、そのために、誰でも、どのような職場でも導入できる、一つの方法がある。

 それは、「ウィークリー・メッセージ」(Weekly Message:WMと略称)という方法。

 この方法は、毎週、職場の仲間が、電子メールのメーリング・リストを使って、一通の短い「自由メッセージ」を全員で交換する方法のこと。  

 ただし、この方法には、「3つのルール」がある。

 第一は、この自由メッセージには、職場や仕事のことだけでなく、趣味や興味のこと、家庭や友人のことなど、プライベートなことでも自由に書いて良いというルール。

 例えば、かつての著者の職場では、このWMを使って、あるメンバーは、週末に行った家族ドライブのことを書いた。また、あるメンバーは、熱烈なプロ野球ファンであり、応援しているチームのことを書いた。また、社会問題への関心の高いメンバーは、地球環境問題に関する自身の意見を語り、また、ある仕事熱心なメンバーは、先週終わったプロジェクトの反省を語り、別のメンバーは、営業の客先での失敗談を語った。

 このように、WMとは、職場のメンバーが自由に何を語っても良いメッセージであるが、それは、あくまでも自由な意志で書くメッセージであり、メッセージを書きたくないメンバーは、無理に書かなくとも良い。

 第二は、何を書いてもよいが、職場の他のメンバーに対する批判のメッセージは決して書かないというルール。

 第三は、こうして全員で交換したメッセージを、決して職場以外の人には伝えないというルール。

 この「3つのルール」さえ守るならば、このWMを導入した職場では、静かに、しかし確実に、良い変化が起こり始める。

 そのことを、著者がWMを導入した職場での経験をもとに語ろう。

WMとは、職場の仲間同士が理解を深める新しいスタイル

 第一に、このWMを導入すると、職場でのメンバー同士の相互理解が進む。

 では、なぜ、相互理解が大切か。改めて言うまでもなく、相互理解が深まることによって、職場での協働作業が円滑に進むようになるからである。

 そもそも、職場での仕事のトラブルの多くは、メンバーが互いの人柄や個性を知らないことから起こっている。「彼は、気は短いけど、人が良い」「彼女は、口は悪いけど、根は優しい」などのことが分っているだけで、互いの協働作業は円滑に進む。

 だからこそ、昔から、職場に新たに入ってきた仲間とは、飲み会や歓迎会などを行って、コミュニケーションを深め、互いの人柄や個性を知りあう機会を持ってきたのであろう。

 しかし、最近の若い世代は、必ずしも、こうした「ノミ(飲み)ニュケーション」を好まない。「大切なアフター5の時間まで上司と過ごしたくない」という気持ちもある。また、「本音で語り合う酒の席」という言葉に反して、実際には、自分の「表面的な顔」(ペルソナ)で酒の席を過ごす若い世代も増えている。

 そして、そもそも、「酒の席で仲良くなる」ということと、「職場で互いを理解する」ということは、本来、全く別のことである。それゆえ、職場では、しばしば奇妙なことが起こってきた。10年も席を隣りにしている仲間の人生観を、実は良く知らない。しばしば酒を飲み、歌を歌う仲の良いメンバーなのに、実はその本当の人柄を、あまり理解していない。そうしたことが起こってきた。

 だから、いま求められているのは、「仲間を理解する新しいスタイル」であり、その一つの方法が、このWMという方法に他ならない。

WMによって、職場に、自然に対話が生まれてくる

 第二に、WMという方法は、職場の仲間が「対話」する優れた方法である。しかし、その「対話」とは、メンバー同士が直接的に意見を交換する「直接対話」ではない。実は、WMで起こる対話とは、「間接対話」と呼ぶべきもの。それは、どういう意味か。

 例えば、ある週に、Aさんが、何年か前に亡くなった父親のことを書く。それに対して、翌週、Bさんが、故郷にいる母親のことを書く。こうした和歌における「返歌」のようなメッセージの交換は、ある意味で、日本らしい成熟した対話のスタイルである。

 欧米の文化に強く影響を受けた最近の日本では、討論や議論、対談や面談などの形で行われる直接対話こそが、優れた対話の方法であると誤解をしているが、実は、こうした間接対話という成熟した方法こそ、深いメッセージを交換でき、互いを深く理解できる方法である。

 なぜなら、我々日本人は、直接的な対話の方法を通じて自分を強く主張したり、意志を明確に表明することを、美しい方法とは考えないからである。

 そして、不思議なことに、この間接対話の方法は、良い意味で「伝染」していく。例えば、誰かが、環境問題についての深いメッセージを語ると、他のメンバーも、それに影響を受けて、他の社会問題についての深いメッセージを語る。また、誰かが、家族についてのほのぼのとした温かいメッセージを語ると、翌週は、なぜか、同様の温かいメッセージが増える。

WMは、職場の仲間が知識と智恵を学びあう優れた方法

 第三に、このWMという方法は、職場の仲間が、知識や智恵を学び合う、優れた方法でもある。

 著者の職場で、よく交わされたのは、「反省メッセージ」。例えば、先週完了したプロジェクトについて、Cさんが、WMで、そのプロジェクトにおいて直面した問題点を語り、その反省点を語る。

 こうしたメッセージは、そのプロジェクトに参加しなかった他のメンバーにとっても、プロジェクトを疑似体験でき、様々な学びができる極めて有益なメッセージとなる。そしてこうしたメッセージが蓄積されたWMは、その職場にとって、ある意味で優れた「ナレッジ・ベース」になる。なぜなら、最近、職場やプロジェクトに参加したメンバーにとって、過去の反省メッセージを読むだけで、必要な知識を、短期間に学ぶことができるからである。

 そして、こうした反省メッセージの交換を続けていくと、不思議なことに、「言葉で表される知識」(ナレッジ)だけでなく、「言葉で表せない智恵」(ノウハウ)も、職場で共有されるようになっていく。

 その理由は、反省メッセージにおいては、多くの場合「体験談」が語られるからである。もとより、智恵とは、体験を通じてしか掴めないものであるが、誰かが「体験談」を語ることによって、それを読むメンバーが、それぞれ、自身の体験を「追体験」できるからである。

 例えば、Dさんが、営業に行って客先での失敗を語る。その失敗の体験は、それを読むメンバーの中に「同様の体験」を思い出させ、その瞬間に、Dさんの掴んだ智恵と同様の智恵を、そのメンバーは掴むことになるからである。

 ただし、こうした反省メッセージを交換するときに最も大切なことは、「職場の全員が学び、成長するために」という視点。もし、それを忘れ、「誰かの責任を問う」「誰かを批判する」というメッセージが発された場合には、職場の雰囲気は悪くなり、メンバーの成長が阻害されることになる。それが、WMの交換において、第2のルールが設けられている理由でもある。

 すなわち、言葉を換えるならば、職場において最も重要なのは、「組織のエゴ・マネジメント」である。

 例えば、体験談の中で最も役に立つのは、「成功談」よりも「失敗談」であるが、そもそも自分の失敗を語ることは、恥ずかしいことであり、ときに自尊心を傷つける面がある。しかし、それでも失敗談を語ることができるのは、その職場に「誰かの失敗は、全員の学び」「失敗談を語ってくれたメンバーに感謝する」という温かい雰囲気と前向きな文化があるからである。

 このように、「反省」とは、組織における「ナレッジ・マネジメント」の最も優れた方法であり、組織を「学習する組織」に変えていくための重要な方法であるが、その「反省」を正しく行うためには、組織における「エゴ・マネジメント」が極めて重要になることを忘れてはならない。

WMを書くことによって、メンバーの心が成長する

 第四に、WMを書き続けることによって、職場のメンバーの心が成長していく。なぜなら、毎週一通の自由なメッセージを書くことは、何らかの意味で、「内省」の時間を持つことになるからである。

 また、誰かの「内省的」なメッセージを読むことによって、それを読むメンバーも、自然に内省的にものを考えるようになる。また、成熟したメンバーの反省メッセージを読むことによって、若いメンバーは、「反省の視点」を学ぶことができる。「反省」において大切なのは、何をどのような「深い視点」で反省するかであるが、その「深い視点」を学ぶことは、メンバーの成長にとって、大きな意味を持つ。

 そもそも、我々が仕事を通じて成長するためには、様々な「体験」が重要であるが、単なる「体験」だけでは実は成長できない。その「体験」を、深く「反省」し「内省」するとき、我々は成長できるのである。

 最近では、ブログを使って自身の心境を語った「日記」を公開する人が増えているが、WMも、ある意味で、自身の心境を語ったメッセージを発信できる場と言える。

 しかしブログやツイッターとの決定的な違いは、WMは、毎日職場で顔を合わせ、一緒に仕事をする仲間とのメッセージ交換であるという点にある。

 そこには、ブログやツイッターに比べて、良き意味での「緊張感」と「責任感」が生まれてくる。

 そして、その緊張感と責任感が、一人ひとりの内省を深いものにし、現実から遊離しない「足が地に着いた」内省を可能にしていくのである。

WMは、マネジメントの姿を映し出す鏡となる

 第五に、WMは、その職場のマネジャーにとっては、自身のマネジメントを映し出す鏡となる。

 もとより、WMにおいては、マネジャーへの直接的な批判や要求が書かれるわけではないが、マネジャーがメンバーのメッセージを虚心に読み続けていると、職場の「心の生態系」とでも呼ぶべきものが感じられるようになってくる。

 すなわち、職場には、一人ひとりのメンバーの心があると共に、それらの心が互いに影響を与えあい、結びついた「生態系」のようなものが生まれてくるのである。そして、それは、職場の雰囲気や空気、マネジメントの姿を敏感に反映し、日々、変わっていく。

 例えば、マネジャーが管理的な姿勢を強めているときには、メンバーのメッセージには、表層的なメッセージが増えていく。逆に、マネジャーに対するメンバーの共感が深いときは、深いメッセージが増えていく。

 敏感なマネジャーは、それゆえ、WMに表れてくるメンバーの自由なメッセージの奥に、「心の生態系」の姿や、自身のマネジメントの姿が映し出されていることを感じ取っていく。

 かねて、マネジメントにおいては、「MBWA」(Management by Wondering Around)という方法が重要と言われてきた。すなわち、職場を雑談しながら徘徊することによって、職場の空気や雰囲気を敏感に感じ取り、マネジメントに生かしていく手法である。

 しかし、これからの時代には、新たな手法としての「MBWM」(Management by Weekly Message)という方法が生まれてくるだろう。

 すなわち、毎週交わされるメンバーのメッセージを読みながら、職場の空気や雰囲気を敏感に感じ取っていくというマネジメントのスタイルである。

 それゆえ、もしある職場で、このWMを導入したとき、最初にマネジャーが覚悟するべきことがある。それは、そのWMには、自分のマネジメントが創ってきた職場の空気や雰囲気や文化が映し出されるということである。

 例えば、WMのメンバーのメッセージを読んでいて、多くのメンバーが心を開いたメッセージを語っていないとすれば、その一つの理由は、マネジャー自身が、心を開いて自らを語っていないからであろう。

 このように、WMとは、ある意味で「鏡」に他ならない。そして、マネジャーにとって、その鏡を見ることは、ときに、心の苦痛を伴うものかもしれない。しかし、その鏡を見つめるところから、マネジメントの深化が始まるのであろう。

職場とは、人間同士のかけがえのない出会いの場

 このように、WMという方法は、それを導入することによって、職場を良き方向に変えていくことのできる優れた方法であるが、このWMを導入するときに、一つ注意するべきことがある。

 それは、「操作主義的なマネジメント」に陥らないということである。

 例えば、「このWMを使って、職場のメンバーの心を読み、うまく職場をマネジメントしよう」という発想を持つこと。それこそが、このWMを失敗させる最大の原因となる。

 このWMを導入するときに、マネジャーが最も大切にするべきは、職場の仲間との出会いへの深い感謝であり、「縁あって、職場を同じくした仲間のことを、もっと深く理解したい」という思いであろう。

 マネジャーに、その感謝と思いがあれば、WMは、素晴らしい共感の場となるだろう。

 いま、この瞬間に、地球上に67億人の人々が生きている。それほど多くの人々が同じ時代に生きていながら、我々がこの短い人生で巡り会うことができるのは、実は、数えるほどの人々に過ぎない。

 されば、職場を同じくし、毎日一緒に仕事をする縁というのは、実は、極めて深い縁。それは、奇跡の出会い。その不思議を感じることから、マネジメントは、本当の深まりに向かっていくのであろう。

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2010年1月に英治出版から上梓した著書、

『ひとりのメールが職場を変える - こころのマネジメント』

においては、このWMの実施方法を詳しく語り、最終章には、著者の職場で実際に交わされたWMを記載しています。

興味のある方は、お読みください。

『ひとりのメールが職場を変える - こころのマネジメント』

https://www.amazon.co.jp/dp/4862760759/

また、関連動画「風の対話・職場を変えるウィークリー・メッセージ」

下記のサイトよりお聞き頂けます。

https://www.youtube.com/watch?v=GY3R0cvxvrM